僕は【戯れ記事《ゴト》遣い】

「戯れ言遣い」ならぬ「戯れ記事遣い」を名乗るブロガーです。 雑記系ですが、読んで損したと憤慨されても困ります。 だってコレは「戯れ言」だから――

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 — 最 新 記 事 —

【脚本:虚淵玄】戯れ言――『魔法少女まどか☆マギカ』について【キャラ原案:蒼樹うめ】

【脚本:虚淵玄】『魔法少女まどか☆マギカ』について【キャラ原案:蒼樹うめ】

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さあ、戯れ言 記事 ゴト を始めようか――

 

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引用元――魔法少女まどか☆マギカ(原作:Magica Quartet、Madoka Partners/毎日放送)より抜粋】

まどか☆マギカという異端

2011年1月からの1クール全12話。

実に9年前という。

しかしアニメ映像技術的にはそう古くなく、その安定した作画力も相成って、いま見直してもビジュアル的な古臭さは感じられない。

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キャラクター原案が『ひだまりスケッチ』の蒼樹うめ先生、脚本があの虚淵玄先生という異色ともいえる組み合わせが、世界のアニメ界に刻んだ結果および足跡は――

OP映像によるミスリード

ショートバージョン(TVサイズ)がYouTubeにあったので。

フルバージョンはお金を払って公式よりダウンロードか、CD等を購入して欲しい――のだが、もう年数経っている(楽天市場でもCDは中古品だけ)し、アップされているTV版OPがこれのみ(アニプレもアップしていない)で、公式がこれを削除依頼せず1年以上放置って事は、まあ、そういう事なのだろう。

また、この動画のコメント欄も『まどマギ』ファンからの愛に満ち溢れている。

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コネクト(アニメ盤)

コネクト(アニメ盤)

  • アーティスト:ClariS
  • 発売日: 2011/02/02
  • メディア: CD
 

 

近年というか、昔のオールドタイプ魔法少女は別にすると、基本的に「魔法少女=バトル」という認識が一般化している。幼女向け(建前)であるプリキュアシリーズであってもだ。異形の敵とバトルしない魔法少女に存在価値などない、そんなイメージ。『魔法少女特殊戦あすか』に至っては、テロリストをはじめとした裏社会の人間と戦ってもいる。

 

そんな図式や認識に「ちょっと待って!」とストップをかける様な、ほのぼのとしたOP映像がこの『魔法少女まどか☆マギカ』なのだ。

本当に可愛く、微笑ましい映像。

明るく楽しい魔法少女。

異形の敵もバトルシーンもない。

OPから想像できるのは、ドジな女の子がキュウべえというマジカルなペットを連れて、日常生活の色々なトラブルを魔法少女として頑張って切り抜けていく。

 

――というのは、見事なまでのミスリードであって。

 

EDを視聴すれば一発でわかる筈。

そもそも真の主人公は「鹿目まどか」ではなく「暁美ほむら」という解釈ができる。

このOP映像も、第10話を視聴するとEDで判明するのだが「まどかを歌ったOP」ではなく「ほむらを歌ったOP」なのだ。第10話にて「ほむらの過去」=ほむらの戦いが明かされ、このOPがEDとして流れた時には、全身から鳥肌が立った。

 

こっちが本当の主人公かよ!

という感想を抱いたのは『ViVid Strike!』でのリンネ・ベルリネッタ以来かな。CVを担当した小倉唯が「ビビストで主役をやります」とイベントで言った際、ファンは「主役はフーカでリンネはライバル的なW主人公ポジでは?」と首を傾げた。

その『ビビスト』は「表向きの主人公」フーカ・レヴェントンを案内役にしたリンネの再生ストーリーだった。

  • フーカ:第1話のスパーリング、大会1回戦、準決勝はニュースでの結果、決勝(アインハルト戦)は結果だけ後日談――まともな勝負はリンネとの野試合のみ
  • リンネ:8位とのランカー対決、大会でのミウラ戦、同じくヴィヴィオ戦、フーカとの野試合、と全12話で4戦を消化

こんな感じで、第4話でリンネの過去を明かすと、第6話から普通にリンネ中心にストーリーが展開していった。クライマックスであるVSフーカ戦もリンネばかりが掘り下げられていたし。

 

記憶を消して再視聴できないのならば、『まどマギ』を観る順番は第10話を最初にもっていきたい感じだ。時系列順に再編集したTV版『空の境界』みたいに。

 

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おそらく前も悪も存在しない

キュゥべえ、ことインキュベーターがマジカルなマスコットキャラどころか「諸悪の根源」的なエイリアンというのが、これまでになく衝撃だった。CLAMP作品(主に原作)に登場するモコナも近い存在といえば近いか。

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上のモコナがどことなく神秘さを匂わせるデザインと「ぷぅ」としか言わない(実は会話できるが)点に対して、キュゥべえは理知的な会話といい、子猫的なデザインといい、OPと同じく視聴者をミスリードする気、満々だ。

ヴァイスシュヴァルツ 魔法少女まどか☆マギカ 契約をせまるキュゥべえ ( R ) MM/W17-003 | ヴァイス シュヴァルツ カードまどマギ 黄 キャラクター

 

諸悪の根源――とはいえ、インキュベーターという外来種を悪だと断じて否定できるのかと問われれば、僕個人は否定できない。必要悪、という単語がこれほどピッタリとくるキャラクターを他に思い付かないのである。

インキュベーターなしで『まどマギ』世界の人類が発展する事はほぼ不可能だった。

魔法少女という犠牲(生贄)は支払ってきたが、得られたメリットと天秤にかけると「対価とはいえない程に小さい支払い」であり、諸悪の根源ではあるが人類にとって「最大の友人であり味方」でもあるのだ。

SFではないのに最高のタイムループ

タイムループおよび因果の蓄積。

魔法少女が叶える奇跡(願い)。

そして得られる能力と背負う義務。

同じループ系として有名な作品といえば『ひぐらしのなく頃に』シリーズが挙げられるが、こちらは1ループで1作品(エピソード)が特徴であり、ループ構造そのものはスタンダートであった。賛否を呼んだ某神様&某症候群はともかくとして。

『まどマギ』のループ構造は『ビビスト』的に真主人公をミスリードする、というフェイク効果と相乗して、前例なしの、とてつもないインパクトをもたらしたのである。

ただしループ構造が売りの『ひぐらし』とは異なり『まどマギ』のループは正真正銘の一発ネタだ。タイムループするのは「ほむら1人のみ」であり、真主人公であるほむらだからこそ意味を成す。シリーズ展開して、皆がタイムループする展開には出来ないのだ。

魔法少女として「時間系の特性」を持つと同時に、 キュゥべえでさえ知らない事を知っている彼女は、その正体(真主人公)が明かされるまで最高にミステリアスであった。

 

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まどかは精神的に成長したのか

まずは最初にWikipediaより引用を。

 作品テーマについて

本作の内容は、平凡な主人公が救世主に至るまでの成長物語として捉えられることがある。評論家の宮崎哲弥は、希望が絶望を生み出す本作の世界構造を仏教の因果に例えた上で、世界構造を熟知した功利主義者であるキュゥべえに対して「凡夫であるまどかが菩薩や如来への階梯を駆け上がっていく成長物語」であるとした。また、アニメ評論家の藤津亮太は、「美少女ゲームやSFの文脈から読み解かれるのが本作の正当な読み方」としながらも、全編を通してのまどかとその母の関係に着目し「母の生き方を理解し、自分の人生を選ぶ糧とする。隠し味のように潜む王道の成長物語」だと言う見解を示している。一方で、脚本の虚淵は、主人公のまどかの足取りは、成長とはまた違うものだと述べている。また、社会学者の宮台真司は、まどかは二度と戻れない翻身のヒロインであり、平凡な少女が周囲と積み重ねてきた絆や、自分を支えていた関係性に気づき、義務を果たす物語だと述べている。その他にも、幹細胞生物学者の八代嘉美は、手段と目的がずれてしまうことはどの世界でもあることだが、本作は選択を繰り返すことで大人になっていくというテーマを持った作品だと述べている。

本作では、「願い」も作品の重要な要素となっている。虚淵によれば、本作は少女の祈りが突っぱねられて無情に転がっていくだけの世界から、少女の祈りが肯定される魔法少女の世界に変わるまでの物語となっており、「少女の祈りを世界が良しとするか否か」がテーマとしてあるという。

また、虚淵は、折衝というテーマが念頭にあるとも言っており、本作の結末は、諸悪の根源を打ちのめすものではなく、和解を描くものでもないかたちに落ち着かせたかったとしている。劇中におけるキュゥべえの契約についても、電気代を無料にすると言われて家の裏庭に原子炉を置かれるようなものであると説明し、そのような理不尽な契約はお断りであるとしつつも、原子力がそうであるように、魔法のような力にも様々な対価やリスクがあるが、それをただ否定するのも間違いであり、悲劇や犠牲を無駄にしないためにも折り合いをつける方法を探し続けるべきではないかと虚淵は述べている。

引用:Wikipedia

 

僕は、まどかという少女は割と初期から超然としている印象を受けた。

 

キュゥべえに「もの凄い魔法少女になれるポテンシャルを秘めている」と、何度も何度も繰り返されていたし。

凡庸な魔法少女だったさやかとは違い、明らかにまどかは特別な存在であった。

魔法少女として戦うのは恐い――けれど、相応の理由があれば戦いに踏み出していた可能性が極めて強いし、ほむらがループする世界では何度も魔法少女として戦い、朽ちている。

 

 脚本の虚淵は、主人公のまどかの足取りは、成長とはまた違うものだと述べている。

 

成長云々というのならば、過去のループ世界で魔法少女になったまどかの方が、よほど精神的に強く逞しかったといえる筈だ。ほむらがタイムループを繰り返した約1ヶ月間の中においては、本編(最後)の鹿目まどかが最も精神的に脆弱な存在だったともいえる。

その脆弱さの理由は以下だ。

  • 先導役であった巴マミが第3話で「某まりもちゃん状態に」
  • さやかが先に魔法少女になり苦しみ、色々とホラーな展開へ

この2点が肝になり、まどかは最後の最後の土壇場まで魔法少女になる事はなかった。作品タイトルが『魔法少女まどか☆マギカ』なのにである。

しかも魔法少女になった理由が「魔法少女に救いがある」世界に変革する為のみ。世界を救ったのではない。救ったのは「魔法少女という存在の在り方」である。

魔女と戦う気はサラサラなく、しかも「成功できる」という自信があっての上だ。デメリットとして、自分という存在が人間とは異なる超高次元な概念になってしまうという結果を、対価に支払う羽目になるが。

それは悟りや自己犠牲とは明らかに一線を画している印象だ。

マミ、さやか、杏子がすでに散っているし。

ほむらはどうなってしまうのか

実はまだ、現時点で劇場版は観ていない。

TVシリーズを観たのも今年のGWだし。

個人的にはTVシリーズはTVシリーズで完結、劇場版3部作はまた別のものとして捉えたいと思っている。とはいっても、第1部『[前編] 始まりの物語』と第2部『[後編] 永遠の物語』はTVシリーズの再構成版であるし、第3部である劇場オリジナル――『[新編] 叛逆の物語』は前2部から続く物語であるとスタッフに名言されている。

 

最愛のまどかを喪ったのか、それとも自分だけが唯一、永遠に傍にいられる存在になったと解釈するのか。 ――ほむらがTVシリーズのラストで戦い続ける想いの裡は、果たして?

王道といえば王道な終わり方。

けれども彼女が望む結果ではない。

 

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劇場版の前後編は普通に『dアニメストア』で視聴できるし、続く『[新編] 叛逆の物語』もドコモポイント990Pでレンタルできる。

まずは 第1部『[前編] 始まりの物語』と第2部『[後編] 永遠の物語』をジックリと視聴してから、『[新編] 叛逆の物語』を味わいたい。

その後、この作品に対してのイメージや解釈、考察がどう変化しているのか楽しみだ。

 

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