僕は【戯れ記事《ゴト》遣い】

「戯れ言遣い」ならぬ「戯れ記事遣い」を名乗るブロガーです。 雑記系ですが、読んで損したと憤慨されても困ります。 だってコレは「戯れ言」だから――

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【勇気爆発バーンブレイバーン】二次創作(同人版・非公式)後日談ノベル【第12話後からのIF】

【勇気爆発バーンブレイバーン】二次創作(同人版・非公式)後日談ノベル【第12話後からのIF】

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これは本当の勇気に向き合う日常の物語――

※)「未来戦士ルル」原作/Cygames ストーリー/横山いつき ストーリー監修/小柳啓伍 協力/CygamesPictuers・グッドスマイルカンパニー

※)手がけた面子をみると「スポンサーであるサイゲ的には」こっちの方が本命の世界観っぽい。なので可能な限り、修正できるのならば「本命の世界観」へ寄せて改稿する

Chapter1:イサミの帰国

ハワイ諸島マウナケアにて、後の通称《デスドライヴズ事変》は終わった。

※)作中時間は明示されていないが、ATFがハワイから日本へ移動前に行われた作戦のヒロの台詞「クリスマスには云々」から、10~11月期間を想定しての同人作品=つまりイサミは24歳になったばかり

 

臨時的に結成されたATF(アライド・タスク・フォース)は正式な解散が決まる。人類史上において類をみなかった惑星レベルの危機であった為、彼らの評価・処遇に対しては、全てにおいて超法規的措置がとられた。

ATFは責任者(通信不能な状況下において所属本国の判断なしで自発的に結成された)のみならず末端の一隊員に至るまで、全ての損害・被害において一切の責任を問われない。全免責処置である。むろん機密保持義務とセットだが。

 

その代わりデスドライヴズとブレイバーンについての情報および残骸の提出は、厳重かつ厳格に求められた。それは、ブレイバーンになった米軍所属のルイス・スミス中尉と自衛隊所属のイサミ・アオ3尉(最終作戦前の除隊の意思は無効)、加えてルルも同様である。

 

スミス、イサミ、ルルの3名に関しては、彼等に選択の自由はない。

 

アメリカ国籍のスミスは米軍(階級は中尉のまま)に、日本国籍のイサミは自衛隊に、ルルはアメリカと日本の力関係から米軍預かりになった。彼等には定期的な精密検査と、デスドライヴズ関連の研究に対する全面協力が義務付けられている。

 

また各主要国は首都部に甚大な被害を被っており、暫定的な遷都を強いられている。

たとえば日本だと関東地区が壊滅状態なので、大阪を暫定首都としていた。しかし最も苛烈だった塔による攻撃は、7本つまり7地区で済んだ。被害が全地球規模に至る前――あくまで局地的な段階でATFが《デスドライヴズ事変》を終わらせられたので、総死者数は悲観していた程の規模ではなかったのが幸いである。要は、被害を免れた国だけの存在だけではなく、各主要国も地方や田舎の多くは無事だった。

 

ささやかなATFの解散パーティー。

限定的な各国メディアへの情報開示(ブレイバーンについては秘匿)

 

デスドライヴズ撃退は、国と政府そして正規軍の手柄と報じられた。

 

ATFの存在を知る者は、当事者以外を除くと横浜で合流した自衛隊の一部の者たちのみ。つまりATFの存在は各国政府にとっては不都合だった。速やかな解散のみならず、全員の原隊復帰は叶わずに、ATF有力者に対しては配置転換による分断が行われた。

復興作業のために必要となる増税を睨み、民衆の称賛を浴びるのは政府と正規軍である必要があるのだ。体裁としては、ATFの独断専行を許すのが最大の評価。

もっともATF隊員の誰もが、自身の手柄を吹聴する気などなかったが。

最前線で戦った自分達だけではなく、被害地で地元民を支え続けた原隊(仲間)の苦労と戦いを知っているから。ATFという名の広告塔にならずに済んだ、という解釈もある。

 

事情聴取、情報提供、身体の精密検査があったイサミ、スミス、ルルの3名以外の元ATF隊員は速やかに各母国の部隊(むろん原隊復帰できる者は少数)に帰っている。否、強制送還に近かった。復興作業などやる事は山積だ。対して、イサミ達3名の身柄は米軍主導での拘束期間が長かった。ただしVIP待遇で扱い自体は悪くなかったが。なにしろ地球を救った英雄だ。

当事者と一部の者しか知らない、ヒーロー。

 

そして、ようやくイサミも日本に帰国できる。

空港での見送りは、スミスとルルだけであった。他の米軍所属の元ATF関係者達との別れは、昨晩の見送りパーティーで済ませている。

 

「こっちも生活が落ち着いたら連絡する、イサミ。来年も改めて予定されているアド・リムパック演習の前に、長期バカンスをとってジャパン観光に行くつもりだ」

 

スミスはそう言って、イサミの右手を強く握った。

イサミも握り返す。

 

「待ってるぜ、スミス。その時は日本、案内してやるからよ」

 

途中でご破算になった今回の演習は秋の終わり。

来年に再セットされる計画の合同演習は、9月中旬からの10日間を予定されていた。

前回とは違い、その必要性は段違いだ。

 

未曾有の大災害が地球を襲い、その混沌がトリガーとなり、世界各国で紛争やテロが活発化していた。国連が主体となっている復興作業であったが、その結果として多くの難民を世界中に生んでしまう。その難民を盾にした救済という名の独立運動であったり、復興に乗じた新勢力の台頭であったり、それら多くの地域紛争は復興の足を鈍らせ、かつ、各国の正規軍に対テロ実戦部隊の配備を強いている。

そして、その紛争では、違法ルートおよび武器商人が裏流通させているTSが主戦力になっていた。

そういった不穏な時流もあり、来年の演習はより実戦(テロ鎮圧)を意識したものだ。

 

ルルが寂しそうに言った。

「できればルルとスミス、イサミの3人で暮らしたかった」

 

ルルが知っている「イサミとスミスが死んだ未来」とは、色々と結果と事情が異なっている。あの未来では、ルルはミユ・カトウ、スペルビアと共に日本で暮らしていた。

しかし今は違う。

 

「残念だけどな、ルル。アメリカ軍も自衛隊も、そこまでお人好しじゃないさ」

 

「スミスの言う通りだ。自由が保障されて監視がつかないだけ、マシだろうな」

 

イサミはルルを軽く抱きしめる。

これでサヨナラではない。

また会えるし、リアルタイムでの映像付き通信手段は、WEB会議システムやTV電話など多種多様にある時代だ。メールやチャットといった文字ツール、SNSも。

ルルは笑顔を作って再会を誓う。

 

「次に会う時、ルル、今より綺麗になってイサミをビックリさせてみせる」

 

イサミに相応しいレディーになる、と。

それはルルの女性としての決意。彼女が向ける愛情の種類は、父親に近いスミスへの家族愛とイサミへの気持ちでは、明らかに違っている。

 

楽しみにしている――と、最後にイサミはルルの頭を撫でた。

その優しい目は、妹を見守る兄の瞳であった。

 

        ◆

 

イサミがアメリカから帰って来る。

 

ミユ・カトウはヒビキ・リオウ、ホノカ・スズナギの2名と共に、空港のロビーでイサミを出迎えた。ミユ達より約半月遅れの帰国である。

人混みの中から、キャリーバッグを引っ張るイサミの姿がみえた。

 

「あ、イサミさ~~ん、お勤めご苦労様でした!」

 

「なんだよその言い方」と、イサミは渋面だ。

 

「お土産はなんですか?」

 

「ねえよ。手荷物も徹底的に管理されたからな」

 

ミユはホッとする。本当に帰って来てくれた。

地球を救ったヒーローであるイサミが唯一、政府に強く主張してくれた事がある。ミユ達の原隊復帰の希望を叶えてくれる事だ。その要求がなければ、ミユとヒビキそしてサタケの別部隊への配置転換は避けられなかっただろう。つまり、全員がバラバラにされていた。

 

ヒビキがイサミの逞しい胸板を、軽く裏拳で叩いた。

 

「お疲れ、イサミ。やっぱり簡単に自由の身とはいかなかったね」

 

「これくらいは想定内だ」

 

相変わらずイサミはスカしているな、とミユは思う。

余裕がなくなるとボロが出るのは《デスドライヴズ事変》でバレているのに。それから割とキレやすい面も。ヒビキは知っていた様だが。今回の件があるまで、ミユはイサミが感情的に怒るシーンを目にした事がなかった。常にクールさを装っていたのだ。

 

ホノカが前に出て、イサミに微笑む。

 

「色々とお疲れ様でした。大変でしたねイサミさん」

 

「え? あ、どうも。スズナギ2尉」

 

同じ陸自のミユとヒビキはともかく、空自のホノカがいる事に、イサミは驚く。

 

(そういえばスズナギ2尉、いつの間にかイサミさんを名前呼びに)

 

しかも唐突な下の名前呼びに、イサミは面食らっている様子だ。

ホノカは再びイサミの管制官を担当する予定だが、直接、向かい合って会うのはこれが2度目な筈。空母のデッキで観衆の一部としてイサミとホノカが並んでいた記憶は、微かにあるが。ミユにはホノカは米軍のカレン管制官とセットだった印象が強い。

ミユが当時の記憶を反芻している内に、当のホノカは――

 

「私のことはホノカって呼んで下さい」

 

「え、あ、はい。ホノカ、さん」

 

軽い動揺、怪訝な顔を必死に抑え込む様子のイサミに、ミユは苦笑する。

対してホノカは不満を隠さない。

 

「呼び捨てでいいんですよ?」

 

「いや。その、いきなり呼び捨てはちょっと」

 

「そうですか」と、ホノカは残念そうだ。

 

ミユは隣のヒビキを見た。

ヒビキは、ホノカにグイグイ来られてタジタジなイサミに、ニヤニヤが抑えられない。明らかにイサミの初心っぽさを面白がっている様子だ。彼の困り顔が大好物である。

 

なにより、ミユとヒビキは知っている。

ホノカがイサミに明白な好意を持っているのを。

 

ブレイバーンでの2度目の戦闘の後、拗ねて全裸のままコクピットに引き籠ってしまったイサミの様子を、ミユとヒビキが格納庫まで確認しに行った時の事だ。

後からホノカもイサミとの会話の為にやってきた。

自身に降りかかった理不尽さにブチ切れたイサミと、実は正体がスミスなブレイバーンのアホらしいやり取りを見て、「アオ3尉ステキ♡」「カッコいい♡」とホノカはイサミを賞賛したのだ。知り合いだったとはいえ、変なヒトだなぁと呆れたものである。

 

ホノカの攻勢は止まらない。

 

「あの夜《デスドライヴズ事変》が終わったら会いましょうと約束したけれど、イサミさん、あれからすぐに身柄拘束になってしまって、2人で会えませんでしたよね」

 

ATFではなく別の米軍部隊が秘密裏に駆けつけていたのだ。

通信状況が回復して以降、当然ながら各国軍隊はブレイバーンとATFの動向を監視、デスドライヴズ全滅を確認した直後にATFへの合流という名の介入を開始した。ハル・キングに至っては対外的な処理とはいえ逮捕されている。

 

「そう、ですね」と、戸惑い気味な愛想笑いのイサミ。

 

(どうせ社交辞令だったんだろうなぁ、イサミさん)

イサミの事だから、下手をしたら約束自体を覚えていないだろう。

 

「ですから、次の休暇に2人でどこか出掛けませんか?」

 

「次の休暇、ですか?」

 

「はい。イサミさんの休みに合わせますし、プランも私に任せて下さい」

 

やや強引なデートの誘いに、イサミは押し切られてしまう。

ヒュー、と茶化す様にヒビキが口笛を吹いた。

 

(その余裕がいつまで続くのやら)

 

ヒビキの目と口元を詳細に観察し、ミユは肩を竦めた。

口元の笑みに反して、目の奥が笑っていないから。

Chapter2:ミユはヒビキが好きだから

イサミも戻り、ようやく本当の日常が帰って来た。

場所は東京の自衛隊横田基地。

※)公式外伝「未来戦士ルル」より勤務地が判明

損害は大きかったが、復旧作業は急ピッチで進んでいる。

所属している陸上自衛隊・特殊機甲群専用区画は幸いにも被害は軽微であったので、以前と変わりない勤務体制を維持できている。ミユも整備小隊に復帰して通常業務の日々だ。

 

TS格納庫にて、機体の最終チューニングが行われている。

新規に用意されたティタノストライド 24式機動歩行戦闘車 烈華――イサミ機だ。

演習に持ち込んだ旧機体は、デスドライヴズの最初の襲撃で大破していた。

 

旧イサミ機に続いて、整備担当長はミユである。

 

「う~~ん、今日の制動ログからのフィードフォワードを考えると、OSのパラメータ変更はこんな感じですかね。もうちょっとAIに判断を渡します?」

 

「明日はこれでデータを取ろう」と、イサミ。

 

「じゃあ、今日はこんなところでっと――、班長~~! アオ3尉とちょっとミーティングしますので、時間くださぁ~~い」

 

「サボりじゃねぇだろうなぁ、ミユ!」

 

「違いますよぉ! ね? アオ3尉」

 

イサミは仕方なしといった顔で同調した。

「班長、サボりじゃありません。カトウ3曹に仕事上の相談がありまして」

 

「地球を救ったヒーローの言葉じゃ、仕方ねえな」と、班長は許可してくれた。

 

彼もミユ達と同じく元ATFである。

 

        ◆

 

整備班用の休憩所(簡単なパーテーションのみ)は無人であった。

下調べ済みで、ミユの狙い通りである。この時間は必ず無人だ。

 

「俺をサボりの出汁に使うな」

 

イサミは缶コーヒーを2本、自販機で購入すると1本をミユに手渡す。

遠慮なくミユは受け取り、一口飲んでから切り出した。

 

「イサミさんに色々と確認したい事がありまして」

 

「機体の調整なら、あれで」

 

「スズナギ2尉との初デート、どうでした?」

 

イサミは浅くため息をついた。

 

「別に普通だよ。どうしてそんな詮索する」

 

「イサミさんにとっての人生初デートじゃないですか。私としても興味あって」

 

「バカにするな。女と2人で遊びに出掛けた事くらい何度もある」

 

「それ、どうせ相手はヒビキさんですよね。友達同士で遊びに行くのって、私的にはデートじゃないですから。だからスズナギ2尉がイサミさんの初デートです」

 

「そんな話だったら、俺もう行くぞ」

 

缶コーヒーの中身を一気飲みし、イサミは乱暴に空缶をダストシュート、そのまま踵を返してTS格納庫へ戻ろうとする。その背に、ミユは真剣な声で訊いた。

 

「いつからヒビキさんは、イサミさんを呼び捨てタメ口なんですか?」

 

「なんでそんな事――」

 

足が止まり、イサミが振り返る。

イサミの目を、ミユはしっかりと見据えた。

 

「2人共B幹部、防衛大学かそれより前の高校時代からの知り合いかは知りませんが、入隊1年目のヒビキさんが2年目のイサミさん相手に最初からタメ口、私ビックリでしたから。まあ、幹部の人間関係は、私たち曹士には関係ないっていえば関係ないですけれど」

 

自衛隊の階級は高卒から――

士(2士⇒1士⇒士長):ここまで任期限定

曹(3曹⇒2曹⇒1曹⇒曹長):ここから定年まで

准尉:高卒は基本ここまでが上限

大卒幹部:防衛大卒=B幹部、それ以外の大卒=U幹部

尉(3尉⇒2尉⇒1尉)

佐(3佐⇒2佐⇒1佐)

ここから上は、将補⇒将⇒幕僚長⇒(内閣総理大臣)

 

エース級のTS乗りとして知られているイサミだけではなく、ヒビキも入隊1年目からアド・リムパック演習に選抜されるだけの評価を得ている。

上澄み中の上澄みである花形のTSパイロット――選ばれしエリート自衛官。

それだけの実力だから表立って問題化していないが、後輩のヒビキが先輩のイサミ相手に堂々とタメ口で話す件について、不満を抱いている者がいないわけでもない。

 

「まあ、昔から、だな。ヒビキは顔が広くて誰にでも打ち解けるヤツだから」

 

「ヒビキさん、スミスさんとか他の部隊の人にも基本あんな感じですけれど、それにしたって、って正直私も思いますけどね。イサミさんはTPOでヒビキさんをリオウ3尉ってちゃんと呼ぶのに、ただの1度だってヒビキさんがイサミさんをアオ3尉って呼んで敬語で話している記憶が、私にはないんですよ。本来ならば上下関係絶対の縦社会である筈の同じ隊なのに、です。悪く言えば、アオ3尉は後輩のリオウ3尉に舐められています」

 

《デスドライヴズ事変》で共闘したアキラ・ミシマもフランクに話すが、彼女は当時25歳(学年26歳)の2尉――つまりイサミからみて先輩で上官だから許されるのだ。

つまりヒビキのイサミへの態度は、それだけ普通ではない。

そのヒビキにしても学年2つ上で上官のホノカには、普通に敬語で話していた。

 

「リオウ3尉の先輩隊員への不敬、アオ3尉はどうお考えですか、お聞かせ願います」

 

ヒビキの認識では「イサミは同期」だ。

防衛大から一緒だし前後1学年くらいは誤差――と周囲に話していた。

※)同期という情報は、公式外伝「未来戦士ルル」1話より。飛び級か上記の二択になるが、この二次創作では飛び級を選択しなかった、というか、後付けでそんな大事な情報を出されても(汗

※)イサミがサタケの部下になって数年という記述から、2人は高卒で同年度TS訓練校入隊かもしれないが、それはスーパー特殊な独自設定になるので、後出しは勘弁ねがいたいし、この二次創作での修正はむり(汗

 

「俺はどうでもいい。不満ならリオウ3尉に直訴、もしくは部隊長であるサタケ2佐に上申してくれ、カトウ3曹」

 

「いつまで今の関係を続けるんですか? イサミさんとヒビキさんは」

 

「何が言いたいんだよ」

 

イサミの声音に苛立ちが混じる。

それは、ミユの期待通りでもあった。ここで完全に無反応ならば引き返して、もう干渉しないつもりだったから。

 

「イサミさんはスズナギ2尉の好意から目を逸らしていますが、それって結局は回答の先延ばしなだけですよね。仮にスズナギ2尉と本格的に付き合い始めたら、たとえ友達でももうヒビキさんと2人で出掛けたり飲んだりは、できなくなります。だから――」

 

「ヒビキは関係ない。ただの友人関係を深読みするな」

 

「だったらスズナギ2尉の好意を受け止めて、お試しでも良いから付き合ってあげてください。スズナギ2尉、本気でイサミさんを好きだと思います。ヒビキさんが関係ないなら、スズナギ2尉と付き合って見せて下さい」

 

「生憎と、今のところ俺は恋人募集中じゃねえんだよ」

 

素が出て、やや乱暴な語気になるイサミ。

しかしミユにとってはなんともない。

 

「というか、彼女なし歴=年齢で、童貞ですよねイサミさんは」

 

頬を赤くし憮然となったイサミは、逃げる様に休憩所から出て行ってしまう。

ちょっとつついただけで、なんて分かり易い。

やっぱり脈ありありだなぁ、とミユは苦笑した。

 

        ◆

 

翌日の昼休み。場所は食堂。

ミユはイサミ、ヒビキと一緒に昼食を摂っていた。

イサミとヒビキは栄養バランス重視の定食を食べ終わり、今は食後のお茶だ。ミユは定食ではなく大盛カツカレーであった。

 

ヒビキがイサミに訊く。

「で、振り込まれた報奨金っていくらだった?」

 

「1500万円」

 

「少なっ! 世界を救ったイサミでそれだけなの?」

 

TS部隊のヒビキは200万円の報奨金。

整備班のミユは90万円という金額である。

 

「金の為に戦ったんじゃねえよ。それに復興に金がかかるしな」

 

頻発しているTSによるテロと紛争の対応だけでも、各国の軍備費用は苦しい。

復興に対しても大規模な増税が必須であり、市民感情も不満が高ぶっている。なによりも、この日本ですら長年の不景気による治安悪化も手伝って、TSを用いたテロ(失踪した外国人労働者が主な実行犯)が起こっていた。

 

「そうはいってもさぁ。渋いよねぇ、ホントに。スミスは米軍からいくらもらったんだろ。イサミ、その辺はスミスから聞いてる?」

 

「そんなコト聞いてねえってか、スミスとルル、時差を考えずに頻繁に連絡いれてくんだよ。お陰で寝不足になりそうだ」

 

「イサミの方から連絡しないからでしょ。昔っからさ、あんたから他の人にお誘いした事あった? 私と出掛けたり飲みに行くのだって、全部誘いはこっちからだし。ホント、友達関係の面倒くさがり少しは改善した方がいいよ」

 

「都合を合わせているんだからいいだろ」

 

ミユが口を挟んだ。

「ルルちゃんから聞いたんですけれど、スミスさんの報奨金は約5億円です」

 

イサミとヒビキは目を丸くした。

ヒビキはガックリと肩を落とす。皮肉に満ちた声音で――

 

「5億かぁ。世界を救えば普通それくらいは貰えるよね。まあ、オリンピックで金メダルとっても数百万円の国だもんね、日本は」

 

「俺の場合は最後の戦いに独断で行った時には除隊覚悟だったから、クビじゃないだけマシだって思っているけどな。民間ではTSには乗れないし」

 

そこへリュウジ・サタケがやってきた。

 

「ちょっといいか、アオ3尉」

 

「なんですかサタケ隊長」

 

「済まない。次の休日、都合をつけられるか?」

 

「理由は?」

 

「上からの命令で、要は縁談だ。済まないが休日を潰して見合いしてくれ。心苦しいが事実上拒否権はない。あれば俺で話を止めている。先方のお嬢さんと会って食事して会話まで、がノルマだ。交際とか結婚までは流石に強制ではない」

 

サタケは苦い顔だ。

なんだかんだで、彼はイサミを年の離れた弟の様に可愛がっている。

※)「未来戦士ルル」第1話でのサタケ視点にて判明。

 

「まあ、予定はなんとかなると思います」

 

ヒビキが興味津々な口調で質問する。

「サタケ隊長、どんな人なんですか、イサミの見合い相手」

 

サタケがタブレッドに見合い相手を表示させた。

二十代前半と思われる、なかなかの器量だ。

 

「へぇ~~、可愛い人ですね。失礼ですけど、お幾つです?」

 

「38歳だ」と、渋面になるサタケ。

 

「え」と、ヒビキのみならずイサミも絶句だ。

まさか一回り以上も年上とは。

 

ミユは呆れつつ――

「その写真、加工しまくっているか、昔の写真か、あるいは両方か。どちらにせよ、そういった写真を詐欺同然に出せるって、お察しな相手ですね」

 

笑いを堪えながら、ヒビキがイサミを慰める。

面白そうにイサミの肩をポンポンと叩く。

「ま、まあ、実際に会ったら凄く楽しい人かもしれないしさ、これも経験だと思って元気出しなよ、イサミ。交際や結婚まで強制じゃないんだし。案外、運命の出会いかもよ」

 

イサミはヒビキを無視して、サタケに答える。

「分かりました。会うだけなら会いますよ。予定キャンセルできるかどうか、確かめますから少し待ってください」

 

「イサミさんの予定の相手って誰なんです?」

 

予想は付いていたが、ミユはあえて質問した。

業務用に支給されているスマホでメッセージを入力しながら、イサミが言う。

 

「ホノカさんから誘われていたんだよ」

 

その回答に、ヒビキの笑顔が一瞬だけ引き攣ったのをミユは見逃さなかった。

 

        ◆

 

「いやぁ~~、悪いけど笑っちゃったね、イサミの縁談相手」

 

終業時間になり、女子更衣室でミユはヒビキと着替えていた。

ちなみにイサミは持ち回りとなっている当直勤務の日である。

 

思い出して笑いを堪えられないヒビキに、ミユは落ち着いた声で話す。

 

「確かに今回の相手はアレですけど、イサミさん、スズナギ2尉と付き合わなければ、いずれは上官のコネ関係でお見合い結婚ってルートだと思います」

 

「えぇ~~、今時お見合い結婚?」

 

少しバカにした感じのヒビキの口調。

ミユは感情を抑えて淡々と続けた。

 

「イサミさん、元々エース級として有名でしたし、デスドライヴズの件で自衛隊だけではなく各国軍隊上層部の覚えも良くなりました。確実にエリート幹部ルート、出世コースに乗りましたから、縁談はこれから引く手あまたですよ」

 

「じゃ、イサミがめでたくゴールインしたら、私達も祝ってあげなきゃね」

 

「それで終わりになりますけどね、私とヒビキさんとイサミさん3人の仲は」

 

「ちょっ、なんでなんで?」

 

ヒビキは納得できないといった顔になった。

その呑気さに、ギリ、とミユは奥歯を強く噛む。

 

「イサミさんが彼女持ちや妻帯者になったら、職場で一緒に休憩する程度で、今まで通りに友達としてフランクに過ごせるわけないじゃないですか。お相手に嫌な思いをさせせて確実に揉めます。逆にヒビキさんに恋人ができても、同じです。イサミさんとこれまで通りの付き合いは無理ですし、きっとイサミさんからヒビキさんと距離を置きますよ」

 

ニヒルな表情になったヒビキは肩を大きく竦めて、首を左右に振った。

 

「私は別に恋人が欲しいとか思った事はないけど。恋人とかいなくても今の生活が充実しているし。イサミだってそんな難しく考えていないって」

 

着替え終わり、ヒビキはロッカーに鍵をかけた。

ミユは着替えの手が止まってる。

 

「イサミさんも似た様なコトを言っていましたけれど、今の距離感で友達のままこれからもずっと同じなんて、無理に決まっているじゃないですか」

 

「そんな難しく考える必要ないと思うけどな~~」

 

「ヒビキさんは最初からイサミさんをイサミって呼び捨てにしていたんですか?」

 

「最初はアオ先輩で、仲良くなってイサミ先輩になって、気が付けばイサミって呼ぶようになっていたかな。まあ、なんとなく普通に?」

 

「なんとなく普通で、先輩を呼び捨てしてタメ口ですか。なんの意図もなく」

 

「ミユ。なんかミユらしくないね。ちょっと喧嘩腰だし。なんで怒っているの?」

 

バツが悪そうなヒビキ。

怒ろうとしても怒れない、そんな感じだ。

ミユはホノカについての質問をした。

 

「ヒビキさんはスズナギ2尉のイサミさんに対してのアピール、どう思います?」

 

「大好きアピール凄いよね。あんな綺麗で素敵な人がイサミ大好きとか、ちょっと分からないというか、ホノカさんもイサミとか変わった趣味しているよね。私にはイサミを恋愛対象とか、ちょっと無理というか想像もできないわ」

 

「ヒビキさんは、本当に好きな男性にあんなアピールできます?」

 

「無理無理。ってか、私はホノカさんみたいに男を好きになった事、ないからさ。私も男に本気で好きになったら、あんな風にアピールしちゃったりするのかな」

 

「そんなヒビキさん、見てみたいですね」

 

「あはは。ないない。ガチで恋愛している私とかミユだって想像できないでしょ?」

 

場の雰囲気が回復し、ヒビキは先に更衣室を退出した。

また明日、と一声残してドアの向こうへ消える。

 

そんなヒビキの顔を、ミユは強く思い起こす。

 

ヒビキが好き。大切だ。

この気持ちを守りたい。

だから、ミユは自分が悪者になってもいいと覚悟した。

Chapter3:クリスマス・イヴ

イサミのお見合い当日。

お見合い場所であるホテルのラウンジに、ミユとヒビキ、そしてホノカは潜伏していた。ミユが上手くイサミから聞き出したのである。

ヒビキだけではなく、ホノカまで付いてきてしまったのは誤算であった。彼女は彼女でミユの想定を超えてアグレッシブだ。下手をしなければ良いが。

 

向こうからは死角でも、こちらからは上手く覗ける位置関係のテーブル。

こっそりと確認できるのは、ミユにとっては予想の範疇内の光景だ。

しかしヒビキとホノカにとっては衝撃の様である。

平静を装うイサミも同様だろう。

 

写真の面影が微塵もない、肥満体型の中年女性がイサミの対面に座っている。

 

実年齢38の筈だが、40代半ばにしか見えない。

明かに不健康な老け方だ。

そして、ふてぶてしい面構えである。例えるのならば朝青龍だろうか。

 

ミユお手製の指向性収音マイクで会話を拾う。

 

会話というか相手の女性が一方的に話しているだけだ。イサミの年収、イサミの資産および貯金、家族構成、将来の出世コース、結婚後のお小遣い額(イサミは給料と財産の管理を全部任せ月2万円の小遣いのみ)、家事手伝いである自負、専業主婦希望、マイホームが欲しい、義家族との同居は不可、逆に自分の親の面倒はみろ――

徹底的にイサミを面接、採点している。

 

イサミはどうにかして台詞を割り込ませた。

「え、ええと、得意料理、とかは?」

 

声がめっちゃ震えていた。

 

「結婚してから覚えるつもりです」

 

まるで威嚇するかの声音で迫力満点だ。

質問されて不機嫌さマックス。メンチ切ってきた。

 

イサミは絶望的な顔になる。

結婚相談所から紹介された相手ならば即座にトンズラして、結婚相談所にクレームを入れるケースだ。しかし、この相手はお偉いさんコネ絡みの縁談。無下に扱えない。

 

(イサミさん、可哀そうに)

どうにかして穏便に逃げなければならないイサミに、ミユは心底から同情した。

 

「合格よ、アナタ。結婚してあげる」

 

イサミの意思を無理して、勝手に結婚まで決定する。

ついさっき、出会ったばかりなのだが。

止められない暴走に、イサミは動揺しまくりだ。どうしていいのか分からなくなり、泣きそうな感じの情けない表情になっている。目が完全に泳いでいた。

 

「パパにそう報告してあげるわ。そうそう、プロボーズはクリスマス・イヴにしてね。婚約指輪は私から指定するから。良かったわね、アオさん、私を幸せにしてちょうだい」

 

ミユは自分の耳を疑う――が、悪夢ではない。

現実として時間が流れている。

 

(ど、どどどど、どうしましょう! このままだとイサミさん、あの人と結婚!?)

 

想定云々どころか、とんでもない事態に。

ミユはヒビキを見る。ヒビキはポカンと茫然自失になっていた。

あまりの意味不明さに思考がショートしている感じだ。ミユも対策が思い付かないが。

 

(イサミさん、しっかり!)

 

だが、イサミも固まったままである。

こんなシチュエーションは未体験なのだろう。流石に翌日になれば我に返ると思うが。

 

「食事の後は、どこかで休憩しましょうね」

 

舌なめずりしての宣言。

相手の女性もバカではなかった。イサミが女性の押しに弱いのを見抜いて、強引に既成事実を作ってしまう作戦に出た。というか、こういった手口に慣れている感じである。

 

「お姉さんが色々と手取り足取り教えてあげる」

 

「え、あの、その、なにを?」

 

イサミは顔面から血の気が引いている。

どう見てもオバサンな自称お姉さん。

お偉いさんからとんでもないバケモノを押し付けられてしまった。

完全に委縮して怯えていた。

 

ミユは決意する。

(イサミさんどころかヒビキさんもダメ。だったら私が乱入して――)

 

「いい加減にしてください」

 

声の主はホノカだ。

 

もう自分が乱入してイサミを救出するしか手がない、とミユが腹を括った時、すでにホノカがイサミ達のテーブル横に移動していた。

怒りに満ちた眼光を、見合い相手の女性に向ける。

 

「なに、アンタ」

 

「イサミさんの恋人です。クリスマス・イヴには私との予定が入っていますので」

 

「はぁ? 聞いていないわよ。だったら今すぐ別れてくれない? アオさんは私と結婚することが決まったの。これはもう決定事項なのよ」

 

「人の話を聞かないで自分の都合のみを押し付ける人との会話は、時間の無駄ですね。行きましょう、イサミさん」

 

強い。ホノカは一歩も引かない。

逆にイサミは借りてきた猫みたいだ。

 

財布から一万円札を数枚を抜き取り、テーブルに置くホノカ。

金切り声をあげてヒステリーをおこした女性を無視し、ホノカはイサミの腕を取って引きずる様にホテルの外に脱出してしまう。ミユもヒビキを促して後を追った。

 

        ◆

 

ホテルの外――駐車場の脇にイサミとホノカはいた。

 

安堵しきった顔でイサミが礼を述べた。

「助かりました、ホノカさん」

 

「お礼なんていいです。それよりも尾行する様な真似をしてごめんなさい」

 

「あ」と、その台詞でイサミは自分がマークされていた事を理解する。

それと同時に、ミユとヒビキにも気が付く。

 

「お前たち、どうして」

 

ヒビキは居心地が悪そうだ。

普段通りの憎まれ口、からかい口調をする余裕すらない感じである。

ミユは愛想笑いで誤魔化す。

 

「イサミさんのお見合いが気になっちゃいまして。でも結果的には助かりましたよね? 私達がいなければ、あのままあの妖怪に捕食されていましたよ」

 

「もう縁談とか見合いは懲り懲りだ」

 

情けない表情で天を仰ぐイサミ。

ある意味、こんなに弱った彼は、ミユにとって初めてかもしれない。

ここぞとばかりに、ホノカがイサミにアピールする。

 

「だったら私と形式だけでもお付き合いして下さい。そうすればもう縁談の話なんて来なくなると思います。今年のクリスマス・イヴも私と過ごしましょう」

 

「あ、はい」

 

脳の処理が追い付いていないのか、イサミは拍子抜けした様子でオーケーだ。

そのままホノカとどこかへ行ってしまう。元々はホノカとデートする予定の日である。

 

(う~~ん、スズナギ2尉が嘘ついているとは思えないから、信用するとして)

 

完全にプランが狂ってしまった。

ヒビキの嫉妬心を煽って、乱入させるつもりだったのに。その肝心なヒビキが地蔵化していたので、計算外だったホノカの行動に助けられたのは事実であるが。

 

気持ちを切り替えたのか、サバサバした声でヒビキが言った。

 

「帰ろうか、ミユ。それとも2人で遊びに行く?」

 

「ヒビキさんの奢りだったら」

 

「いいよ。今日は一日、好きなだけ驕ってあげる」

 

        ◆

 

クリスマス・イヴを来週に控えた平日の勤務明け。

時刻は19時30分過ぎ。

 

イサミはミユの誘いで、行きつけのバーにやってきた。

いつものカウンター席に、ヒビキがいる。

3人で飲もうという話だ。

 

ミユの誘いで遊びや飲みに行く事はあっても、ミユと2人だけではなく必ずヒビキとセットである。ミユとヒビキが2人だけで遊びに行く事もあるらしいが。サシ飲みはヒビキと2人がほとんど(たまにサタケとも飲む)なので、ミユとの3人は珍しい。

 

「来たね、イサミ」

 

あいさつ代わりにカクテルのグラスの掲げるヒビキ。

いつも通り、イサミはヒビキの左隣の椅子に腰かけた。

 

「ああ。ミユはまだみたいだな」

 

イサミの前には、いつものウイスキーが置かれる。

挑発的にヒビキが訊く。

 

「ホノカさんは今夜の事、知ってる? 他の女と飲むの、内緒じゃないよね」

 

「いや。知らせる必要ないからな」

 

「ひっど! 付き合い始めからこれって。ホノカさんも男見る目ないなぁ」

 

「まだ正式に付き合っていない。返事はクリスマス・イヴにって約束した」

 

「あらら~~。てっきりあの日にイサミは脱童貞したのかと思っていたのに」

 

ヒビキがからかう様にニンマリする。

イサミは不機嫌さを隠さない。

 

「悪かったな童貞で。今の今まで、そんな余裕なんてなかったんだよ」

 

真面目な顔に戻り、ヒビキはグラスの水面を見つめる。

 

「ま、それは私も同じだけどね。高校時代・防衛大時代と必死になってやってきたから、今のTS乗りの私がいる。男とどうこう、なんて時間と余裕はなかった」

 

「だろうな。だから俺は後輩だろうとヒビキを対等な仲間だと思ってる」

 

「私も。同期や先輩後輩含めて、防衛大時代から対等と認めたのはイサミだけ」

 

「俺も同じだ。お前だけが周りのヤツとは違った」

 

誰が何と言おうと、同じ道を志す仲間であり友人。チームの同僚だ。

それが自分たちの関係だと、イサミとヒビキは同じ意識・認識を共有する。

色恋沙汰というノイズ、恋愛関係はむしろ邪魔。

ヒビキがニカっと笑い、イサミにグラスを近づけ――

 

「じゃあ、青春を恋愛ではなくTSに捧げた童貞と処女に乾杯」

 

2人はグラスを合わせた。

 

        ◆

 

(なんていうカッコつけた会話でしょうか)

 

ミユはバーの女子トイレ個室にいる。

イサミとヒビキのカウンター席には、マスターの協力を得て隠しカメラとマイクがセットされていた。イサミの顔のアップ、ヒビキの顔のアップ、斜め上からの2人の全体像を確認できる。

 

ミユはスマホを2つ手にして、イサミとヒビキのスマホに同時送信する。

それぞれのスマホが同時着信になり、イサミとヒビキは慌てた。その様子もバッチリ隠しカメラで確認できる。音声の方も高質でクリアだ。

 

「もしもし、私です」

 

『遅れるのか、ミユ』と、イサミ。

 

『え、イサミの方もミユからなの?』と、驚くヒビキ。

 

「そうです。店内でスピーカーモードは迷惑なので、スマホ二刀流でお二人と話そうと思いまして」

 

『お前、今どこにいるんだよ』

 

『予定よりも遅刻するって連絡なんだよね?』

 

「ここから一切の質問は受け付けません。今夜は私、キャンセルしますのでいつも通り2人でサシ飲みして下さい」

 

顔を見合わせるイサミとヒビキ。

 

「イサミさんがクリスマス・イヴにホノカさんに陥落したら、今夜がイサミさんとヒビキさんにとって最後のサシ飲みですから、存分に楽しんで下さいね」

 

通話を切り、それぞれに用意していたショートメッセージを送信した。

ヒビキには【 いくじなし 】

イサミには【 勇気!爆発!】

 

2人はメッセージを確認したが、すぐにスマホを仕舞う。

 

やるだけはやった。

これで2人がなおも友人関係を選択するのならば、もう友達関係のままで、そして遠くない将来、その関係も疎遠になっていくだろう。

 

「ショートメッセージもミユから?」と、ヒビキ。

 

イサミは表情を変えずに言う。

「アイツにからかわれているみたいだな。勇気爆発とか書かれていた」

 

「ふぅん」

 

「そっちはなんて書かれていた」

 

「内緒」

 

良い反応だ。ミユは小さくガッツポーズ。

【 いくじなし 】に心当たりがあるからイサミに教えられなかった。「なんのことだろうね」と、あのメッセージをイサミに平然と見せたのならば、終わりだった。

 

ヒビキが苦笑しながらグラスの中身を煽る。

彼女が一気に飲むのは珍しい。

 

「確かにミユの言う通り、イサミとホノカさんが恋人同士になれば、こういったサシ飲みは浮気にカウントされるかも。じゃあ、2人での飲みは今日がラストか」

 

「断るよ、ホノカさんには悪いが」

 

ヒビキが息を飲む。

口元が微かに痙攣していた。

ミユは分析した。たぶん必死に頬の筋肉に抗い、口角を維持している。

 

「勿体なくない? それにホノカさんと付き合わなかったら、縁談とかどうするのさ」

 

人差し指を向けて、ヒビキが挑発する。

横目でヒビキを見つつ、表情を変えずにイサミが言った。

 

「生涯独身主義ってことにする。いや、俺の人生に恋人や結婚なんて無縁かもな」

 

フッと、キザに笑むイサミ。

 

(ええええええええ!? そっちの方向にいっちゃうんですか、イサミさん)

 

「私も恋人とか結婚は縁がなさそう」

 

片肘をついて、ヒビキはグラスをゆらゆらと目の前で揺らす。

もの凄く気取っている。

 

(いやいやいやいや、ヒビキさんまで!)

ダメだ、この2人。本当にダメダメに過ぎる。

 

「これからも今まで通りで問題ないだろ」

 

「ミユ、最近ちょっとおかしかったからね」

 

おかしいのはアンタ達2人の関係だ。おかしい呼ばわりされてミユは憤慨する。

後輩なのに先輩に同学年みたいに振舞い、距離感ゼロに詰める女。

後輩に同学年そのものの態度を許容して、距離感ゼロを認める男。

まともな感性していたら、後輩女のタメ口は好意のアピールでしかないし、それを良しとしている先輩男も後輩女を憎からず思っている事の証左でしかない。

互いに恋人がいない男女の友達の場合、やるコトだけやっている連中だっている。

 

イサミがブレイバーン、そしてスペルビアとルルと共にATFの仲間を置き去りにし、最後の戦いへ出撃してしまった、あの朝明け。

格納庫からブレイバーンとスペルビアの姿が消え、サタケやヒロ達といったイサミの覚悟を知っていた者たちと共に、ミユはデッキにて飛び去ったイサミ達を眺めていた。

一緒にデッキへ駆け出したアキラ、シェリーも同じ。

全てが終わり、あの場にいなかったヒビキにその時の事を確認した。あの場にいなかったけれど、どこにいたのかと。ヒビキはイサミを探して1人だけで艦内を探し、イサミの個室を覗いて、彼の残されていた制服と階級章を見つけたそうだ。

空母内の男の個室に夜明け前という時間、若い女が1人で尋ねた。あれ、と思ったがヒビキは疑問に思っていなかった。疑問というか、若い男女として非常識に過ぎる関係。

 

ムカついたミユは、ヒビキのスマホに写真つきショートメッセージを追加送信した。

 

イサミの見合い相手の顔写真と、[ヒビキ・リオウ38歳独身処女]のテキスト。

 

メッセージを確認したヒビキの顔面が引き攣る。

「な、なんでこんなメッセージを」

 

「どうした?」

 

少しだけ躊躇した後。

今度は隠さずに、ヒビキはイサミにスマホ画面を見せた。

悲壮感に満ちた声で、ヒビキが自虐する。

 

「確かに、独身のままだと、私もあんなオバサンにならないって保証はないよね」

 

「その頃には、俺も39歳か」

 

「イサミはそれでもサタケ隊長と同じくらいでしょ。サタケ隊長並に見た目をキープできれば、まだ若い子を捉まえられるギリギリの年齢かもしれない。でも、私は。その時の私は、既に取り返しのつかない年齢になって――ッ!」

 

当たり前だが、ヒビキに結婚願望(と恋愛希望)がなかったわけではなかった。

ミユは思う。イサミの縁談イベントも、こうして振り返ると意味があったと。

男女の垣根を超えた恋愛感情抜きの「ずっ友」というファンタジーから、冷徹な現実ワールドに引きずり込まれて、ヒビキの表情が切羽詰まったものになる。

 

「え? お前さっき、結婚には縁がないとか」

 

イサミが激しく動揺する。

裏切り者、と顔に書いてあった。

 

ミユは頭を抱えたくなる。

(女が23歳で結婚無縁とか本気なわけないじゃないですか、イサミさん)

普通に結婚適齢期である。

というか、女としてのこの絶頂期を逃せば、結婚はどんどん苦しくなっていく。

 

「ほ、ほ、本当は、私だって、いつかは、いつかは純白のウエディングドレスを」

 

苦渋に満ちた声音だった。

両目の瞳孔が開きまくっている。

若々しい少女めいた快活な美貌が、今は切迫感から鬼女みたいだ。

 

(怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!)

 

恋愛感情はなく気の合う友達――という心を守るシールドに大きく亀裂が入り、ヒビキのメンタルは未曾有のストレスに晒されていた。過呼吸を起こしそうだ。

最初からホノカの恋を全力で応援していない時点で、オチ(本心)は分かり切っている。

友達を相手に失恋などあり得ない――が、友達を相手に愛の成就もあり得ない、という簡単なロジックから目を逸らしてイサミの隣に居続けたツケを、ついに支払う時だ。

 

カメラ越しの映像からもプレッシャーがもの凄い。

 

「イサミは私の花嫁姿なんて、鼻で笑ちゃうかもしれないけどさ。で、でも、でも、こんな私だって、いつの日かはって、憧れて悪い? 悪いかなぁ!?」

 

「いや、なんだ、ええと、憧れるのはいいと思う。俺も決して笑ったりはしない。ヒビキのウエディングドレス姿も、似合っていると思う」

 

「本当にそう思っている?」

 

「も、もちろんだ」

 

「わ、私達は友達同士だし、好きとか恋愛とかないし、いぃイサミにとって、私は男と同じだろうし。私もイサミは友達だから、友達でも、お、女に見える、わけ、ないってか、あハハ、男とか女とかナニ言ってんだろ、私。イサミには友達の私は、女に見えている筈が、男とか女なんて関係ないって、そんな期待なんて、だから、その」

 

「いや、俺にとってヒビキは魅力的な女だ」

 

「わ、わ、わ、私にもイサミは女じゃなくて、男性に見えている、から。ほ、ほほ、本当にイサミには、私が女に見えている? 男とか、女とか、あれ、あれれ?」

 

「お、おいヒビキ」

 

「わた、わ、わた、しは女だから、男じゃなくて――。だから、うぅ、う。ウエディングドレス、純白で、綺麗で、好きな人の隣で、花嫁、すが、たぁぁぁ」

 

「しっかりしろ、ヒビキ。らしくないっていうか、おい」

 

「防衛大の同期はともかく、高校の同級生は、もう4人も結婚してウエディングドレスを着て。ま、まま、まだ4人だけど、まだ4人だけど同窓会で、私もつい先輩の彼氏がいるって嘘を。私なんて友達としか思われていないのに、見栄はって。願望と妄想を」

 

ミユにもヒビキの覚悟が伝わってきた。

ヒビキは己が人生を賭けた一世一代の大勝負に、足を踏み入れたのだ。

ここでイサミがスルーして逃げると、ヒビキの心はポッキリと折れるだろう。

たぶん、友達としてすら親しい付き合いは無理になる。

 

「や、や、や、やっぱり、30までにイサぁ、好きな人と結婚できなかったら、私でもいいっていう人と妥協してでも、結婚する方が、両親も早く孫の顔が見たいって」

 

聞き取るのが困難なレベルで、声がガタガタに震えていた。

 

「お、お前、好きな男がいたのか!」

 

イサミが雷に打たれたようなリアクションを見せる。

考えようによっては、凄まじくヒビキに失礼な反応だ。

というか、女にとって齢30の壁は本当に深刻なのである。

 

「そうじゃなく!」

 

「いや、だって今」

 

「私だって女として、幸せになりたい。恋人だって、それに本当は好き、す、すぅ、友達って言ってたけど、とも、本当は、け、け、ケコっ。っん、すぅ、きき」

 

2人の間に微妙な空気が流れる。

共に背中が汗でビッショリだ。

 

ミユは祈った。

(ダメです! 駄目ですよイサミさん、間違っても応援するとか、頑張れとかヒビキさんに言ったら、本当になにもかも全てが終わりです!)

最悪でヒビキはそのまま店から出て行く。

 

イサミはグラスの中身を一気に飲み干した。

ロックをバーテンダーに要求する。

ヒビキもカクテルの残りを胃に流し込む。

次はウイスキーのロックをリクエストだ。

 

2人はそのロックを同時に一気飲みし、3杯目もロックで注文した。

バーテンダーが不安そうに2人を見る。

しかし余計な口は挟めないので、そっと2人から距離を置いた。

 

ヒビキが重い口調で吐露し始める。

眼球だけがガンギマリという異様な表情で。

「べ、別に恋愛的に好きな人がいるわけじゃないけど、その、気の合う、心を許せて、自然に一緒に居られる相手と、だったら、ほら、いわゆる友達婚とかいうやつで、あ、友達っていうのは、その、あくまで相手が私なんかで良いって、そういう仮定で」

 

ミユは感動して、呟いた。

 

――きた、コレ――

 

(ついに、ついに、あのヒビキさんが勇気を振り絞って)

 

真っ赤な顔で両目には涙が浮かんでいる。

そんなヒビキの表情に、ミユは衝動的にスマホを握りしめた。盗撮がバレても構わない。バッドエンドは御免である。ヒビキを、ヒビキを幸せにするのだ――

イサミのスマホに通話を送信。

 

逃げるように着信に応じたイサミに、ミユは叫ぶ。

 

「イサミさん、勇気です! 勇気爆発、爆発です!」

 

一瞬の間。イサミの口が小さく動く。「勇気、爆発」と。

流石にここでいかなければ、男ではない。

「俺も、その、縁談除けとか自衛官としての世間体もあるし、親も結婚と孫を期待しているし、30くらいまでには結婚はしておいた方がいい気がしてきた。その時にお互いに相手の当てがなければ、その、俺なんかでヒビキがいいんだったら、ヒビキも俺で妥協するって選択肢も、提案できる気がする」

 

ミユはズッコケそうになった。

(う、う~~ん。締まりないですが、ギリギリ及第点といったところでしょうか)

 

お互いに前を向いたままで、視線を合わせられないのがヘタレである。

彼女いない歴=年齢24才の童貞と、彼氏いない歴=年齢23才の処女という組み合わせだけあった。しかも何年もプラトニックで親しいままという。

 

「だったら私よりもホノカさんの方が良いんじゃないの? ホノカさんはイサミを好きなんだし。私よりもイサミに相応しい人だし」

 

いつもの挑発的な口調が、ヒビキに戻り始める。

精神的な余裕が回復しつつある証拠だ。

 

真剣な声で、イサミが答える。

「ホノカさんがどうとかじゃなく、俺が結婚するとしてずっと一緒にいてもいい思える相手は、ヒビキしか思い付かない」

 

(先にこっちの台詞を言って欲しかったですよ、イサミさん)

 

ヒビキは嬉しそうに言った。

「じゃあ、私が29でイサミが30、お互いに恋人なしで未婚だったら結婚って保険ができたところで、この話は終わり。ま、両親に孫の顔を見せられそうで安心したかな。はぁ~、スッキリした。らしくない話、しちゃったわ。ホント、友達同士でなにやってんだか」

 

「そうだな、この話は終わりだ」

 

「そ。私達に恋バナは似合わないしね」

 

空気が安堵し、弛緩していく。

2人はグラスを合わせて、会話を仕切り直す。

互いに自然な感じの表情だ。

先ほどまでの雰囲気は霧散し、普段通りの友達・同僚トークになった。

 

とりあえず最悪の事態は回避できて、ミユは心底から安堵だ。

最大の目的である3人の仲の維持も、この調子ならば大丈夫だろう。ミユはヒビキが大好きだ。だから大好きなヒビキが泣く未来が消えただけでも、ここまで苦労した甲斐があったというものである。

撤収しようとモニタを片し始めた、その時。

 

会話が弾む中、ふとヒビキが泣きそうなる。

いきなりトーンが落ちた。

 

「保険ができたのは嬉しい。イサミの同情からでも本当に嬉しいよ。でも、ここからまた、さらに6年、待つんだ――」

 

ミユは衝撃に目を見開く。

(ヒビキさん、キターーーーーーーーー!)

こんなに乙女な、女の子しているヒビキは不意打ちであった。

気の良い姉御肌なヒビキがデフォなので破壊力抜群だ。

 

今度のイサミは迷わなかった。

泣かして悪い、と前置きしてから――

 

「クリスマス・イヴの前にスズナギ2尉の件は終わらせる。それで彼女には会わない。だから今年のイヴは俺と過ごしてくれないか。ヒビキが望む言葉を言うから」

 

ヒビキはイサミの肩に頭を乗せた。

少しだけ鼻をすする音。

 

「出逢ってから初めて、イサミの方から誘ってくれたね」

 

「たぶん最初で最後だ」

 

普段通りの仏頂面を維持するイサミ。

そっと目をつむり、ヒビキは幸せそうに微笑む。

 

「それでいい。ったく、イサミらしいや」

 

        ◆

 

ヒビキがイサミに体重を預け「私、今夜はかえ」と台詞の途中だった、その時。

2人の真後ろから感動の声がした。

 

「イサミさん、格好よかったです!」

 

ホノカが乙女の祈りポーズで、恍惚とした表情をしている。

振り返ったイサミとヒビキは頭上に「?」マークだ。

 

ミユは焦った。

見合い現場に続いて、またしてもホノカが独断でやってきてしまうとは。

隠れて見学するだけならば良い。どうして勝手に介入するのだ。

 

「TSやブレイバーンで活躍するイサミさんも素敵ですが、リオウ3尉とロマンスを展開するイサミさんも、これまでにない新鮮な魅力に溢れていました」

 

「あ、どうも。奇遇ですね」と、会釈するイサミ。

どういう状況か、全く呑み込めていない。

アルコールの影響もあるだろう。

 

「最高のプロボーズでした、イサミさん!」

 

ヒビキがツッコミを入れる。

「ええと、状況的にプロボーズはクリスマス・イヴにしてくれるって約束で、厳密にはプロボーズの言葉はなかった様な。それにプロボーズされるイサミの愛の対象はホノカさんではなく、私の筈。……私、だよね? 認識まちがってないよね?」

 

「2度目の方はちょっとありきたりで、イサミさんにしては残念でしたが、1度目の台詞の方は、素敵すぎてみんなと供給したいくらいでした」

 

「え? 私は2度目の方が嬉しかったというか、え、あ、ああー」

 

ヒビキの表情と反応が、ブレイバーンに引き籠ってキレ散らかしたイサミを「素敵♡」「カッコいい♡」とか感想したホノカを目にした時と、全く同じになった。

つまり実相を理解したのだ。

 

そんなヒビキとは違い、イサミは照れる。

「俺は緊張していて、1度目の方はよく覚えていないですが、そんな風に高く評価してもらえて光栄です。というか、スズナギ2尉、心苦しいし大変失礼ですけれど、クリスマス・イヴの約束はキャンセルという事でお願いします。申し訳ありません」

 

ホノカは満面の笑みで頷く。

「イサミさん、ホノカって呼んで下さい。約束のキャンセルはもちろんOKです。むしろその件をこちらから申し上げる為に、こうして声をかけたのですから。どうかお気になさらずに。クリスマス・イヴはイサミさんらしい素敵なプロボーズを」

 

右手を差し出すホノカ。

安堵の息を吐き、イサミはその手を握手した。

 

「良かったです。ホノカさんを傷つけることがなくて」

 

「いや、私は全然よくないんだけど」

 

ブッコロス、という不穏なオーラ。

額に青筋を浮かべたヒビキが、スマホでミユに通話を送信する。

ミユは通話に応じた。無視したらきっと後が怖い。

『正直に話しなさい、ミユ。正直に全部――』

 

観念したミユは白状し始めた。

 

ミユ・カトウはメカマニアにして腐女子である。

 

特にBLや薔薇カップリングが大好物だ。

ゆえにホノカのイサミへの好意が、異性への愛情でないのはすぐに分かった。

 

恋愛感情ではなく「推し」ラヴだ、と。

※)ホノカの中の人も恋愛感情ではないとラジオでコメント

 

推しへの歪んだ好意、憧れ的なファン心理も含む、が「ホノカのイサミ愛」である。

イサミ担当の管制官という仕事的プライドも混じっているのが厄介だ。

むろん非常識だったり精神的にアレだったりする危険な女もいるので、イサミの帰国を一緒に出迎えた次の日、ミユはホノカに直接会って慎重に確かめた。

そしてホノカは常識があり「まとも」だと分かった。

「推し」愛を異性への恋愛感情と混同しているようなヤバい人種、ではなかったのだ。

 

だからミユの計画に協力をお願いした次第である。イサミの帰国を出迎えた日のヒビキの表情でビビッと閃いた――《大好きなヒビキを幸せにするぞ計画》の。

本来ならば、クリスマス・イヴの約束の席で、ホノカと共にミユがイサミにネタばらしする予定であった。種類はアレだがホノカのイサミ愛は本当であるし。

 

「更衣室での会話、覚えています? ヒビキさんはこれから他人の目がある前で「婚約者のイサミ好き♡」「恋人のイサミ素敵♡」「私のイサミかっこいい♡」とか、スズナギ2尉みたいに乙女のポーズでできます? できませんよね。つまりはそういう事です。だって、本当に恋愛対象として密かに好きで、両想いが確定していない相手にとる態度は、普通はスズナギ2尉とは真逆――要するに」

 

――ヒビキさんみたいな態度ですよ?――

 

底冷えする声音で、ヒビキが告げる。

『ミユ、どうせ近くにいるんでしょう? うん、見つけ出してキツイお仕置きしてあげる。私の恋心と愛をオモチャにしたのは、いくらミユでも、ちょっとやり過ぎだから』

 

「ちょ、感謝でなく激怒!? うそ誤解ですよ、ヒビキさん!」

 

あ、これ逃げないとダメなパティーンだ、とミユは悟った。

スマホと財布類を除く全ての荷物を放棄して、ミユは全速力で店からトンズラする。自宅アパートは凸されると予想できるので、近くのビジホに一時避難および潜伏だ。

(ヒビキさんの機嫌が直るまで、有給がもてばいいんですけど)

 

――TSのメンテナンスにミユがいないと困るイサミが、うまくヒビキの機嫌を取ってくれて、どうにか3日後には職場復帰できたミユであった。

Chapter4:ミユ✕ヒビキ

デスドライヴズの件から年が変わっていた。

もうじき、というか明日が2月3日。

ミユ・カトウにとっての22回目の誕生日がやってくる。

 

午前中の操縦訓練が終わった後、ダイダラ隊のTSが戻ってきた。

 

午後からは、ダイダラ隊のメンバーは、(パイロットと歩兵部隊の合同で)ミーティングとフィジカルトレーニング中心の業務となる。

TSは小隊規模で6機構成が基本だ。各機専属パイロットに専属メカニック、ほか一般メカニック、サポート要員、歩兵部隊を全て含めて自衛隊小隊基準となる約30名である。

 

他にオニオウ小隊、カタンナーバ小隊が去年のアド・リムパック演習に参加していた。

つまり、この3小隊が陸上自衛隊特殊機甲群に所属している小隊のトップ3である。

そしてトップ3に位置する小隊3つをまとめて、特殊機甲群第1中隊だ。

 

ダイダラ1のコールサインをもつリュウジ・サタケ2佐が、ダイダラ小隊および第1中隊のトップを務めている。

 

もちろんアド・リムパック演習に遠征しなかった第2中隊、第3中隊も存在する。

つまり合計9小隊にて陸上自衛隊特殊機甲群は構成されていた。

※)この辺の設定は自衛隊の中隊小隊から逆算した推定。実在の特殊作戦群とは異なり、架空兵器TSを扱う専門の特殊部隊(架空設定)だと思う。また通常部隊にもTSは配備されているとも思う

 

そして、各国で復興作業の遅れが目立ってきている。

人員、資金と資材、全てが鈍化の一途。

その皺寄せ(不満の蓄積が火種)で、世界各地でテロという名の紛争が激化中だ。しかも違法ルートでTSがテロに用いられている始末だ。

日本もそういった状況は避けられない情勢であった。

その対応の為に、自衛隊内にテロ対策傭兵部隊の設立が見込まれている。

傭兵だけでは弾が足りない。デスドライヴズとの実戦経験がある元ATFのTSパイロット達も、その傭兵部隊に出向という形式で参加する予定が組まれていた。

ダイダラ隊もイサミとヒビキの出向が決定済みだ。

 

ダイダラ隊パイロット6名が談笑しているところへ、ミユは駆けていく。

 

「お疲れ様です、皆さん! 少しリオウ3尉をお借りしてよろしいでしょうか?」

 

「私?」と、自分を指さすヒビキ。

 

「行っていいぞ、リオウ3尉」と、サタケが許可を出す。

 

ミユは踵を揃えて敬礼した。

「許可、感謝であります、サタケ2佐」

 

「じゃあ、カトウ3曹の話が終わったら(パイロットスーツを更衣室で)着替えて、そのまま昼食に入りますから」

ヘルメットをヒビキはイサミに手渡した。その辺はツーカーである。

 

ヒビキはミユに連れられて、2階にある休憩室に向かった。

 

        ◆

 

整備班用の休憩所よりも綺麗な休憩室には、内勤隊員の姿がチラホラある。

全員が女性隊員だ。基本、ここは女子用として認識されていた。

 

「オレンジジュースでいい?」

 

「奢りなら、なんでも」

 

「あ、そ」と、ヒビキは自分用のトマトジュースとミユにオレンジジュースを、自販機から購入した。缶を投げてよこす。ミユはナイスキャッチして飲み始める。

 

「昼休みまで待てなかったの?」

 

「できればイサミさんに聞かれたくない話ですので」

 

「イサミに聞かれたら都合が悪いんだ」

 

「内緒ってわけでもないんですけどね」

 

ミユが話しあぐねる中、2人はジュースを飲み終える。

丁度よいタイミングで来た清掃のおばちゃんが、2人の空缶を引き受けてくれた。

気さくなヒビキは清掃スタッフに人気だったりする。

 

「で、話は?」と、ヒビキから促す。

 

「確認したいんですけれど、ヒビキさん、明日がなんの日が知っていますか?」

 

ヒビキは壁のカレンダーを見て、首を傾げた。

やっぱり、とミユは胸を撫でおろす。予想通りで「この判断」は正しかった。なにしろヒビキは入隊1年目。イベント1回目、1周目だ。知らないのが普通であろう。

 

「なんと、明日は私の22歳の誕生日なんです!」

 

「ふぅ~~ん、おめでと」

 

スーパー素っ気ない反応だ。

ミユはヒビキに詰め寄る。ここまで無関心とは。

 

「ちょっと、それだけですかヒビキさん。いくらなんでも薄情では?」

 

不必要に顔面を肉薄され、ヒビキは「うわぁ」という表情になる。

「正直いって二十歳過ぎたら、あんまり年とりたくないんじゃない? 私は今年で24、来年で25、そしていずれは30の大台とかって憂鬱だなぁ」

 

「私は何歳でも自分の誕生日を祝いたいタイプなんです」

 

「それじゃあ明日は食事を奢るから。好きなものを好きなだけ頼んでいいよ。その結果、太っても責任は持たないけど」

 

ミユは覚悟を決めて切り出す。

「ええと、食事よりも物品による祝いの方が嬉しい状況なんですよ、実は」

 

プレゼントの催促に、ヒビキが呆れた。

 

「ミユって社会人4年目だよね。もう大人でしょ。それなのに」

 

「計算外に出費が多かったんですよ! 欲しいパーツが限定品で多過ぎて!」

 

「それなら、ここから切り詰めるしかないと思うけど」

 

「新型のグラボは品薄で、いま手に入れないと次はいつになるか!」

 

「グラフィックボードをねだるって。せめて服とかアクセとかならまだしも」

 

「私はヒビキさん程、ファッションに興味ないですから」

 

そこからミユは新型グラフィックボードの必要性、PCとワークステーションのバージョンアップの必要性、ファッションよりもメカ全般の方が世界と人類に必要とされている――という主観的な内容をマシンガントークした。

心底からイヤそうな顔で、ヒビキは話(嵐)が終わる(過ぎ去る)のを待つ。

これ以上、ミユのメカトークに付き合いたくないので、ヒビキは白旗、根負けする。

 

「分かった分かった買ってあげるから」

 

第一段階、クリアだ。

 

「ありがとうございます! これで注文キャンセルせずに済みました」

 

ミユは満面の笑みで、タブレットにその新型グラフィックボードを表示させた。

お値段――約28万円なり。

予想より桁が1つ違って、ヒビキが驚く。そして慄く。

 

「た、高っ!」

 

ミユはヒビキに縋りながら拝み倒す。

「今年だけ! 今年だけの特例で! 来年からは「誕生日おめでとう」の言葉だけで充分ですから、どうか今年だけの特例で助けて下さい! これ、絶対に必要なんです」

 

ミユはヒビキの左手首を両手で掴み、その左手を眼前に掲げた。

 

「今は着けていませんけど、この左手薬指に嵌めている「お値段ン十万円の指輪」の存在には、私のサポートが非常に大きかったと思うんですよ! その功労も兼ねて! 私、ヒビキさんの幸せの為にすっごい頑張ったんです。そのご褒美、報酬という事にして、今年だけの特例でお願いしますよ。助けて下さい!」

 

その訴えの声に、他の女性隊員の視線が集まる。

あまり歓迎されていない表情に、陰湿なヒソヒソ話。多くの女性隊員からハッキリと妬まれていた。女性結婚難の時代、ヒビキ自身は仕方がないと受け入れている。

1年目の生意気な腰掛女、という悪口も聞こえた。除隊する予定はないのだが。

曹士の階級の隊員ばかりだから、上官であるヒビキは注意しようと思えば可能だが、そんな真似をしても今後の印象が更に悪くなるだけだ。

 

半白眼になるヒビキ。

「ホノカさんを巻き込んで、悪ふざけしていたとしか思えないんだけど」

 

「絶対に私のサポートが無ければ、プロボーズまでいきませんでしたって!」

 

ヒビキは小指で耳の穴をかっぽじる仕草をして、明後日の方向を向いた。

「私は別に、もうしばらく友達期間を楽しんでも良かったんだけど。その気になればイサミに告白させる自信はあったし。愛される女ってやつ? 本当は両想いなの、昔から分かっていたんだよね」

 

今度はミユが半白眼になる。

「喉元過ぎて、すっかり熱さを忘れていますね」

 

軽蔑が混じったミユの視線に、気まずそうになったヒビキが見解を訂正した。

「ま、まあ、確かにミユのサポートがなければ、って思わない事も少しはあったり。感謝が全くないってわけでも」

 

「引っ越しの荷造りだって手伝いますから!」

 

「業者に頼むし。ダイダラ隊のみんなも手伝ってくれるから」

 

「友人代表のスピーチだって引き受けますよ。お任せください!」

 

「あ、ゴメン、それ高校時代からの親友が是非ともやらせてくれって」

 

「じゃあ、受付嬢やります!」

 

「防衛大の同期で民間に就職した友達がやってくれる約束なの。イサミとも先輩後輩で面識あって、友達の中で結婚の報告を1番喜んでくれたな~~。彼女も順調なら来年には彼氏とゴールインだから私が受付嬢をやる予定」

 

「そんな。ヒビキさんにとっての1番の友人って私じゃないんですか?」

 

「そりゃ今の1番はミユだけどさ。昔の付き合いだってあるでしょ」

 

「だったらイサミさんの友人代表スピーチやって、色々と暴露しちゃいますよ!」

 

ヒビキはため息をつく。折れたのだ。

「基本的には買ってあげる方向で。でも自分のお金とはいっても、独断で28万円の出費はちょっと。流石にイサミにも話しておかないと。イサミに内緒は無理」

 

ミユは精一杯の愛想笑いを作り、揉み手をした。

「実は、イサミさんにも買って欲しい誕生日プレゼントがあるので、今日の昼休み、一緒に説得して欲しいんですよ。お願いしますヒビキさん! 去年の分も含め2年分の誕生日プレゼントって事にして」

 

ようやく全ての事情を把握して、ヒビキは肩を竦める。

「だからイサミより先に私、だったのか」

 

フフフフ、と邪悪な顔でミユは不敵に笑う。

「それに知っているんですよ、私。生活費用以外の銀行口座、イサミさんの引き落とし用口座とか貯蓄用口座や積み立て口座とかクレジットカード類、すでにヒビキさんが全部握っているってコト。イサミさんがそういう面に無頓着な傾向があるとはいえ、もう旦那の調教に成功しているとは、やりますね~~ヒビキさん」

 

ヒビキを口説き落とすのは前座。

本命は、イサミに買ってもらう予定の誕生日プレゼントの方であった。

 

        ◆

 

2月13日。

 

築浅の3LDKマンション(4階の角部屋)をミユは尋ねた。

専有部の表札は[イサミ・アオ ヒビキ・アオ]になっている。入籍はまだ少しだけ先であるが、表札はすでにアオ姓で揃えられていた。

 

「いいですねぇ~~。賃貸じゃなくて分譲」

 

全部の部屋を見回り、ミユは羨ましがる。

ミユが住む木造2DK(築30年)の安アパートとは大違いで、設備のグレードも高い。

正式な入居は2月下旬に設定されていた。ヒビキもイサミもワンルームマンション住まいなので、半同棲状態になってから不便に過ぎた。2人でワンルームはとにかく狭い。

TSパイロットで普段からトレーニングしている2人だ。このマンションでは1室丸々トレーニングルームにしている。

 

「手狭になって一戸建てに引っ越しても、賃貸に出せる物件を選んだから」

 

「客室あるし、気兼ねなくお泊りできます」

 

個室は寝室、客室、トレーニング室となっている。

イサミは新設の合同傭兵TS部隊のミーティングで不在だ。3月には約半月間の予定で、ヒビキと共にイスラエルに派遣される。よって今はミユとヒビキの2人だけだ。

 

「とんとん拍子で色々と進みましたね」

 

入籍と挙式は、8月下旬を予定している。

すでに教会と式場、二次会用レストラン貸し切りのスケジュールは抑えていた。ハネムーンはアド・リムパック演習が終わった後もハワイに残って旅行する。

 

「2年も3年も入籍を先延ばしにするつもりもなかったけど、私とイサミよりもお互いの親の方が乗り気になったから。両家顔合わせの席、宴会みたいに盛り上がっていたし。悪いことじゃないけど、なんだか親同士の方が仲いいくらい」

 

それにはミユも納得だ。

ヒビキにしてもイサミにしても共に超がつくエリート自衛官である。変な相手を連れて来られるリスクを思えば、互いの実家にとって大歓迎な婚約者だ。世間で言うところのパワーカップル、エリート同士のハイスペ婚というやつである。

 

すでに自衛隊側にも事情を説明していた。

ヒビキは寿除隊しないが、第1子を授かった際はTSパイロットから一時的に部隊内配置転換、そして産休。出産後にTSパイロットに復帰という道筋になる。今のところ子供は2人を予定しており、第1子はなるべく早めに、第2子は状況をみてだ。

ミユはイサミから聞いていた。ヒビキを対人戦闘となる実戦に送りたくないので、すぐにでも第1子が欲しいのだと。ヒビキには云っていないが。

 

「じゃあ、明日隊で配るチョコクッキーとチョコカップケーキ、作ろっか」

 

今日は荷解きはほどほどに、バレンタイン用の菓子作りが目的だ。

2人はエプロンを付けて、システムキッチンで作業開始する。

 

お菓子作りの最中、ミユはヒビキに話題を振る。

「サタケ2佐って独身らしいですね」

 

「ひょっとして狙っているの?」

 

「年の差はギリギリ許容できても、むこうが私に興味ゼロです」

 

「あの人、彼女とかいるのかな? 私生活の情報ゼロなんだよね」

 

「モテそうですね。イケメンだし。しかも40前で2佐の優良物件」

 

「明日、チョコも本命チョコとかもらってたりして」

 

「というか、今年はやっとイサミさんに本命チョコあげられますね」

 

「今さら照れくさいなぁ」

 

「本命チョコの練習用とかいって渡すとか、そういった手法はとらなかったんですか?」

 

「そういう誤解を生むやり方はちょっと」

 

「いや流石のイサミさんも気が付きますよ」

 

「あのイサミだよ? 誤解されたら終わっちゃうし」

 

「本当に恋愛面では面倒くさい人だったんですね。じゃあ話題を変えますけど、去年のクリスマス・イヴ、イサミさんってどんなプロポーズしたんです?」

 

「ん~~。イサミにしては頑張ったかなって感じ」

 

「もっと具体的にお願いしますよ。イサミさんのそういう姿って想像できなくて」

 

照れているというよりも、気の所為かやや強張った顔で、イサミにしては完璧だったエスコート、イサミにしては完璧だったプロポーズの言葉、イサミにしては完璧だった婚約指輪の渡し方を説明された。なんとなく話を盛っている気がしたが。

 

その話題も終わり、今度はヒビキが質問する。

 

「ミユはミユで、仕事以外で随分と勉強というか、研究しているね」

 

「ルルちゃんから聞いていますから。未来の私は《ブレイブドライバー》を開発したって。だったら「この」私だってその域にいける筈ですよね」

 

片鱗は現時点でもあった。

例えば、ミユお手製イサミが着用したブレイバーン用パイロットスーツ。

 

「なるほど。それで色々なパーツや道具を買い漁っているわけか」

 

「単なる機械屋、整備屋ではなく、将来はソフトとハードを総括した本格的な開発者になりたいです。仕事は今のままでいいですけれど」

 

ヒビキが少し複雑そうな表情で言う。

「あのルルちゃんが「意識だけとはいえ」未来からきたって、正直ピンとこないなぁ」

 

ルルの話、スミスの話。

ブレイバーンの正体が「スミスがクーヌスと共に爆縮した際、魂と体が結合し時空を超えて最初にオアフが襲撃された時間軸に現れた存在」だという事は、当事者ならば信じるしかなかったが、ルルの未来(タイムリターン)話は事実の裏付けがない。

しかも既に「ルルが知る未来」と「今のルルが過ごす時間」に相当な差異が生じてしまっている。それこそがルルが未来から戻ってきた目的でもあったが。

現時点で、ルルが未来人である意味はほぼ無くなってしまっている。

 

ミユはルルの話を完全に信じている。

それはイサミも同じだ。

 

「そうそうヒビキさん、ルルちゃんからの連絡でスミスさん達の長期バカンスの日程、正式に決まったみたいですよ。数ヵ月ぶりにスミスさんとルルちゃんに会えます!」

 

「本当!? ってか、イサミのヤツ、知っているんだったら教えろよな」

 

「今日の朝の新情報だから、まだイサミさんも知らないかもしれませんよ」

 

ATF解散直後から比べると、流石にスミスとルルからの連絡頻度は落ちている。というよりも以前が多過ぎた。時差を考えるとイサミの体調に影響が出る程に。

ヒビキ、アキラといった面子はSNSでの月一くらいの定期連絡くらいだ。

 

それでいいとミユは思う。

寂しい話ではない。

いつまでも過去の関係に依存するよりも、互いに今の人生を大事にして進むべきだ。

 

「楽しみだよね、ミユ。テロが多発して平和とは言い難いけどさ、デスドライヴズの脅威がない世界で、スミスとルルちゃんと過ごせるの」

間幕:未来戦士ミユ

ミユは自宅アパートに帰った。

 

間取りは2DKだ。築30年木造の安物件である。

寝室以外の一部屋は作業用。

ハイスペックのワークステーション3機と自作PC2機が、スタンドアローンで連結システムとして構成されている。ネットに繋いでいるのはゲーミングノートPCのみ。

そして最高級の3Dプリンター。

これらは研究と作業に必要だ。

 

それだけではない。

床には数式とプログラム言語が書き殴られているメモが大量に散乱していた。

これはミユが書いたものではあり、ミユが書いたものとは違う。夜中、夢遊病者のようにミユが就寝中に起きて書いている代物だ。部屋にセットしたカメラで確認している。

 

そのカメラに気が付いた就寝中のミユが、自分自身に対して語り掛けた。

 

――自分は70歳のミユ・カトウだと――

 

語られたのは、衝撃の内容。

ルルがタイムリターンした先の時間軸の世界。その世界では「自身の観測者であるルルの視点が消失した」為に、ルルの身体は「シュレーディンガーの猫」状態だという。

そして《ブレイブドライバー》が存在し続けているので、装置の更なる研究および改良、加えてこの世界のルルを仮想ルーター化する事により、辛うじてミユ自身の意識にコンタクト(リンケージ)可能になったと。

 

メモに書かれている数式とプログラム言語は、今のミユには理解できない。

 

しかるべき研究機関ならば解析可能だ。ただし、この件が第三者に知られてしまうと、間違いなくミユ自身が国家機関に秘密裏に幽閉されて、モルモットにされる。その時点で、この世界の未来は終わりになるとの警告。

最初は信じられなかった。

 

けれども、数日先の出来事を寸分違わずに予知され、信じざるを得なかった。

 

70歳のミユがコンタクトに成功した「この世界」限定ならば、かなり正確な未来予知が可能だという。ただし、その未来はミユの行動が引き金になりすぐに変化していく。

 

時間の流れは過去から未来への一方通行ではない。

 

現在から過去に影響を及ぼし、過去が分岐する場合も存在するのだ。

クーヌスがタイムリープした影響で、過去も複数パターン並列して存在している。

例えば、ヒロが死んだ過去と、ヒロが生きている過去。

例えば、スミスがルルを発見した時、ウミガメが産卵していた過去と、産卵前だった過去。

例えば、ブレイブナイツ時代、ヒビキのコールサインがブレイブナイツ3だった過去と、ブレイブナイツ2だった過去。

 

未来も同じである。

この世界とは異なり、元ATFがアメリカ主導で厚遇されて、イサミとスミスそしてルルで船旅の世界旅行に出るという優しい世界。

 

この世界は、70歳のミユが観測に成功した75通りの世界の内の1つ。

 

ミユはこの世界にて、20年以内に70歳のミユを科学者として超え、この世界から未来戦士ルルが元いた世界――正確には70歳のミユがコネクト成功した時点で既に分岐している――の《ブレイブドライバー》を召喚しなければならないのだ。

 

今から25年前後の未来予測――

デスドライヴズの母星から、更なる艦隊がこの地球に侵攻してくる。

この未来だけは不可避で確定だ。

 

その侵攻を阻止した後、この世界のミユは《ブレイブドライバー》を使い、他の世界をも救わなければならない。高齢である70歳のミユから使命を引き継ぐのだ。

 

改良型《ブレイブドライバー》の能力があれば、再びルイス・スミスを核としてブレイバーンを顕現させられる。少なくとも試算した結果上では。

そのブレイバーンに乗れる(ブレイバーンが唯一受け入れる)のは、イサミ・アオ。

 

だが、年齢的にスミスではダメだ。

それはイサミも同じ。

 

スミスの息子か娘、イサミの息子か娘が必要になる。

 

ミユがヒビキの幸せを願ったのは打算ではなく本心だ。

しかし、必要な処置(未来改変)であるのもまた事実であった。75通りの未来で、自然にヒビキとイサミが結ばれる世界は、なんと僅かに3つ。残り72通りの未来世界は友達のまま疎遠になって終える。

 

この世界も同じで、ミユが干渉しなければイサミとヒビキは友達のままだった。

イサミは28歳で、お嬢様女子大を卒業したばかりのお偉いさんの箱入り娘と見合い結婚する。その1年後にヒビキも高校時代の友人の紹介で知り合った男性と結婚。

イサミの奥さんの理解を得て、家族ぐるみでの友人付き合いに。

 

それが悲劇の引き金になる。

仕事上の同僚として、友人としては距離を置けばよかったのに。

2人の子供に恵まれて順風満帆な家庭を築いたイサミとは対照的に、ヒビキの結婚生活は上手くいなくなる。ヒビキはイサミほど気さくに付き合えない夫に不満を抱き、夫側もイサミと比べられる事に不満を隠さなくなり不倫、結局は離婚という結末に。

よくある破局話だ。

しかも悲劇はそれで終わらず、挙句にイサミとヒビキの不倫という泥沼へ――

 

その未来を知った時はショックだったが、どうにか軌道修正に成功した。

ヒビキとの不倫で家庭崩壊したイサミの息子をブレイバーンに乗せるのはかなり苦労するのだが、イサミとヒビキの息子ならば、そこまでの苦労はない。イサミの息子ラヴ(片想い)な新ブレイバーンには色々と難渋を示すけれど。

現時点では成功という観測結果だ。このまま努力を重ねれば、ギリギリで間に合う。望んだ結果と未来を手にできる。

 

「再び、ブレイバーンをこの世界に」

 

スミスの娘が新たなるブレイバーンとなり、イサミの息子をその身に抱く未来を。

そしてデスドライヴズの母星と真の決着をつける。

それを描き出せるのは、このミユ・カトウのみなのだ。

Chapter5:イサミ✕スミス

4月上旬。

国際空港の待合所で、ミユはイサミとヒビキと共に戦友を待っていた。

先にアキラ・ミシマとシェリー・ローレンの2名がやってくる。いや、先にというよりも、遅れてと表現するべきだろう。2人はミユ達の待ち人ではない。

 

横須賀陸自の2尉であるアキラと、同じく横須賀在日米軍の中尉であるシェリー。

この両名は横浜にて《デスドライヴズ事変》で途中からATFに合流し、共に最後まで戦った仲間であり友人だ。今でもSNSで情報交換をしている間柄である。

そしてこの2名も、横須賀基地で設立された対テロTS傭兵部隊に出向中だ。

 

「久しぶりね、3人共」

「遅れて悪かったな」

 

シェリーがミユ、ヒビキ、イサミに向かい右拳を突き出してきた。

順番にグータッチを返す3人。

次いでアキラとも、それぞれグータッチだ。

 

談笑しながらスミスとルルの到着を待つ。

 

人混みの中からスミスとルル、そしてもう1名の姿が見えてくる。

スミスと同じアメリカ海兵隊所属の中尉――軍医であるニーナ・コワルスキーだ。

彼女はルルの頻繁な健康管理(チェック)とデータ収集のための特務人員である。通常勤務の合間を縫ってこなしている。こういった旅行の場合も随員する事になっていた。

 

元ブレイブナイツの1人であるヒロ・アウリィは直前で別件が入ってしまい、残念だが今回の日本旅行は直前キャンセルで断念せざるを得なくなった。

 

スミスが朗らかな声を掛けてくる。

 

「みんな! 久しぶりだな、会いたかった」

 

イサミとスミスが吸い込まれる様に歩み寄り、近づく。

ガッチリと握手しようとし、握手ではなく思わず力強く抱擁を交わした。

ポンポンと互いの背中を叩き合う。感慨深いさが滲む薄い笑み。

 

「久しぶりだな、この野郎」

 

「元気そうで嬉しいよ、イサミ」

 

「お前の方こそ、スミス」

 

今はデスドライヴズ来襲時とは違った意味で平和とは言えない世界情勢。当然ながらスミスも紛争鎮圧の為に、TSパイロットとして実戦に駆り出されている。運が悪ければ、こうして生きて再会できない世の中である。

 

スミスは改めて、元ブレイブナイツの3名に向き合った。

「君たち3人は単なる戦友ではなく、俺の誇りだ」

 

まずはアキラとグータッチ。

「相変わらずキュートだね、アキラ」

 

そしてシェリーとグータッチ。

「君も、ますます美人になったんじゃないか、シェリー」

 

最後にヒビキだ。

先手を打ってヒビキから話す。

 

「私にはくっさい台詞は要らないよ。ただ私にとってもスミスは特別な戦友だわ。ブレイブナイツの仲間とスミス隊長の元で戦えた時間は本当に貴重だった。そして生きていてくれて嬉しい。こうしてまた、お互いに元気で会えて良かった」

 

ヒビキの方から右拳を突き出す。

その拳に、スミスは力強く自分の右拳を合わせた。

 

そんなヒビキを強くなった、とミユは思う。対デスドライヴズとは違う対人での実戦で、当初、ヒビキのメンタルは多大なストレスを受けていた。コクピットを避けて撃っても、全員が生存しているわけではない。そんな現実。

背中を預け合って戦うイサミの存在が、ヒビキの心を支え、そして強くした。それはイサミも同じだろう。どんな関係よりも強固な「背中を預けられる」というキモチ。

イサミとスミス(ブレイバーン)が対デスドライヴズでそうだった様に、今のイサミとヒビキは互いを支え合って、命を賭けた戦場に立っている。

 

ミユもスミスと挨拶を交わした。

「色々と案内、手配してくれてありがとう、ミユ」

 

「イサミさんは忙しいので、そういった面はお任せください」

 

ヒビキが言った。

「あれ、イサミって忙しかったっけ?」

 

「別に普段通りだ」

 

スミスは怪訝な顔になる。

「ミユからイサミは忙しいだろうからって話だったんだが」

 

「ん~~。てっきりイサミさんは忙しいかと」

 

「忙しいのは私だけ」と、ヒビキ。

 

その台詞で、ミユはジト目になってイサミを見た。

アキラとシェリーは「微妙に噛み合っていないな」「そうね」と、イサミ達の会話を聞いて首を傾げる。ミユは憤慨した。ヒビキだけに負担がいっている様だ。

 

「イサミ! 久しぶり!」

 

ルルが元気に前に出て、翼の様に両腕を広げ、イサミに存在をアピールする。

彼女は春に相応しい華やかなワンピース姿であった。

 

普段は仏頂面が多いイサミも、ルルには破顔する。

 

飛びついてきたルルを抱き受けて、小柄な彼女を大きく掲げた。

優しく地面に降ろすと、ルルの頭を撫でてやる。

子ども扱いに、ルルはハムスターみたいに頬を膨らませた。

 

「子ども扱いしないで。ルル、未来での時間がある分、イサミよりも大人」

 

「そうだな。ルルはもうお子様とは違うな」

 

イサミは眩しそうに目を細めた。

 

ミユ達もルルと再会の言葉を交わしていく。

特に、普段から連絡を取り合っているミユとルルは仲が良い。

最後にニーナが一同との再会を分かち合う。

それでこの場を移動する事になるのだが、その前であった。

 

「あのねイサミ。ルル、アメリカのハイスクールを卒業したら、イサミの勤務基地から通える日本の大学に進学しようと思う」

 

「大学は、日本に?」と、イサミはスミスを見た。

 

「いやイサミ、俺は初耳だ。いま初めて知った」

 

ミユも頷く。

「私もルルちゃんから聞いていませんでした」

 

満開の笑顔で、ルルが宣言した。

「驚かせようと思って。そしてみんなの前で、この願い、断らせないからね。ルル、大学生になったら日本でイサミと暮らす! イサミが買ったマンションでルルも一緒に」

 

頬を染めての熱い視線。

ルルの目を見て、(あ、これはまずいかも)とミユは内心で焦る。

 

同居ではなく同棲したい――とルルは思っている。

 

視線を這わせると、アキラとシェリーもルルの意図に気が付き、苦い顔だ。

ルルの主治医的な存在であるニーナも気が付いている。

反面、スミスとイサミは娘や妹を見る目でルルの成長を噛み締めている雰囲気だ。当たり前だが、彼等はルルに対して異性的・男女的な発想は欠片もない。

懸念したヒビキも笑顔だった。ルルを女ではなくイサミの妹分として認識している。

 

イサミがチラリ、とヒビキを一瞥。

アイコンタクトを理解して、ヒビキは首肯した。

 

「ああ。もちろんOKだ」

 

ルルがイサミに抱きつく。

想いが成就した事を示す恍惚とした顔だった。

そこへヒビキの言葉。

 

「悪いけどスミス、ルルちゃんの保護者として下宿代は払ってもらうからね」

 

その台詞に、ルルが固まる。

イサミが意外そうな顔になり――

 

「え? ルルから下宿代をとるのかよ」

 

「当たり前でしょ。食費光熱費を考えたら、いくらルルちゃんでもタダは駄目だから。スミスだって、まさかタダのつもりじゃないでしょうね?」

 

「ザッツライ。もちろん下宿代は払おう。しかしイサミのマンションの大家がヒビキだったとは、ちょっと意外だったな。副業で不動産業でも始めたのかい?」

 

話が噛み合っていない。

ミユは違和感の正体に気が付き、イサミに確認する。

 

「あの~イサミさん、新居に引っ越したまでは話しているみたいですが、婚約と挙式の予定の件まで、ちゃんとスミスさんとルルちゃんに話しています?」

 

イサミが平然と言った。

「そういえば話していなかった様な。どうせ春に来日するのは分かっていたし、夏の挙式に出られるかどうかの確認はその時でいいと思っていた」

 

「ガピィ~~!!」

「な、なんだって!」

 

スミスとルルが揃って驚く。

そして、アキラとシェリーも驚いた。

 

「いや、婚約の報告くらいはしとけって」

「う~~ん、ちょっと信じられないわね」

 

イサミは不本意そうに反論する。

「ヒビキとミユだって報告していなかったろ?」

 

「そりゃ、普通にイサミから報告していると思っていたし、私は挙式の準備で忙しいから、スミスとルルちゃんとはそんなに直で連絡とっていなかったわ」

 

「私もイサミさんが先に報告しているとばかり――って、イサミさん挙式の準備に参加していないんですか!?」

 

「ああ、それなんだけど。最初は私とイサミがメインで、私の母とお義母さんがサポートって感じだったのよ。でもイサミがあまりにも居るだけ状態だったから、お義母さんとイサミが打ち合わせの席で親子喧嘩しちゃって。それでイサミは戦力外ってわけ。今じゃ私と母親とお義母さんの3人で進めているわ」

 

ミユは頭を抱えたくなった。

「いい歳して公衆の面前で親子喧嘩って、なにやってんですかイサミさん」

 

「しょうがねえだろ、好きで喧嘩したわけじゃないし」

 

「流石にミユにも話せなくて、こんな家庭の恥みたいな話」

 

アキラが呆れる。

「ヒビキはよくこんな男と結婚しようと思ったな」

 

「百年の恋も冷めるんじゃない?」と、シェリー。

 

「イサミがこういうヤツって、とっくに骨の髄まで分かっているから、別に」

 

スミスが状況を確認する。

「つまりイサミとヒビキが婚約して、新居に引っ越して同棲していて、この夏に挙式予定っていう理解でいいんだな?」

 

「ああ、それで合ってる。都合つくか? スミス」

 

「オーケー。それは問題ないと思う。楽しみだ」

 

「なんとなく話題を切り出し難くてな。いきなり俺から「ヒビキと結婚する事になった」とか言われても、お前だって反応に困るだろ?」

 

「別に反応には困らないし、ヒビキと結婚するんだとしか切り出し様がなくないか?」

 

ヒビキが口を挟む。

「中断している下宿代の話なんだけど、7畳の客室をルルちゃんの部屋にして、基本的に3食付き自炊可、お風呂シャワーは24時間システムバスだから可という条件で月に10万、いや15万円でどうかな?」

 

吹っ掛けているな、とミユは思った。

 

「ガガピー! ガピガ、ガガガピー!」

癇癪をおこしたルルがイサミを突き飛ばし、そのまま走り去る。

 

「おいルル、どうしたんだ!?」

「あれ? ルル、一体どうした?」

「ルルちゃん、どうして?」

 

ミユとアキラそしてシェリーは(そりゃそうだろうな)と思っていたが、スミス達3名はサッパリ状況を分かっていない様子だ。

ニーナがルルを追って走り出す。

 

「ルイス。ルルは私に任せて、後で連絡するわ」

 

「あ、ああ、頼むニーナ。ルルをお願いする」

 

イサミが少し考え込んで、スミスに訊く。

「ひょっとして、いや、そうに違いない。ルルの不満に心当たりがあるんだが、スミス、お前とルルの家、間取りはどうなっている?」

 

「6LDKの一軒家だ。それがどうかしたのか?」

 

「分からないのかよ、スミス。ルルは最初3LDK2人での下宿生活を想定していた。でも、実際は3LDK3人での下宿生活だと分かってしまった」

 

ヒビキも残念そうに追従する。

「そっか。アメリカの家の広さに慣れたルルちゃんからすれば、狭すぎよね。日本人の家はウサギ小屋って海外から云われているし、ルルちゃんが不満なのもよく分かるわ。しかも下宿代が月15万円。もうちょっと安く設定しておけば良かったかも」

 

スミスが天を仰ぎ、苦渋の声をあげた。

「オゥーノォ~~。俺はルルをそんな贅沢に育てたつもりはなかったのに。確かにジャパンの住居はウサギ小屋だ。しかしジャパンのアニメや特撮で、そういった文化はしっかりと教育してきた筈なのに、なんてこった!」

 

「スミス、そんなに自分を責めるな」

「ルルちゃんの気持ちを分からなかった私達も悪いわ」

 

駄目だ、コイツ等――

ミユ達3人は、スミス達3人を生温い目で見ているしかなかった。

 

        ◆

 

空港を出て街並みを歩く一行。

ルルを捕まえたニーナから連絡はあったが、拗ねているルルが一行に合流するのには、まだ少し心理的に難しいとの事であった。というわけで、時間を潰す必要がある。

 

スミスが神妙に謝罪した。

「済まない、みんな。ディナーまでには予定通りに修正したいと思う。しかし、俺は自分でも気が付かない内に、ルルを甘やかしていたのかもしれない。ショックだ」

 

「気にしても仕方がないだろ、スミス」と、イサミ。

「ううん、ルルちゃんは悪くないわ」と、ヒビキ。

 

真実を告げたところで余計にルルが可哀そうになるだけなので、ミユはあえて3人の勘違いを訂正するのを控えた。

 

「それにしてもイサミとヒビキが夫婦、新しい家庭を築くのか」

 

スミスは言葉を続ける。

「思えばヒビキ、君は可能な限りイサミの傍に寄り添っていた。そう、イサミの隣にはいつも君がいた。君ならば素晴らしいイサミの伴侶になれる。ブレイバーンとしてイサミをこの身に抱いた俺が保証する。遅れたが婚約おめでとう」

 

「えっと、日本人にとってはアメリカ的なそういう褒め方はハズイから、その辺にして。でもスミスがそう言ってくれるのなら自信になるかな。ありがと」

 

「ところでイサミ。こんな予定外の状態だが、そうだな、1時間ほど俺に付き合ってくれないか。女性陣は女性陣で、俺たちは2人で。どうだろうか?」

 

「なんだよスミス、2人だけって」

 

「久しぶりのソウルメイトの再会じゃないか、イサミ。アメリカと日本、海で隔てられている俺達が直に会える時間は、限られているだろう?」

 

ハッと気が付くミユ。

ここぞとばかりにスミスの加勢に出た。

「イサミさん、スミスさんの言う通りだと思います。今は2人にベッタリのルルちゃんもいませんし、せっかくですから2人きりの時間を堪能しちゃって下さい!」

 

ヒビキ、アキラ、シェリーが互いに顔を見合わせる。

 

「私たち女性陣は日本在住ですので、いつだって女子会を開けます。でもスミスさんとイサミさんは日米で離れ離れの身。いわば織姫と彦星です。直に会える時間は限られていますので。だからこそ、だからこそ今という時間を大切に!」

 

アキラが不満の声を上げた。

「いや、ウチ等だってスミスと会えるのは貴重な時間だろ?」

 

「男同士のあ、じゃなかった友情は皆さんが想像するよりも尊いものなのですよ!」

 

力説するミユに、ヒビキが眉を顰める。

「友情の前に、あ、って言わなかった?」

 

「気のせいですよ、ヒビキさん。ささ、お二人とも私達に気兼ねなく男同士の濃厚な友情の時間を味わって下さい! 私たち女子チームはお茶会でもしていますので! そうですね、1時間ほどでまたここで落ち合いましょう」

 

ミユは強引に女性陣の合意をとりつけ、押し出す様にスミスとイサミを送り出した。

 

        ◆

 

イサミとスミスが去った後に残された女性陣。微妙な雰囲気であった。

怪訝な顔を揃えているヒビキ、アキラ、シェリー。

そんな不満混じりな彼女たちに、ミユは爽やかスマイルで告げる。

 

「お三方は、どうぞ近くの喫茶店とかで女子会でも開いて下さい」

 

「私達とは別行動で、ミユは1人で何をするつもりなの?」

 

「イサミさんとスミスさんの後をつけて、お二人の時間を味わい尽くしたいと思います」

 

「ちょっと意味が分からないわ」と、シェリー。

 

ミユは力説する。

「イサミさん愛を貫いたブレイバーンの正体はスミスさんでした。クーヌスの精神的影響があったとか言い訳しても、きっとスミスさんの奥底にはBLの魂がある筈。そして私の見立てでは、イサミさんにもその素質が充分に見え隠れしています」

 

アキラが引き気味になった。

「おいおい。BLってあれだろ、ボーイズラブ、つまりホモってやつだろ。お前、あの2人が実はホモかもしれないって疑っているのか?」

 

ヒビキが真顔で言う。

「イサミに同性愛の隠れた願望かぁ。う~~ん、イサミは後ろから激しくするのは好きだけど、後ろの方にっていう嗜好や興味はないと思うわ」

 

顔を真っ赤にしてアキラが抗議した。

「そういう生々しい話を言うなよ!」

 

「バックが好きという事は、やはりイサミさんは男性とのBL合体を――」

 

ビッグで形と弾力が素晴らしい胸を少し持ち上げ、ヒビキは続ける。

「それにイサミはコレが大好きだし。弄ったり舐めたり吸ったり揉んだり顔を埋めたりするだけじゃなくて、特に挟むのが好きでさ。挟んでも私は気持ち良くないし顎も疲れるから、正直いって程々にして欲しいのが本音だけど。ホモって女性の胸に興味ないんじゃない?」

 

更に真っ赤になったアキラが叫ぶ。

「だから挟むとか生々しい話は止めろって!」

 

フフフ、とミユは暗黒めいた顔になる。

「ヒビキさんとの営みの場合は、イサミさんが攻めでヒビキさんが受け、なのでしょう。しかしBLでの営みとなったらイサミさんは明らかに受け属性な顔」

 

ヒビキは真面目な顔で訂正を入れた。

「そりゃ受け入れるのは私の方だけど、私が上で主導権を握る夜も多いわ」

 

沸騰しそうな顔でアキラが絶叫。

「騎乗位とか、主導権とか、そういう話は控えろってんだろォ!」

 

シェリーが辟易した顔で、その場をまとめる。

「イサミとスミスが隠れ同性愛者かどうかはさて置き、私もスミスがどんな話をイサミとするのか興味がないわけではないわね」

 

「尾行して盗み聞きとか悪趣味じゃないか?」と、アキラは乗り気ではない。

 

ミユは不動の決意を示し、踵を返して颯爽と歩き出す。

その双眸には不屈の光が宿っている。

「私に続きたい人はご自由に。でも誰が何と言おうと私は征きます。BLの可能性の地へと。それだけの信念がこの私にはあるのですから――」

 

「無駄に格好いいわね」と、ヒビキが半白眼になる。

やろうとしている事は、単なるデバガメなのだが。

 

結局、4人全員でイサミとスミスの後をコッソリと追う事になった。

 

        ◆

 

少し散策したのち、人気がなく適当な広さの場所を見つけると、イサミとスミスは壁代わりのモノに背中を預けて並ぶ。そして、紺碧の空を見上げる。

 

その様子を死角から盗み見する女性4名。

音声の方は、ミユ特性の改良小型ドローンでイサミ達の斜め後ろから収音していた。

 

アキラが言った。

「アイツ等、私有地の資材置き場に勝手に入っているけど、大丈夫なのか?」

 

イサミとスミスが背を預けているのは、鉄骨が積み上げられた壁だ。

おそらく軍の基地内とか、空母のデッキをイメージしているのだろう。

 

ヒビキも不安顔になる。

「昼間だし、突っ立っているだけで、別に悪さをしているわけじゃないから通報とかはないと思うけど。見つかっても注意で済むでしょ」

 

ミユが鋭い声で2人を叱責した。

「そんな情緒を壊すようなことを言わないで下さい!」

 

4人がデバガメしているとは知らず、イサミとスミスは空を眺め続ける。

どこか澄んでいるイサミの表情に、ヒビキが目を細めた。

 

「スミスと2人だと、そっか、イサミもあんな顔するんだ。私には見せてくれないイサミの表情、ちょっとだけ妬けちゃうかな」

 

スミスが言う。

『君と2人ならば、いつまでもこうして並んで空を見ていたいよ、イサミ』

 

イサミは笑みを深めた。

『そうだな。俺もお前と2人ならば、ずっと一緒に空を見ていたい気分だ』

 

ムフームフーと鼻息が荒くなるミユ。

「いいですよ~~いいですよ~~。屈強でマッチョな美青年が並ぶ画。どちらも受けっぽい顔しているのが、また余計にそそります。むふふ。ここからどちらかが告白して、覆い被さり力ずくで唇を奪って欲しいです。そんな妄想がはかどりますよ、これは」

 

「人の旦那を、アンタの腐った妄想に出演させるの止めてくれない?」

 

スミスがイサミの方を向く。

『ところで相談があるのだが、イサミ』

 

『うぉいっ! まだ5分も経ってねえぞ、オイ!』

イサミも空から視線をスミスに振る。

 

『空を眺めるのは相談が終わってから再開しようじゃないか』

 

空の鑑賞タイムは僅か3分で終わってしまう。

情緒もへったくれもない。

 

『相談の前に、君はどうやってヒビキの様な素敵な女性を射止めたんだい?』

 

『いや、とっとと相談しろよ。ってか、お前の方がよっぽど女にモテそうだが』

 

『ナンパ成功からの交際開始や、相手からの告白で女性と付き合った事はあるんだが、いかんせん俺の趣味を知った途端、例外なく誰もが離れてしまってな』

 

『プラモとかアニメとか、特撮ヒーローとかフィギュアとかか』

 

『スパルカイザーのフィギュアが9万円もするのは許せない、という女性もいた。なにを言っているのか理解不能だったよ、あの出来で9万円しかしない神クォリティなのに』

 

『人の趣味にケチつける女は、むしろ振ってくれて好都合だろ』

 

『君たちは理解しあっている様に感じる。羨ましいよ』

 

『正直いって俺もヒビキの趣味であるファッション云々は全く理解できんが、否定するのも違うだろ。新居祝いに買った新作バックとやらも37万円もしたが、俺には3万7千円どころか3700円の物との区別つかないしな』

 

ミユは冷たい声で、ヒビキに言った。

「そういえばリビングとか寝室とか、ヒビキさんの物と趣味で統一されていましたよね」

 

ヒビキが焦った口調で弁明する。

「ほ、ほら、イサミってお金のかかる趣味がない人だから。漫画やアニメは観てもサブスクだけだし、物を買ったりしないし、1番の趣味は私と共通でトレーニングだからさ」

 

スミスがイサミを注意した。

『いくら夫婦間とはいえ、共用生活費以外の個人財産についてのお金の使い方について言及するのはタブーだぞ、イサミ。どれだけ使おうとヒビキの個人財産は彼女の自由だ』

 

『いや、付き合い始めてすぐに貯金とか積み立て用口座とかクレジットカード類は、全てヒビキに抑えられた。同棲開始してからは、俺だけお小遣い制だ』

 

アキラとシェリーが氷点下の瞳でヒビキを見る。

軽蔑の目で見られたヒビキは、泳ぎまくっている瞳で視線を逸らす。ちなみにヒビキの資産総額は報奨金200万円を加えて380万円(防衛大は給与が支給される)で、イサミの総資産額は報奨金1500万円+防衛大時代からの積み立て金+資産運用額を合計すると3900万円だった。そして結婚式の費用はほとんど両家の親持ちだ。

大量の汗と共に「だって、恋愛結婚だし」と言い訳めいた呟き。

 

『クレイジー! 悪名高きジャパンの風習の1つと記憶しているが、君はそれで不満はないのかい、イサミ。夫婦ともに平等に同額の小遣いを設定ならばまだしも、君だけお小遣い制だななんて俺には信じられない!』

 

『不満あるなら結婚しねえよ。元々たいして金使う生活していないしな』

 

『そうか、君はそうやってヒビキを射止めたんだな』

 

『いや、防衛大からの付き合いだが、どうしてプロポーズの約束までいったのか実はよく覚えていないんだよ。大学時代の共通の知り合いからは「アオ先輩からイサミ先輩呼び」になった辺りから、てっきり俺たちは隠れて交際していると思っていたとか言われたな』

 

『ヒビキは同期じゃなかったのか。ジャパンの組織は年功序列で上下関係が厳しいと思っていたが。それは意外だったな』

 

『年末まで恋人関係じゃなかったと説明したら、大学の同期はみんな呆れていた。俺のことをヘタレとバカにする連中もいた。まあ、事実だけどな』

 

『じゃあ、プロポーズを教えてくれないか、イサミ。長年の友人関係という殻を打ち破ったイサミのプロポーズに興味が出てきた』

 

『話したくねえよ。ってか参考になんねえぞ、たぶん』

 

『イサミ、そこを頼む。俺と君の仲だろ?』

 

『しょうがねえなぁ。まず婚約指輪だが、値段が値段だけにあらかじめヒビキに希望のブランドと価格帯を訊いた。デザインもだな。URLで教えてくれたから楽だったが』

 

『もういっそ2人で買いに行った方が良かったのでは?』

 

『ツッコムな。次にレストランだな。そういったサービスのある店を選んだ。最初はワインだけで、プロポーズ後にコース料理が出てくる』

 

ミユはヒビキを見た。

気の所為か「話を盛っている」と感じていた、バレンタイン用お菓子を一緒に作った時にヒビキから聞いた「イサミにしては完璧な」プロボースのイサミ視点の話を聞ける。

強張った顔で視線を足元に落としたヒビキ。この時点でミユは色々と察する。

 

『いざ約束通りプロポーズの段になって予想外に緊張しちまってな。一応は気の利いた台詞を用意していたんだが、カンペ読むわけにもいかず、沈黙しちまってよ』

 

『普通に「結婚して下さい」で、指輪を渡すのではダメだったのか?』

 

『それだと味気なくすぐに終わっちまうしなぁ。後から文句いわれるかもしれないと思い、それなりに凝った台詞を用意していたんだ。ほら、出逢って何年とかあの頃からとか云々』

 

『頭が真っ白になってしまったら本末転倒だと思うが』

 

『そうなんだよ。時間だけが気まずく過ぎていき、ついにキレたヒビキが「お店のスタッフに迷惑だから早くしろ」って。焦った俺は懐から指輪の箱を出したんだが、勢い余ってワイングラスを倒しちまってよ』

 

『ジーザス、なんてこった』

 

『グラスをどうにかしようとしたら、その先のヒビキのグラスも倒しちまって、せっかくのドレスがワインで台無しに。俺はヒビキの顔を見る事ができず、無言で指輪の箱をテーブルの中央に置いた。ヒビキはその箱を手に取り、自分で指輪を薬指に嵌めた。予定では俺がヒビキの指に嵌める筈だったんだけどなぁ』

 

『そ、それでも指輪は彼女に渡ったわけだ』

 

『俺、指輪のサイズを考えていなくて、ブカブカだった。悪いと思ったから「後日にリトライさせてくれないか」って言ったんだ。そしたらブチ切れたヒビキが「年始には親に俺を紹介する予定を入れている」って。ウェイターに「破局とか喧嘩じゃないので、料理をお願いします。お待たせして済みません」って謝っていた。もちろん俺もすぐにウェイターに「申し訳ありませんでした」と謝った』

 

『ヒビキは寛容な女性だな』

 

『気まずい雰囲気のまま、ウェイターがすげえ震えた声でヤケクソ気味に「ご婚約おめでとうございます」と言って拍手して、待っていてくれた他の客も一緒に拍手してくれた。もの凄い気まずかったけどな。そこから先は、気を取り直して、まあ普通だったな』

 

全部が嘘だったとは。

しかし、とても弄る気にはならずに、ミユはヒビキを視界から外した。

アキラとシェリーも同情の視線をヒビキに向けている。

 

『と、こんな感じのプロポーズだった』

 

『婚約成立しただけで、プロポーズしてなくないか?』

 

『うるせえな! 分かってるよ! だから参考にならねえって言ったんだよ!』

 

『じゃあ、相談の本題に入ろう』

 

『結婚を考えている相手がいるんだろ?』

 

スミスは感心の笑顔になった。

『凄いな! よく分かったなイサミ!』

 

不本意そうに怒鳴るイサミ。

『お前、俺をバカにしてんのか! この流れだったら誰でも分かるだろ!』

 

結婚を考えている相手がスミスにいる――

この衝撃の情報に、女性陣は色めき立つ。

 

スミスが真剣な表情で思いの丈を打ち明けた。

 

『俺はすでに両親を亡くしているのは知っているな。今の俺の家族はルルだけだ。でも、新たに家庭を築こうとしているイサミとヒビキを見て、俺も人生の伴侶を得たくなったんだ。そして子が欲しい。ルルもハイスクールを卒業したら俺の元を巣立つだろうし』

 

『気持ちは分かったが、俺にそんな相談されてもな。門外漢もいいところだ』

 

『俺の想い人は、君も知っている人物なんだ』

 

一瞬だけ驚き、そしてイサミは納得した。

それを先に言え、と前置きし――

 

『まさかお前とヒロが結婚を考えている間柄だったとはな』

 

ミユは興奮して叫ぶ。

「スミスさんとヒロさんのBL関係、そしてイサミさんも含めた男✕男✕男の3P薔薇カップル三角関係キタァーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!」

 

他の女性3名は超ドン引きした視線をミユに向けた。

視線が軽蔑し切っている。

 

スミスが必死に訴えた。

『ヒロじゃない! 俺は同性愛を否定する気はないが、相手は女性だ!』

 

ミユは絶頂になる。

「スミスさんの同性愛肯定宣言キタァーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!」

 

イサミが真顔で言った。

『え。だってお前はてっきりホモ願望があるとばかり』

 

『どうしてそう思う!?』

 

『お前、オペレーション・ボーンファイアの時に、俺を「好きだ」とか言って押し倒したじゃねえか。しかもキスしようとするし。危うく俺の初めてのキスをお前に奪われるところだったぜ。ってかサイズ差を考えろよ。9メートルの巨体の頭部で人間にキスはかなり無理があるだろ』

 

ミユは鼻血を吹き出しながら、興奮する。

「や、やはりイサミさんとブレイバーンの間にはBL愛、真実の愛があったんですね。この衝撃の新事実に、私のアイデンティティは新たな分野を開拓したと言えるでしょう」

 

「キモッ。マジでスミスってホモ願望あったの? ないわー」と、ヒビキが呟く。

アキラは「人間とメカとか特殊性癖すぎだろ」と、引きまくっている。

「精神科を受診した方がいいんじゃないのかしら」と、シェリーが真面目に言った。

 

『いや、あれはクーヌスの影響があったんだよ、イサミ。君だってバーンブレイブビッグバーンに合身した時に精神が高揚しただろ!? それと同じだ!』

 

イサミが半白眼になって、スミスを睨む。

『そうかぁ?』

 

『だいたい君だって俺の想いを受け入れてくれたじゃないか!』

 

ミユは歓喜の余り卒倒しそうになる。

「ふ、ふ、2人がロボ✕男子のBLでまぐわっていただなんて」

 

ヒビキ、アキラ、シェリーが冷静にツッコミを入れた。

「「「 いや、サイズ差を考えると物理的にどうやって? 」」」

 

イサミがしみじみと言う。

『あの時は精神的に一杯一杯で、本当にブレイバーンとスペルビアに縋るしかなかったからなぁ。でも、まあ、あの時の気持ちは本物だった。それと楽しかったよ、オペレーション・ボーンファイアというか、あの晩のキャンプファイヤー』

 

キャンプファイヤーという単語で、ミユは我に返った。

他の3名も「あれ?」という顔になる。

 

『楽しかったなぁ、イサミ。君と2人で追いかけっこして走った夜の砂浜』

 

アキラが怒りを抑えた声で漏らす。

「あ、あ、アイツ等って確か、すぐにセグニティスと交戦状態になって、倒したものの疲弊して、隠れて仮眠をとって、ポーパルチープムと長時間にわたっての死闘の末に倒したものの、スペルビアが倒され、そして――って、そんな話じゃなかったか?」

 

複雑な顔でシェリーが言う。

「コンディションを整える為に、最終決戦の敵地前で休養をとる事自体は間違った判断ではないんだけどね。そのおかげでATFもギリギリで追い付けたわけだし」

 

イサミが言った。

『めちゃくちゃ遊んで楽しかったが、あの時の俺たち、ATFの仲間が不眠不休で通常より倍以上の移動速度で無理して追いかけていたの、知らなかったからなぁ』

 

スミスも同意だ。

『流石に仲間が俺たちのために必死だった頃にキャンプファイヤーやって遊んでいた、とか、口が裂けても言えなかったよな。ハハハ』

 

『この秘密は墓の中まで持って行こうぜ、スミス』

 

『OKだ。それはそうと、また2人でキャンプして夜の砂浜を追いかけっこしたいな、イサミ。あの時の楽しさと幸福感は今でも忘れられないんだ』

 

『じゃあ挙式が終わった次の日にもでも、みんなでキャンプして、そして2人でコッソリと抜け出して、あの時の追いかけっこを再現するとするか』

 

『素晴らしいアイデアだ、イサミ』

 

2人はガッチリと握手、そしてハイタッチする。

心底から楽しそうな笑顔を交わす。

 

オペレーション・ボーンファイアを知り、流石のミユも立腹が先行していた。

ホモとかBLとか頭から消えて、不眠不休だったあの時の必死さを思い出す。

世界の命運がかかっていた瀬戸際で、なにやってたんだコイツ等。

 

イサミが改まる。

 

『で、ヒロじゃないんだったら、俺も知っている相手って誰だ?』

 

長すぎる前振りが終わり、ようやく本題だ。

表情と雰囲気を引き締め、スミスが告白する。

 

『――俺はニーナと添い遂げたい』

 

イサミが全力の右ストレートをスミスの顔面に叩き込む。

そしてガチで怒った。

 

『高望みにも程があるだろ! 絶対ムリな相手じゃねえか! 俺はなぁ、真剣にお前の話を聞くつもりだったんだよ! それなのにフザケタ高望みしやがって! 高嶺の花にも程があるだろが! そもそもニーナ女医の迷惑を考えろ! お前に告白されても困るだろうが!』

 

キレ散らかすイサミに気圧されるスミス。

『落ち着け! 落ち着くんだイサミ!』

 

『これが落ち着いていられるかよ! 俺をおちょくりやがって!』

 

『それはいくらなんでも失礼だろ!? まずは俺がどうしてニーナに惹かれたのかを聞いてくれてもいいんじゃないか?』

 

『若い美人女医で、スタイル良くて、性格よい人格者で、わざわざスミスに説明されるまでもなく男が惚れる要素がてんこ盛りじゃねえかよ。止めとけ止めとけ。無謀にも程がある。まったく釣り合いがとれていない。分不相応だ』

 

女性陣4人も、辛辣ながらイサミと同意見であった。

いくらなんでもニーナはハードルが高すぎる。高嶺の花すぎだ。

 

『聞いてくれイサミ。ニーナとは食事に行ったりもしている。決して脈なしではない』

 

『ルルの主治医だから仕事上、仕方なしに決まってんだろうが。勘違いだよ勘違い。ったくよう、時間の無駄だったぜ。結論は無理・諦めろ、だ』

 

『イサミに相談したのは間違いだった様だ』

 

苦い顔になるイサミ。

『最初から俺自身がそう言ってるだろうが。ブレイバーンからスミスに戻っても人の話を聞かないのは変わらないな、お前』

 

苦笑するスミス。

『君だって、いきなり殴るの止めてくれ』

 

『安心しろ。俺がブン殴るのはお前だけだスミス。もっともオペレーション・ボーンファイアがみんなにバレたら、俺達がみんなに袋叩きで殴られるだろうがな』

 

『違いない。ハハハハ』

 

2人は「いえーい」と、ハイタッチする。

心底から楽しそうな笑顔を交わす。

 

スミスが言った。

『そういえば、今年のアド・リムパック演習が終わったら、次は何年後かな』

 

実は毎年行われているわけではない。

今回2年連続になったのは、去年が中断しているのと、去年の犠牲者を弔う1周忌慰霊祭を行う為であった。

 

『TS主体の演習――タイマンの約束していたが、途中で終わっちまっていたな、スミス』

 

『あれから約1年、俺達も世界もなにもかも変わり、そして前に進もうとしている。共に戦ってきた俺達だが、今年のTS主体の演習で俺とイサミ、TSパイロットとしてどちらが上かの決着をつけようじゃないか。去年の続きを、やろう』

 

『そうだな。俺はあれから強くなった。いや、前が弱すぎた』

 

『俺は混戦になっても絶対にイサミを見つけ出す』

 

『俺も、混戦でもスミスを見つけ出してみせるぜ』

 

『その時、俺達2人の物語にいったんのフィナーレを飾ろうじゃないか』

 

イサミとスミスは向き合い、右拳を合わせる。

そんな2人の姿に、ミユ達は高揚感を覚えずにはいられなかった。

自衛隊最強VS米軍最強。

どちらが最強のTSパイロットか、決着の時は9月のハワイ――

Epilogue:イサミさんは負けませんっ!

時は流れ――9月中旬。

再セットアップされたアド・リムパック演習の舞台、ハワイ・オアフ島。

 

初日は演習が組まれていない。

2部構成でのイベントと、最後は懇親パーティーだ。

 

今年も自衛隊の整備班として参加しているミユが、主役に向かって叫ぶ。

 

「ヒビキさぁーーん、綺麗で~~す!」

 

無事8月に入籍および挙式を終えていたアオ夫妻(共に3尉)であったが、日本での結婚式に参列できなかった多くの元ATF隊員の為に、2度目の挙式が行われていた。

純白のウエディングドレスに身を包む花嫁の美しさに、方々から歓声が飛ぶ。

晴れやかな声援と口笛、そして飛び立つ鳩。

地球を救ったヒーローが花婿とはいっても、やはり主役は花嫁である。

ヒビキは笑顔で観客に手を振っていた。

 

牧師役はトーマス・J・プラムマン上級曹長が務めた。

 

教会内の席に全員は入れないので、ハル・キング大将をはじめとした元ATF幹部が優先的に座っていた。考えようによっては世界一豪華な来賓かもしれない。

最後のブーケトス。

多くの女性隊員が群がる中、バネの利いた大ジャンプでホノカがゲットしようとしたが、キャッチし損ねて、バウンドしたブーケはふわりと舞ってニーナの手元に。

少し申し訳なさそうに、彼女は手にしたブーケを掲げた。

 

午後からのイベント第2部は、昨年の犠牲者に対しての慰霊祭である。

午前中からの華やかな挙式から一転し、厳かに行われた。

そして晩は、元ATFの再会を祝う目的と、今年の演習の成功を願う為の懇親会だ。立食式のパーティーで、見知った顔、新しい顔ぶれと親睦を深めた。

この演習が終われば、多くの者は命がけの実戦――テロ鎮圧の戦場へ駆り出される。そういった冷酷な現実を考えても、その晩は貴重な一時であった。

 

        ◆

 

演習は順調に消化され、ついにTS主体演習の日。

 

TS主体というだけではなく、自衛隊とアメリカ軍が真っ向勝負する条件だ。

否、日米だけではなく参加国全てのTS陸上部隊が主役となる。

 

上空には、オペレート用の哨戒機が飛行していた。

その内部システム。背中合わせで座っている自衛隊のホノカ・スズナギ2尉と米軍のカレン・オルドレン中尉。共に空軍所属の管制官である。他にも多くの管制官。

 

カレンが言った。

「じゃあ、パイロットだけではなく、オペレーターの私達も勝負をしましょうか」

 

ホノカは受けて立つ。

「いいですよ。今夜の奢りは負けた方って事で良いですね?」

 

「それでいいわ。イサミに負けるんじゃないわよ、カウボーイ」

 

        ◆

 

訓練開始所定位置に移動前の最終チェック。

米軍のTS格納庫。

 

スミスの機体は専用のM2 イクシード・ライノスではない。

 

日米共同開発のXM3 ライジング・オルトスだ。

 

後部座席に搭乗するセカンド・パイロットとの脳波リンクにより情報認識機能が従来のTSよりも格段にアップしている特殊な機体である。しかし脳波が適合するパイロットが想定よりも少なく、まだ従来の単座機ほどの配置は見込まれていない。

 

今回、スミスとコンビを組むのはルルだ。

 

現時点でナンバーワンの適合性をマークしている彼女は、このライジング・オルトスの運用テストに協力している。否、立場的に強制参加に近い。

 

ルルの主治医であるニーナが、機体の最終チェックに合わせてルルのメディカルチェックも終える。問題なし。演習終了後に再びデータをとる。

 

下がろうとしたニーナに、スミスが声を掛けた。

 

「ヘイ、ドク」

 

「なにかトラブルでも? スミス中尉」

 

スミスが座る下段のメインコクピットまで、ニーナが降りて来た。

2人の顔が近づき、スミスは淡々と話す。ルルに聞かれない様に小声でだ。

 

「少しだけ独り言につきあってくれ、ニーナ。俺は君を1人の人間として尊敬している。去年、君は優秀なだけではなく勇敢だった。君への尊敬、それは出逢った時から変わっていない。そして変わっている気持ちもある。俺は君に惚れている。本気だ。俺は今日、イサミと一騎打ちする。もしも俺が勝利した暁には、俺との未来と考えてくれないか」

 

ニーナは大きくため息。

「私は勝利の景品になる安い女じゃないつもり。でも交換条件つきならば、考えてあげない事もないわ。もしも貴方がイサミに負けたのならば、私のプロポーズを受けてちょうだい。それが条件よ」

 

「ニーナ」

 

「ルイス、貴方とイサミの勝負とその結果は、貴方たち2人だけのものよ。勝負に余計なものは持ち込まないで。私はただ貴方の帰りを待つだけよ、マイ・ヒーロー」

 

優しく唇に接吻し、ニーナは離れて行った。

コクピットハッチが閉まる。

スミスは不敵に笑む。

 

「勝利の女神のキスは得た――待ってろイサミ!」

 

        ◆

 

「スミスのヤツ、ライジング・オルトスでルルと2人で来るのかよ」

 

アメリカ軍の機体データを知ったイサミがぼやく。

ダイダラ隊ももうすぐ所定のスタート地点に出発する時刻である。

というか、格納庫に残っている機体はイサミ機のみだ。

 

ヒビキが言った。

「あっちがスミスとルルちゃんの2人掛かりなら、こっちはイサミと私、そしてお腹の子の3人で、3対2だよイサミ! 負けるんじゃないよ」

 

「そのカウントの仕方は違うだろうがよ」

 

身重(妊娠3ヵ月)のヒビキは今回の演習、サポート要員としての参加だ。

挑発的かつ意地悪くヒビキが笑う。

 

「それともスミスが複座型の最新機だから負けたって、今から言い訳を用意しておく?」

 

「言い訳なんてしないし、必要ない。勝つのは――俺だからな」

 

ヒュー、とヒビキは嬉しそうに口笛を吹く。

ミユは勢い込んでイサミに告げる。

 

「イサミさんの新規機体は、第2世代とはいっても実質は2.5世代に近いマイナーチェンジが施されています! 特に関節駆動系の配線が改良されてOSとの連動が」

 

ヒビキが呆れ顔で、ミユの口を右手で塞ぐ。

「はい、ストップ。もう出るから手短に一言で」

 

ミユが頷いたので、ヒビキは手を唇から離す。

メカニックの矜持とイサミへのパイロットとしての信頼を込めて、ミユは言う。

 

「イサミさんは、負けませんっ!!」

 

 


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あとがき

後記:

この作品アニメ本編の最大の瑕疵は、ミリタリー系リアルロボの世界観を扱い切れなかった点にある様に思える。リアル系ロボの世界にスーパーロボをぶちこんだのが、最大の魅力でもあったけれど。

『シンカリオン チェンジ・ザ・ワールド』みたいな架空の超法規的組織にしなかった弊害が散見できる。サタケはしっかりと上司・上官していたと思う反面、もっとも首を捻ったのがイサミとヒビキの関係だ。視聴者の一部はヒビキがイサミの面倒をみているみたいな脳内補正をかけていたが、ヒビキがイサミの面倒をみている場面など1度もない。というか、ヒビキはイサミの後輩であるし、階級と年齢を考えると入隊1年目である。逆にイサミがヒビキの面倒をみなければならない立場だ。年齢的にダイダラ隊の付き合いが長いという事もありえない。この2人は新人と入隊2年目の下っ端コンビである。

どうしてヒビキはイサミを呼び捨てにしてタメ口なのか。

自分が自衛隊の隊員で同じ部隊の後輩(男女関係なく)が、先輩の自分を呼び捨てタメ口とかしやがったら、ハッキリいってぶっとばす。後輩にヒビキみたいな態度は許さないって、普通に、絶対に。うぅ~~ん、幼馴染か従妹でギリギリ許容できるかな? 入隊前からの知り合いにしても、あの距離感になる説明はアニメ本編に織り込む必要がある。

そもそもヒビキも「なにを考えて」イサミを呼び捨て&タメ口なのだろう。宇崎花ですら桜井に対して「先輩呼び&ッス敬語口調」である。果てしなく不可解だ。この女(ヒビキ)は23歳になっているのに、礼節を知らない馬鹿なの? 学生時代の感覚のまま自衛隊やっているの?

だからシンプルに同学年・同年齢にするか、自衛隊ではなく上下関係がフランクな架空の組織にするべきだと思った。

ATF発足後は、かなり緩いといえば緩いのだろうけれど。

大張監督はイサミに「亡くなった年上の兄がいる」との設定を語ったらしいが、そんな気配は本編に欠片もなかったのも問題だろう。その程度の情報ならばアニメ本編に織り交ぜるなんて簡単であるし。『リコリス・リコイル』が大ヒットした要因の1つに、登場人物の性格・人格・バックボーンをアニメ本編内で過不足なく自然に表現できていたというのがある。千束は千束だから「あの言動になる」というのが、アニメ本編で描写されている。それはサブキャラに至るまでもだ。

たきなが千束を呼び捨てにするのは、単純に「千束がたきなに(相棒だから)呼び捨てを要求した」と示されてた。ミズキと千束は「通常ルート(DA)から共に逸脱した関係」で、すでに家族感覚の間柄だと第1話で示されている。

でも、イサミは違った。設定でイサミという人物は「A」という人格です、としてあっても、アニメ本編では「B」という人格で描写されており、時に「C」人格にブレていたりもした。人格「A」が表現されていなかった。『リコリコ』の設定人格「千束」がほぼイコールで描写人格「千束」だったのとは大違いである。

裏設定で、ホノカの嫌いなもの=イサミを悪く言う人⇒実はヒビキ、も同じだ。

アニメ本編で全く示されていない、つまり、視聴者からすれば「ない」と同じ設定になってしまっている。ヒビキがイサミを呼び捨てタメ口もスーパー謎な設定だが、1度だけ「キモっ」と突っ込んだだけで、そもそもヒビキがイサミの悪口を言ったシーンがない。仮に日常的に言っていたと仮定しても、空自のホノカが陸自のヒビキの言動をどうやって知るの? ストーキングしているのならば、ストーキングしているとアニメ本編で描写しなければならないし、ホノカがヒビキを本心では嫌っているというのならば、やはりアニメ本編で示唆できていなければならない。アニメ本編で示せない設定は、いわゆる死に設定であり、クリエーターとしては本来ならば恥ずべき事の筈。

つまり『リコリコ』とは違い、人物の性格・人格がハリボテ・書割になってしまっている。

なにが言いたいかっていうと、仮に2期や劇場版を視野に入れるのならば、『リコリコ』や『ガールズバンドクライ』のスタッフに協力を仰いで、人間ドラマや人物描写はちゃんと練り直した方が良いと思う――という余計なお世話だろうな的な事だ。

魅力的・良いところも沢山あり、ダメなところというか、素人に毛が生えたレベルの作劇・脚本もかなり目に付いたなっていうのが、自分のこの作品(アニメ本編)に対しての総評としておこう。

公式の後日談は「やさしい世界」

 箇条書きすると――

  • 本編から半年経っており、元ATFは英雄扱い
  • ブレイバーンについては世間に秘匿
  • その半年間で、彼らは世界中を凱旋
  • イサミ、スミス、ルルは(本人達の意思ではなく、周囲の強引な勧めで)世界一周旅行(豪華客船の旅)で慰安中
  • みんな昇進している
  • 全員が原隊復帰(イサミとスミスも希望していたが、今は旅行中)
  • 原隊復帰後は各国の復興に従事

3人での海路世界一周旅行は「少し無理があるが」小説のネタとして必要だろう。

ヒビキが2尉に昇進、特殊機甲群第1中隊第2小隊の小隊長に。イサミが原隊復帰したら、第3小隊の小隊長なのかな?

ミユは2曹になっただけ。

ぶっちゃけ、自分が権力者側ならば元ATFとイサミ達3名に対して「そこまで甘い」対応にはしないので、やさしくてほっこりとした世界だと思った。

ツッコミどころとしては、天涯孤独なスミスはともかく、イサミの家族・親族をほったらかしにして、いきなり世界旅行は大丈夫なのだろうか。そして、自衛隊代表がヒビキとミユってどういう人選(それとも帰路だけの描写で他の面子も同行していたのか)? まあ、イサミとスミスそしてルルを豪華客船の旅に行かせるための方便なのだろうけれど。

公式外伝「未来戦士ルル」は荒廃した世界

アニメ10話の描写だと後方支援部隊以外のATFは全滅していたっぽかったが、なんとATFの隊員は生き残っていた。ただし原隊復帰は叶わず、強制的に国と政府の意向に従う形で、バラバラに再編成される。

第1話で判明している範囲では――

  • 第10話から半年が経過
  • ミユは東京横田基地で整備班
  • ヒビキも東京横田基地だがテロ対策用の新規実戦TS傭兵隊に編入
  • ホノカも東京横田基地:航空管制部隊勤務
  • ゾルダートテラーは未だに出現している
  • ヒビキはイサミを同期認識=1学年飛び級している?
  • イサミがサタケの部下になって数年=2人とも高卒同年度の架空TS訓練校入隊設定に変更? というかそんな特殊経歴にされても

公式後日談は「あまりに好都合すぎでリアリティに欠けている」と冒頭だけでも思ってしまったが、公式外伝の方は「シビアにリアリティあり過ぎ」と公式後日談と真逆の感想だ。まあ、どんな状況だろうとATFは為政者側からしたら、即時に解散して蓋をしちゃうよねっていう。横浜で合流して協力してくれた自衛隊には隠せないが、デスドライヴズとブレイバーンのみならず、普通に考えてATFも可能な限り民間に対して秘密にするもの。