僕は【戯れ記事《ゴト》遣い】

「戯れ言遣い」ならぬ「戯れ記事遣い」を名乗るブロガーです。 雑記系ですが、読んで損したと憤慨されても困ります。 だってコレは「戯れ言」だから――

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 — 最 新 記 事 —

【実際に通過作で解説】戯れ言――ラノベ新人賞の一次通過のコツについて【最終回】

【実際に通過作で解説】戯れ言――ラノベ新人賞の一次通過のコツについて【最終回】

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――【スポンサー検索】――

 

 

さあ、戯れ言 記事 ゴト を始めようか――

 

 

これが最後だ。前の第7回については、下のリンクを参照ねがいたい。

疲れた。企画を閃いた時には「ナイスアイデア!」と自画自賛したものだが。この8回分の記事が後々に足枷になってしまうとは。noindex処理している「恋愛指南コーナー(更新中断中)」および、あえなく短期での打ち切りとなってしまった「ハピタス」企画とは違い、どうにか最終回まで漕ぎ着けられた点だけは自分を褒めたい。

解説、と謳っておきながら、どんどん面倒になり、作中から引用して説明するのを放棄してしまったのは、申し訳ないというか、ぶっちゃけ企画の読者は皆無だし。

今回の様な失敗企画も、ブログ運営における経験の1つ――と糧にできれば。

◆合わせて読みたい◆

第七章 姑獲鳥(ShowDown)

 

       

 

 重体に近い紅瀬 緋文 くぜ ひふみは専用の特殊救急医療ヘリで搬送された。
 そして即、集中手術室に直行。ドクターヘリ内での手術が迅速に引き継がれる。
 以後、十数時間に渡って『手術中』の赤ランプが点灯したままであった――

 

  刀路 とうじ鏡子 きょうこ が病院に到着した時には、緋文は手術中だった。
 大規模戦闘後に義務化されている刀路のメンタルチェックはつつがなく終了し、検査結果も特に問題はなかった。
 手持ちぶさたになった刀路は、明後日、退院予定となっている清香を見舞うことにする。
 清香は苦笑を添えて刀路を出迎えた。
「手土産はなし、緋文のついでだしで、本当に非道い扱いよね、私って」
「う。スマン。でも元気そうで安心した」
「外傷はないからね。念入りな霊障の検査と【 眩夢 げんむ 】化しないかどうかっていうチェックばかりなんだもん。この私が『男に振られた怨念』程度で【 眩夢 げんむ 】化するかっての」
 時間を持て余して飽き飽きしていると、清香はぼやいた。
 首から掛けている【 眩夢 げんむ 】封じの護符も、邪魔な上にデザインが最悪と愚痴ばかりである。
「真面目に見舞いに来てくれるの、美月だけだしさ」
 そもそも他のクラスメートや清香の家族には、病院の所在地自体が隠されている。
「俺がいない間に、二人が仲良くなっていて、正直いって驚いた」
「刀路の所為よ、刀路の」
「俺のお陰か。じゃあ、連絡をサボっていたのも、悪い事ばかりじゃなかったって事か」
 しれっと、そんな事を言った刀路を、清香は半白眼で睨む。
「おい。あまり反省してないでしょ」
 刀路のスマートフォンに連絡が入った。緋文の手術が無事に終了したという報せだ。
「悪い。ちょっと紅瀬について執刀医から話があるっていうんで」
「お気を使わず。ほら、急いで行きなさい」
 刀路が病室から出て行った後、入れ替わりで美月がやって来た。

 

       

 

 見舞いに来た美月に、清香は刀路と緋文について話した。
「私はいいから、ほら、とっとと刀路のところに行きなさいよ」
「いい。この病院で余計な場所には行くべきじゃないし、あたしは此処では部外者だから」
「部外者!? アンタなに言ってんのよ!」
 刀路に対して及び腰な美月に、清香は食ってかかる。
 美月は寂しそうな笑顔で誤魔化した。
「丁度いいかな。そう先の話じゃないから、清香にも話しておこうか……」

 

 美月から話を聞かされて、清香は美月の胸ぐらに掴みかかっていた。
 どちらが入院患者か分からない光景だ。
「本当にいいの? このまま刀路と別れる事になっても。心配なんでしょう? それにアイツはまだ美月を必要としているわよ」
「ええ。いいのよ。もう決めた事だから」
 作り笑いを引っ込める美月。彼女の揺るぎの無い答え。
 美月はある決心を固めていた。
 その決心とは、海外留学して今の生活に区切りをつける事であった。それは一人の女子高生から、本来周囲から求められている立場――佐倉重工㈱の社長令嬢に戻るという意味だ。そして、以後は市井の者とは交わる機会はないだろう。おろらくは一生涯。
 自分は彼との思い出のみで充分だ。それだけで一生分の愛は満たされた。生涯独身でもいい。それが本当の意味での贖罪にもなる。貞操を貫き、罪も愛も一人で背負おう。佐倉家を自分が継ぐ。血統は途絶えるが、それでも佐倉重工㈱と従業員は守ってみせる。
「トージもようやく新しい自分の道を見つけて、自分の意思で、自分の足で歩みだしたわ。だから、あたしも――」
 幼馴染三人組の物語に縛られた過去から、ようやく解放される時期が来たのだ、と美月は思っていた。刀路の未来の為にも、綺麗に別れた方がいいだろう。刀路は自分などではなく、他の誰かと結ばれるべきなのだ。それが清香ならば、今では嬉しい。
 対して、清香は困惑を隠せなかった。
「私は美月と刀路は別れるべきではないって感じているけど」
 そして納得がいかない。愛が一番ならば、どうして結末 オワリ がこうなるのか――
 美月は清香に頭を下げる。
「ゴメンね。せっかく打ち解けられたのに、早々にサヨナラになりそう」
「ねえ美月。アンタひょっとして――」
 美月は清香の言葉を遮った。
「臆病だから、あたし。卑怯だから、あたし。だから綺麗なままで終わりたいの。偽りでも綺麗なままでトージの前から去りたい」
 どうしようもなく悲しい響きで、清香は何も言えなくなった。

 

       

 

 それは――地獄であった。
 逃げ惑う人々。荒れ狂う炎。
いつの間にか、自分の手には大太刀が握られている。これが原因なのか。
 助けて、赦して、と一番仲の良かった子が必死に命乞いする中、魅入られた自分は――
 無慈悲に刃を振って、首を落とした。
 どうしてこんな事に?
 凄絶に焼け爛れている景色にあって、溶解し切っていない姿鏡に映った姿。
 悪魔そのものの自分に、幼き緋文は絶望して、――気を失った。

 

       

 

 刀路は緋文が眠るベッド脇に座っていた。
 依然麻酔が効いたままの緋文は手術が終わってから眠ったままだ。執刀医の説明では、後遺症の心配はなしで、簡単なリハビリで早期の現場復帰が可能との事である。
 寝顔は亡き詩燈 一二三 しとう ひふみ そのものだ。
 つい考えてしまう。
(俺にとって、紅瀬はもう一人の一二三なのだろうか?)
 詩燈一二三との関係。
 紅瀬緋文との関係。
 ひふみとの思い出。
 緋文との時間。
 あまりにもかけ離れていた。
 だが、彼女を死んだひふみと重ねて見ている自分も否定できない。
 代わりにしているつもりはなくとも、どうしても亡き面影を追っている時がある。
「ぅぅん――」
 微動だにせず、蝋人形のように寝ていた緋文が、苦しげに寝返りをうった。
 刀路が見入る中、表情が歪み、唇が振るえる。
「戦わなきゃ……。護らなきゃ……。とう――じ、を」
 緋文の目蓋の隙間から、涙が流れた。
 その涙が潤滑油になったかのように、ゆっくりと目蓋が持ち上がっていく。
 焦点の合わない双眸が、刀路に向いた。瞳と瞳が見つめ合う。
「ここは?」
「病院だよ。【パンドラ】の。手術は無事に成功した」
「そう」
「お前が強いのはよく分かったが、無茶し過ぎだよ、まったく」
「わたしは戦うための刃だから」
「そればっかだな、お前」
 痛ましく思った。緋文の過去を知っている以上、もう安易に否定はできない。
 ただ思う。自分も以前はこんな風だったのかと。
「俺さ、強くなるよ。お前と一緒に歩んで、お前の助けになれるくらいに。そしたら」

 

 ――お前は戦うだけ刃ではなく、人間の女の子に戻ってくれるか?

 

 最後の想いは言葉にはできない。まだ自分は弱いから。
 緋文は何も言わなかった。
 沈黙に耐え切れなくなった刀路は、思い出したようにナースコールの端子を見せる。
「どうする? 目が覚めたのなら看護師さんを呼ぶか?」
「ううん、いいわ。状態は安定しているようだし、定期健診まで大丈夫よ」
「でも……」
「看護師に余計な負担をかけたところで、最終的には自分に跳ね返ってくる。何度か入院を経験していれば、ここも人手不足気味なのは自然と分かるものよ」
 喉が渇いているから水を飲ませて頂戴、と緋文が注文した。
 ベッド脇の備え付けテーブルに置いてあるミネラルウォーターを差し出したが、緋文は両手が動かせなかったので、直接口元まで飲み口を当ててあげた。白くて細い喉元が、こくん、こくん、と可愛らしく上下する。
「……ありがと。美味しかった」

 

 緋文が微笑んだ。

 

 その柔らかい表情を目にして、刀路は、ふと気が付く。
「驚いた。お前でもそんな風に笑うんだな」
 せっかくの笑顔だったが、刀路の余計な一言で引き攣ってしまう。
 緋文は刀路を拗ねたように睨む。
「悪かったわね、笑顔の下手くそな女で」
「いや別に下手くそってわけじゃ」
「そういう刀路の方こそ、ロクに笑わないじゃない」
「そうだな」
 自覚はある。確かに声を上げて心から笑ったのは、ずっと昔だった気がする。
 微笑もうとしたが、上手くいっているだろうか。
「なに泣きそうな顔してんのよ」
「失礼だな、お前。笑顔のつもりだぞ」
「それで笑顔っていうんだったら、もう笑い方を忘れているってレヴェルね」
 無理に表情を作るのを、止めた。
 不思議と刀路の目から大量の涙が溢れている。どうしてなのか、刀路自身が理解できない。
 刀路の涙を、緋文は指先で優しく拭った。
「子供みたいに泣くんじゃないわよ。特に、男が女の前で泣くのは最低だと思うわよ」
「悪い」
「まあ、パートナーであるわたしだけは許容してあげる」
 すとん、と刀路の涙を拭う手がシーツに落ちた。
 柔らかい声でそう言った緋文は、次の瞬間には再び眠りについていた。
 相当、無理をしていたのだろう。
 その緋文の寝顔は、戦場の刃ではなく、年相応の幼い少女そのものだった。

 

       

 

 病院のエントランスで、刀路は美月と出会した。
 互いに軽く驚き、そして気まずい顔になる。
「お見舞い?」
「ああ。もう帰るけどな。浅間だけじゃなくて、負傷した紅瀬も入院している」
「そっか……」
 同時に、互いの視線が離れ――
 そのまま二人は後ろめたそうに、無言ですれ違った。

 

       

 

 時刻は深夜。
 とっくに面会時間は終わっている。見舞いにきた美月も帰っていた。
 清香は緋文の病室に忍び込んでいた。
「暇なのね。それに規則違反よ」
「大丈夫大丈夫。もうじき退院だし、私に対する監視は緩くなっているからさ」
「わたしは本日からの入院で、ご覧の通りに満身創痍なんだけど」
「どうせアンタの事だから、短期間で回復するんでしょ? 超一流の霊能者なんだしさ」
 緋文は否定しない。
 常人ならば長期入院の重傷だが、緋文にとっては、そう深刻な負傷ではないのだ。
(何よりもグズグズできない)
 刀路が――出来の悪い弟子がいるのだから。
 清香が口調を改めて訊いてきた。
「おいとまする前に確認するけど、緋文って、美月から話を聞かされている?」
「ええ。海外留学の件よね」
「私、どうにかしたいんだけど。上手くいく、上手くいかない、じゃなくて、このまますれ違いで終わったら、刀路も美月も一生涯、すっごく後悔すると思うんだよね」
「難しいわね。あの二人の間に、詩燈一二三の死が楔として打ち込まれている以上――」
 緋文とて、あの二人は結ばれるべきだと思う。
 しかし――『結ばれないだろう』という予感が、確信に近い感覚であった。
「それより、清香は刀路を巡る美月の恋敵だったはずだけど?」
「八割方ギブアップ状態。ううん、このまま美月とすれ違った刀路はノーサンキューかな。つまり応援したいってより、このままじゃ後味が悪過ぎ。二人の友達としてね」
「そうね。同感だわ」
(グズグズできない理由は、まだあったわね)
 緋文は思い直す。『結ばれないだろう』という予感を覆すべく、行動するのだと。
 清香が苦笑した。
「ったく、ちょっと前の私じゃ考えられないお節介だな」
「ええ。それはわたしも同じ。結構あの二人に影響されているみたいね」

 

 ようやく清香は緋文の病室から出て行った。
 ベッド脇のパイプ椅子の下――
眩夢 げんむ 】封じの護符が落ちているのを、緋文は発見した。

 

       

 

 暇である。清香はまだ大人しく自分の病室に戻る気はなかった。
 こうなったら、いっそ朝まで病院内を冒険してみるのもアリかと思っている。
 見つかったらかなり叱られるだろうが、もうじき退院なので問題ない。
 ナースステーションの脇で、巡回中のガードマンと看護師の女性が談笑している。
 恋話か? と期待したが、単なる世間話で清香はガッカリした。
「例の《ブレード》。あの子でも重傷って事は、相当な【DD】だったみたいね」
「そうですね。現場を封鎖していた藤田が、今はヘルプでこっちに入っているですけど、大がかりな戦闘だったって言ってましたよ」
「あれあれ? 藤田さん異動になったんじゃなかったっけ? 病院にいるんだ」
「人手不足です。参っちゃいます。【パンドラ】関係と違う一般施設は若いヤツが入ってもすぐに辞めちゃうし。お陰で【パンドラ】の現場に入れるのが、少なくて少なくて」
「守秘義務と信用問題あるものね。医療現場も一緒よ一緒。常に人手不足。まあ、一番足りていないのが【対DD戦闘員】みたいだけどね。殉職しちゃうし、引退も早いし」
「こっちには関係ないですよ。給料が上がるわけじゃないし。そういえば、搬送された負傷者ってどれくらいの人数なんですか?」
「確か、《ブレード》を除けば、対G兵士は十八名かしらね。全員、命に別状ないわよ」
「そいつは良かった。命あっての物種ですしね」
「だけど霊障の汚染度が高くて。怪我の治療よりも汚染の浄化で入院が長引く見込み」
 どくん。どくん。どくん――
 波動を感じる。その波動が頭蓋骨で反響を始めて、意識が胡乱になっていく。
(なに……? この気持ちは?)
 こんな感覚は初めてだ。一体ナニが?
 ついには、幻聴までもが……

 

  ……どうして彼はワタシを棄てたのだろうか。答えを知りたいの。

 

 クスクスクス。清香の口から忍び笑いが漏れる。
 清香の瞳から光が消えた。
 頭の中に声が響く。潜伏し続けたが――ようやくチャンスが巡ってきたわ。
 すでに清香の意識は喪失している。
 そのまま夢遊病者のような千鳥足で、『彼女』は波動の元へと歩いて行った。

 

 辿り着いた病室は、個室ではなく相部屋であった。
 張り紙がある。内容は『DD汚染者につき関係者以外は立ち入り禁止』となっている。
 波動の元は此処だ。
 そこで清香の自我が微かにだが回復する。
「開けたら、ダメ、なのに」
 欲求に逆らえない。清香は自問自答する。どうして自分はこんな精神状態なのか。
 検査結果は問題なしで、【 眩夢 げんむ 】封じの護符だって身に付けているのに――
 ち! という舌打ちと共に『彼女』は力づくで清香の意識を封じた。
 厄介な女だ。最後まで抵抗するとは。依り代としては申し分ないが、存外、精神力が強い。
 扉をスライドさせて入室すると……

 

 ――そこは待望していたチカラの宝庫であった。

 

       

 

 緋文は単独行動に出ていた。
 手には清香が忘れていった【 眩夢 げんむ 】封じの護符が握られている。
 何事もなく返す事ができれば、それが一番だ。
 協力要請しようにも、連絡手段を鏡子に取りあげられている。よほど信用がないのか。
 病棟内は静まり返っている。騒ぎにはなっていない。
(清香は……何処?)
 彼女の病室はもぬけの殻のままだ。まだ帰っていなかった。
 ならば次に当たる場所は、一箇所しかなくなる。
 そこが外れならば、清香は無事に病院内を徘徊しているという事だ。
 逆に、そこにいるという事は……

 

 ……清香は、其処にいた。

 

 廃工場で【DD】に汚染されている者達の病室に。清香は部屋の中央に立っている。
 緋文にとっては最悪の予想が的中してしまった。
 様子からして、明らかに清香は【 眩夢 げんむ 】化してしまっていた。
 双眸が怪しく輝いている。真っ当な人間ではない。
(いや。時間からして、まだ完全には乗っ取られていないはず)
 痛恨なのは、汚染者達が全員殺されてしまっている事だ。殺された彼等は、廃工場の怨念だけではなく、生命力までも吸われてしまっていた。
 清香を乗っ取っている【 眩夢 げんむ 】――『首吊り女』は、緋文に向き直る。
「どうしたの? ワタシを斬ったお嬢ちゃん」
「お前の自我は、やはりあの一軒家での自殺した女か」
「正解♪ もちろん本来の人格じゃないけどね」
 この【 眩夢 げんむ 】のパーソナリティは、あくまで死んだ女の怨念がベースである。
「清香を返してもらう」
「へえ? でもね、この依り代――清香は『逃げろ』って必死に訴えているわよ。同時に『私の友達に手を出すな』ってね。意外と健気な子ねぇ、この子」
「気持ちだけは受け取るわね」
 緋文は一気に間合いを詰めにいく。【 使神 シシン 】は召喚できないが、肉弾戦ならば――
 しかし、遅い。
 遅いだけではなく、四肢がイメージを反映してくれなかった。
 反面、『首吊り女』は狙い澄ました右カウンターを緋文に決めてみせる。
 元々からして満身創痍だった緋文は、その一撃でダウンした。
「ふふふふふ。刀路って男の子への失恋の味だけじゃなくて、ボクシングまで使えるなんて、最高の依り代じゃないの、清香ってば」
「く、くそ……っ!!」
 緋文はダウンから起き上がれない。
 そんな緋文を見下ろして、『首吊り女』が言った。
「なんだヘロヘロじゃないの。霊力と生命力を吸うにしても、回復してからじゃなきゃ、旨みがないわね。今は見逃してあげるから、回復したらやってきなさい。殺されにね」
 そう言い置いて、清香の姿をした『首吊り女』は病室から出て行った。
 霊力を増強する為の、新たな獲物を求めて。

 

       

 

 まさしく『悪夢』そのものだった。
 自宅マンションで待つこと数時間後。
 鏡子たちの危惧は、一縷の望みが砕かれて、残酷にも現実のモノとなった。
「最悪の事態が起こったわ――」
 スマートフォンからの報告に、鏡子の顔色はみるみる青ざめていった。そして、通話が終わった後の第一声がこれであった。
「き、清香は、どうなったんですか?」
 美月は泣きそうな顔で、鏡子が呟いた『最悪の事態』を問う。
「……清香は【 眩夢 げんむ 】、あの『首吊り女』に乗っ取られて、さらには封印されていた【 眩夢 げんむ 】の研究用思念も吸収してしまったわ」
 臍を噛む思いで鏡子が事実を述べる。
 これまでも何度か資料を提出して上申、指摘していたのだ。あの研究機関のみならず、【パンドラ】日本支部の警備体制の全体的な甘さは、海外支部に比してあまりに穴だらけで脆弱だと。有事に対して危機管理の杜撰さは平和ボケしている日本人独特の感覚とはいえ、放置しておくと大惨事を引き金になると。
 感情を抑えて、鏡子は淡々と事実だけを述べていく。
「浅間清香が殺害したのは、全員で十八名。重傷者は三十二名。軽傷者は十五名。そして行方不明者は一名。医療機関としての機能は健在だから負傷者の治療が迅速に進んだのと、死亡者全員が【パンドラ】関係者で一般人がゼロだったのは、僥倖だわ。なんの慰めにも、気休めにもならないでしょうけど、【パンドラ】の方で【ケースDD】として情報隠蔽を施すから、最低でも刑事事件として表沙汰にはならないわ」
 美月が激昂する。
「でも殺人罪を問われなくとも【パンドラ】の病院で隔離されるんでしょう? なによりも、清香自身が『人を殺した』っていう重い十字架を背負ったっていう事実は、法的にどうこうって話とは関係ないわ! 清香は正直で真っ直ぐな子なんだからッ!!」
 反論せずに、鏡子は美月の気持ちが落ち着きを取り戻すのを待った。叫んだ後、美月は頭を抱えて座り込んだまま動かない。「あたしの所為だ。あたしを庇って清香は……ッ!」と苦渋の呻きを繰り返すだけだ。
 刀路は自分に言い聞かせるように呟いた。
「正直、信じられない。あの快活な浅間がそんな凄惨な真似をするなんて……」
 鏡子の報告だけでは具体的な惨状をまるで想像できない。
「信じられないというのなら、資料として院内の様子の画像データも送信されているけど、よければ見る? たぶんしばらく肉類が食べられなくなると思うけど」
 刀路と美月は揃って首を横に振った。
 鏡子もあえて見せようとはしなかった。
「すでに浅間清香は【 眩夢 げんむ 】――【ケースDD】として断定されているわ。暫定的にさっきの関東本部から私が担当するという命令を受けた。再び姿をくらました浅間清香の追跡捜査は、現在も続行中で、十二時間以内に【対DD戦闘員】が派遣される予定よ。Bランク五人以上分の戦力を大至急手配中だわ」
「まさか……浅間を殺すのか? 殺さずに助ける方法はないのか!? 浅間を汚染している【 眩夢 げんむ 】だけを倒せないのか!?」
 詰め寄る刀路を、鏡子は冷酷に突き放した。
「あのね。軽々しく無責任な綺麗事を口にするのは卒業しなさい。アンタが知らないところで【パンドラ】の研究員たちが今までどれ程の時間と労力を費やして、一人でも多くの感染者や宿主を助けようとしているのか。そういった努力を知らない人間が、想像すらできない者が、その場の思いつきだけで痛みの伴わない理想論を言うもんじゃないわ。すでに浅間清香は可能な限り迅速に殲滅する他ないという判断が下されている。これ以上の犠牲者を最小限に留める為に。倒す以外の方法を求めるなら、自分で考えなさい」
 刀路は鏡子の言葉に打ちのめされる。
 その様子に、鏡子は肩を落とした。こんな状態では、とても現場に連れて行けない。
「清香と戦うのが無理なら、大人しく待機していなさい。これは命令です」
「待機?」
「ええ。気に病まなくてもいいから。元々殲滅対象の関係者が直接事件にあたるのは好ましくはないの。情に影響されて刃先が鈍るだけならともかく、殲滅対象に引きずられてしまうケースもあるから」
 言葉を選びなら丁寧に刀路を説き伏せた。

 

「――鏡子さん。ちょっといいですか?」

 

 そんな中、美月が鏡子に声をかけてきた。
 その双眸から、鏡子は美月から『ある種の決意』を敏感に感じ取る。これまでの人生で何度か見てきた『覚悟した者の目』だ。
「なに?」と鏡子はあえて素っ気なく応えた。
「相談があります。いえ、提案です。清香を救うために必要な」
「具体的な考えがあるみたいね」
「はい」と、美月はしっかりと頷いた。
 刀路は驚いた顔をしたが、鏡子の牽制によって口出しできなかった。
「清香に可能だったら、と」
「なるほど。アンタの考えとやらを聞く価値はありそうね」
 刀路は二人の会話から取り残されていた。
 ただ、清香が助かるかもしれないという希望だけは理解できる。
 スマートフォンの着信音が鏡子の言葉を止めた。
 発音源は、刀路のスマートフォンだ。見ると、ディスプレイに示されている文字は。
 ――[ 浅間清香 ]――
「もしもし! 浅間か!? 浅間なんだよな!? いま何処にいるんだ!?」
『いいえ、今の私は依り代の女じゃない。でも、清香がアンタに想いを寄せていたという事は理解している。清香は、けれどアンタを諦めている。ねえ? どうしてアンタは清香を棄てたの? ワタシの彼と同じく、棄てたの?』
 どうして彼はワタシを棄てたのだろうか。その理由を知りたいの――と云ってくる。
 困惑する刀路から美月がスマートフォンを引ったくった。
 そして、叫ぶように云う。
「清香を返してもらうわよ、『首吊り女』ッ!! 貴女が彼に振られた理由が知りたければ、清香の記憶にある『佐倉家の丘』にやってきなさい!」
『わかったわ。待っているから』
 通話は打ち切られた。
「鏡子さん、これで『首吊り女』の誘導には成功しました」
「でかしたわ、美月」
 鏡子はスマートフォンで【パンドラ】本部へ連絡した。
「【対DD戦闘員】の派遣を待たずに、現場に急行するわ。最悪でも、現状の清香の戦力を正確に観測して、増援が来るまで足止めします。増援到着の目処は――約三時間」
 鏡子は美月に言った。
「時間がないから、向こうの部屋で手短に打ち合わせしましょう。いいわね?」
 それから刀路にも言う。
「美月との話は五分以内で済ませるわ。それまでにどうするか決めなさい。清香を討つ覚悟が固められないのなら、アンタを現場に連れてはいけない」
「待てよ。鏡子さんだけで、今の清香の足止めなんてできるのかよ?」
「やるわ。たとえ結果として命を落とす事になってもね。安っぽいお涙頂戴のヒューマニズムじゃなくて、そうしなければ再び犠牲者が出てしまうから。だから私は、プロとしてプロの仕事と役目を果たす。その意味が分からないのなら、すぐに【パンドラ】を去りなさい。チカラを振るう資格はないわ」
 鏡子は美月を促して隣室へと姿を消した。

 

       

 

 一人残された刀路は、リビングに飾ってある詩燈一二三のポートレートを見る。
 美月が持ち込んだ物だ。以前とは違い、棄てられなくなっていた。
「俺はどうしたらいい? ひふみ」
「呼んだかしら?」
 その声の方を振り向くと、ベランダの外に緋文がいた。
 闇夜に溶け込むように、小型ヘリコプターが離脱していくのがチラリと見えた。
「開けてくれるかしら? セキュリティ掛かっているんでしょう?」
 セキュリティを解除して、刀路は緋文を招き入れる。
「お前、大丈夫なのかよ」
 学校制服姿で、外見上は平常に見える。しかし、つい先日まで重体だった。制服は初めて会った時のセーラー服ではなく、洸蘭女子少等部の物だ。
 緋文は決然と言った。
「戦えるわ。いえ、戦うしかないの、わたしは」
 上層部からは待機を命じられてしまったが、緋文は義父ちちを説得して、特例的にやってきたという。ただし、緋文に何があっても一切の責任は負えない、という約束のもとだ。
「今のお前には無理だ」と、刀路は即答していた。
 一目で戦闘など出来ないと分かる。よくぞ局長はこんな状態の緋文に運送用ヘリコプターを出したものだと、呆れてしまった。
 しかし緋文の決意は揺るがない。瞳は決意で漲っている。
「わたしは病院で清香を止められなかった。だから、今度こそ止める」
「それは【パンドラ】のエージェントとして、お前のいう『戦う刃』としてか」
 それだけならば、一緒に戦えない。
 緋文は刀路の目を真っ直ぐに見つめる。
「苦しみを知っているから。記憶を失っているけど、かつてわたしも【 眩夢 デーモンドリーム 】に侵されて大勢の人を殺めてしまったからよ。清香が止まれないなら、わたしが止める」
「それがお前の覚悟で、刃である理由か」
「いいえ。刃だからというだけじゃない。それだけじゃない。清香はわたしを見舞ってくれた、そして【 眩夢 デーモンドリーム 】から庇ってくれた――友達だから」
「友達……」
 刀路は緋文の言葉が嬉しかった。その言葉で、刀路の覚悟は固まった。
「分かった。一緒に戦おう。いや、俺と一緒に戦ってくれ」
 緋文は刀路の頬に手を添える。

 

「そんな笑顔もできるんじゃないの、刀路」


 刀路は憮然となる。
「お前だって、緋文だって人のことを言えないだろ」
「それから、笑顔だけじゃなく、初めてわたしを名前で呼んだわね」
「そうだっけか」
 とぼけた刀路に、緋文は笑顔を深めた。
「ようやく躊躇なく『ひふみ』と口にできるようになった――と解釈しておくわ。相棒」
「そうだな。一緒にいこうぜ、相棒」
 一人では無理でも、今は傍に緋文がいる。
 彼女とならば戦える。たとえ相手が清香であったとしても。

 

       

 

 刀路は緋文を連れて、リビングに戻った。
 緋文を見た鏡子は、何かを言おうとしたが、結局、口を噤んだ。
「来ていたのね、緋文」
 美月は刀路の隣にいる緋文に、笑いかけた。
 緋文は頷く。
 刀路は鏡子に言った。
「俺は戦う。緋文と一緒に戦うよ。浅間の為にも、俺と緋文がアイツを――止める」
 そう、と鏡子は静かに了承した。
 刀路と緋文は視線を合わせ、そして決意の笑顔を交換する。
 美月が両目を細めて、涙を浮かべた。
「トージが笑っている……」
「ん。なんだよオーバーだな。俺、そんなに笑っていなかったか?」
 笑顔が苦笑に変わる。
 美月は緋文に抱きついた。そして、耳元で囁く。
「ありがとう。本当にありがとう。貴女がトージに笑顔を思い出させてくれた」
 小さく付け加えた最後に、緋文は目を丸くする。
 美月が離れ、緋文は視線を逸らした。

 

       

 

 刀路たちは佐倉邸に到着した。
 そこでは、真紅のドレスで高貴に着飾った清香が、思い出の桜を背に待ち構えていた。
 いや、よく見ると紅いドレスではなく、血で染まっているシーツを纏っている。霊力の影響なのか、血は染料のような鮮やかさと艶やかさを保っている。
 刀路は【 眩夢 げんむ 】に向き合った。
「浅間を返してもらうぜ。『首吊り女』サンよ」
 対して、清香を乗っ獲っている【 眩夢 げんむ 】は、艶然と笑みを浮かべた。

 

「さあ、誘いに乗って来てあげたのだから、早く答えを、理由を頂戴。――どうして彼はワタシを棄てたのかしら?」

 

 話が通じない。
 それだけではなく、【 眩夢 げんむ 】から発散される霊圧が増大していく。
 空き屋で倒した時とは比較にならない。この圧倒的な霊圧は廃工場の【 眩夢 げんむ 】と同格だ。
 構えをとった刀路は鏡子を振り返る。
 決意する。もう戦るしかない。これ以上こんな清香は見るに耐えない。覚悟は揺るがない。視線で、鏡子に戦闘許可を求める。
 しかし鏡子は刀路に戦闘許可を与えずに、美月の背中を押した。

 

「……いいわよ美月。いってらっしゃい」

 

「はい。本当にありがとう鏡子さん。そして――」
 頷いた美月は駆け出した。
 フラッシュバックが刀路を襲う。
 同じ貌だ。
 あの時の、ひふみに告白する前にやってきた美月の表情と――同じだと。

 

       

 

 季節は風踊る新春。
 場所は街を一望できる丘の上である。その頂に高々と聳えている未だ七分咲きの大きな桜の木の下。天気も鮮やかな晴天だ。この桜の下で告白すれば、永久の愛が成就できるなんて伝説はないけれども、それでも刀路はここを告白の舞台に選んだ。
 理由はあった。
 この丘は、小さい頃から彼女と一緒に遊んでいた思い出の場所だからだ。

 

 僅かに草を踏む足音に人の気配がした。

 

 刀路の心臓が跳ね上がった。
 もう後戻りはできない。ここからお茶を濁すという選択肢はないのだ。
 刀路は全身から汗を流しながら振り返る。
「よ、よ、よ、よ、よう、ひふみ」
「――じゃないわよ、トージ。つか声震えすぎだっての。情けないなぁ」
 違った。肩透かしにガックリときた。
 来たのは少女であったが、意地悪く言い返してきた彼女は約束相手の待ち人ではなかった。この少女はひふみとは別の幼馴染である。
 気の強さが顔立ちに出ている怜悧な美人だ。
「なんでお前が来るんだよ、美月」
 美月は眉を顰めた。
「うっわぁ、それが恋の架け橋をしてあげているキューピッドに対する台詞?」
「なにがキューピッドだ。それよりちゃんと言伝してくれたんだろうな?」
「したわよ。っていうか、文句言うなら言伝くらい自分でしなさいよ。直でダメならメールでもいいからさ」
「それが無理だったからお前に頼んだ」

 

 ……――本当は、そうじゃなかった。

 

「なんというへタレ。そこ開き直るところじゃないでしょうが。そんなんでちゃんと告白できるの? なんなら告白もあたしが代理でやってあげようか?」
 からかい顔で意地悪く笑う美月に、刀路は渋面になる。心が痛むから。
「ちなみに今のあたしはひふみからのメッセンジャーよ」
「な、な、なんだよ?」
 ドクンと心臓が跳ね上がる。まさか……

 

「ゴメンナサイ、刀路くん。でも、これからもいいお友達でいましょう」

 

 丁寧な仕草で深々と腰を折って放たれた美月の、意外と似ている声真似に、刀路の視界は真っ黒なる。あえなく振られてしまった。いや、ひふみに振られるのならば仕方が無い。
 信じたくなかったが、しかもほとんど想像通りの台詞だった。
「なぁ~んて、ね。ウ・ソ」
「み、み、み、美月ぃぃいいいいッ!!」
 刀路は涙目になって吼える。やっぱりか、と。
「あはははははは。ビックリしたぁ? けっこう似ていたでしょ?」
 美月は刀路のリアクションに大笑いだ。勘違いしての。
「ゴメンゴメン。そんな目で睨まないでってば。ちょっとやり過ぎた。あたしが悪かったからさ。……で、本当の伝言だけど、急なヘルプが入ったから一時間ほど送れるって」
「そうか」
 門前払いではなくて、安堵した。これで、本当に……
 美月は桜の木に背中を預ける。
「よかったらひふみが来るまで、話し相手くらいにはなってあげるわよ、トージ」
「別にいいって。むしろ邪魔だからとっとと帰れ」
 刀路はシッシッ、と追い払う仕草をする。

 

 ……――美月といると、本当の決心が鈍ってしまうから。

 

 その仕草に、一瞬だけ美月は怯んだが、すぐに気を取り直した。
「ダメよ。土壇場で逃げ出さないように見張っておきたいし。ま、もしも振られたらこの美月さんが慰めてあげるって。おーヨチヨチ、泣き止みなさいなボウヤって」
「うるせー。お前なんか願い下げだ」
「ぐわっ! ムカツクぅっ! だったら、もしもひふみへの告白が失敗したら、あたしと付き合いなさい!! 拒否権は認めないから! それがイヤならちゃんと玉砕するコト!」
「玉砕してたまるかぁっ!!」
 そうして一時間後――
 美月は「がんばりなさい」と励ましを残し、刀路から離れた。
 刀路は遠ざかっていく美月を背を見つめながら、唇を噛み締める。
 今、自分はどんな汚い表情をしているのだろうか? 暗い目をしているのだろう。
 やはりダメだった。やはり無理だ。
 身分と立場が違い過ぎる。それに、今の状況だと弱みにつけ込む以外の何物でもない。

 

「俺、さ。ひふみも好きだけど、昔から世界で一番好きなのは――」

 

 そこから先は、二度と口にしないと決める。
 何故ならば、ひふみが全力で駆けてくるのが目に入ったから。

 

       

 

 サヨナラ、と美月は小さく刀路の耳元で囁いた。
 そして走る。刀路の脇をすり抜けて、清香に向かって一直線に。美月は精一杯叫ぶ。
「清香を返してもらうわ!!」
「いいえ、返すものか! この依り代の失恋の傷は、ワタシにとって甘美なのだからッ!!」
 笑いながら『首吊り女』は美月に飛びかかる。美月は微笑みながら、両手を広げた。
 ずぼぅっ!! と空気が抜けるような音が響き渡る。
 砲撃めいた右ストレート。清香の右前腕が、美月の背中から突き抜けている。
 間違いなく――致命傷。
 刀路の両目が大きく見開かれた。
「み、美月ぃぃぃぃいいっ!!」
 清香の両目も大きく見開かれる。
 衝撃的な光景に、清香の自我が『首吊り女』を押し退けて表に出てきたのだ。
 動きが止まった。これならいける――と、美月は確信する。
「み、美月……、な、なんで? アンタ、どうしてこんなバカな自殺行為を!?」
 言葉通りに、美月は自ら右パンチに飛び込んでいったのだ。
 清香に貫かれた美月は、大量に喀血しながら無理に笑って見せる。
 広げた両手を、ゆるりと清香の背中に回した。
「あたし、ね。アンタが羨ましかったよ、清香。トージへの想いをいつも真っ直ぐに表現しているアンタが、本当は嫌いじゃなかったんだ。だから親友になれて、よ、良かった」
「何をするつもり!? 美月ぃ!!」
「それから、助けてくれて、ありがとう。だからあたしも親友を助けるから」
 激痛を無視し、美月は小さく呟いた。
 ある【言霊】を。呪いの言葉を。
 鏡子に施してもらった『ある術式』が起動する。自分の魂を核として。

 

       

 

 絶望――だった。
 刀路の気持ちがひふみに向き、二人が結ばれた時。
 ひふみが死んだ時。
 緋文が刀路と出逢った時。
 刀路と緋文が共に歩んでいくと知った時。
 直感した時。

 

 刀路は自分ではなく、きっとまたヒフミと結ばれるのだと。

 

 恐かった。また刀路がヒフミを選んでしまう時に、傍にいることが。
 だから逃げた。
 共通の幼馴染みを喪った悲劇のヒロインという立場をスケープゴートにして。
 なんて汚くて、醜い、本性だろうか。
 けれど緋文は違う。きっと一二三と同じく、いずれ彼女は刀路の一番になってしまう。
 また自分は二番目に墜ちてしまう。
 そんなのは耐えられないから――逃げた。
 刀路にとって一番のままでいたいから、綺麗なままでいたいから。
 卑怯で最低な自分。
 その感情を鏡子の術式の中に取り込んだ。
 禍々しい霊気の塊に変質した。ああ、これが【 眩夢 げんむ 】と定義されるモノだろう。そしてソレを本体として自分の中に循環させて、自身と同化する。

 

 ……くくくくく。あらあら清香よりも上質の怨念を抱えているじゃないの。

 

 声が聞こえてきた。『首吊り女』の怨嗟の声だ。
 心の深部と同化している核部――本体と、本体の力によって纏っている外層霊力である。とても巨大な力だ。これが目的だった。
 さあ、清香を解放して、この佐倉美月を新しい依り代に選びなさい。
 そうしたら、あたしの全てをあげるから。
 その代わり貴女の全てを、貴女の未練と怨念を、あたしに頂戴――!!

 

       

 

 術式が進む中。
 美月は清香にだけ聞こえるように、小声で告白する。
「本当はね。恐かった。またトージが『ヒフミ』選ぶんじゃないかって。また『ヒフミ』にトージを奪われるんじゃないかって。そこからあたしは逃げた。卑怯にも綺麗なままでいたいから逃げた。そういう立ち位置に留まり続けて傍観していたからこその、この結末よ」
「美月、アンタ、そんな杞憂で刀路から離れようだなんて――ッ!」
 本当にこのバカたれ、と顔を歪める清香。
 清香の理性が回復していく。清香は泣いている。悔し泣きだ。
「やりなおせ、バカ美月。全部やり直しなって」
「ゴメン」
「ちゃんと刀路と美月で、向き直れば。だから逝くなぁ親友!!」
「ホントにゴメンね」
 美月は哀しそうに微笑みを浮かべると、清香の首筋に手刀を当てて失神させた。
 ずずずずずずずずずずず――
 最後の一滴まで清香の霊力と負の感情を吸収して、我がモノとする。核を除いて、清香を侵している負のエネルギーを全て奪い取った。

 

 できる。やれる。このまま『首吊り女』を逆に取り込んでしまえる。

 

 ずぼ、と清香の右腕を引き抜く。胴体の穴はすぐに塞がった。この超治癒能力。もう明らかに真っ当な人間ではない。腕の中で気を失った清香を、美月は優しく横たえた。こうしている一瞬一瞬にも理性が、どんどん怨嗟に侵蝕されていく。
 これが長年蓄えていた愛という名の業(カルマ)か。
 意識が、自我が、禍々しい怨嗟という破壊衝動の荒波に掻き消される前に、佐倉美月が佐倉美月であるうちに、刀路に告げるのだ。
 死力を振り絞って。
 さあ笑え。
 心を、気持ちを、ありったけの愛を振り絞って――
「信じているわ、トージ。あたしを倒して『幼馴染三人の物語』を終わらせなさい」
 自分は今どんな表情なのだろうか?
 上手く笑えているのだろうか?
 本当に最後の時だ。これが別れの時だ。だから最後は最高の笑顔で別れたい。

 

 愛していたよ、世界中の誰よりも。

 

 その思考を最後に、佐倉美月の自我と意識は――途絶えた。

 

       

 

 刀路には、何が起こったのか、全く理解できなかった。
 鏡子は呆然と呟いた。
「清香を救うために、本当に自分の命を棄てたか……」
「どうしてだ鏡子さん。美月はどうなっちまったんだよ? なんで、なんで美月が!?」
 鏡子は無言を貫く。
 ボタンの掛け違いが重なって、ついに最後まで二人は結ばれなかった。

 

 傍目には、お互いが一番大切なことが明白な、愛し合っている二人だったはずなのに。

 

 世間体、しがらみ等、一二三の死などの状況全てが、二人を無残に斬り裂いてしまった。
(これから先、アンタほど愛に生きて愛に殉じた女には、二度と出会わないかな)
 やるせなさを切り捨てて、鏡子は自分の心を千璃鏡子から《ホークアイ》へと切り替える。
 自分はプロなのだ。引きずるな。
 すでに佐倉美月は此の世にいない。
 もう佐倉美月とは別の存在だ。
 あれは愛の闇を背負った美しき鬼女。いや、悲しき姑獲鳥の成れの果てか。

 

 ――『首吊り女』から進化した『姑獲鳥』という名の【 眩夢 デーモンドリーム 】。

 

 悲しみを押し殺して命ずる。
「……佐倉美月を【 眩夢 げんむ 】として要殲滅対象と判断します。現時刻をもって《ホークアイ》の権限において《ブレード》および《ファントム》に、本件での戦闘行為を解禁します」
(確かに利用する為に近づいたけど)
 アンタは親友だったよ、美月。

 

       

 

 美月を殺せ。
 鏡子の命令に刀路は鼻白んだ。
「戦いなさい刀路ッ!! 美月の想いを無駄にしないで! 清香を救った美月の気持ちを、アンタは見殺しにするつもりなの!?」
 その言葉が刀路を殴りつける。
 美月の遺志を心の中で噛み締める。彼女を救う方法はたった一つだと、分かっている。
 ここでやらなきゃ、いつやるってんだ!

 

顕現 せよ――我が使神《火巫御ヒフミ 》」

 

 高らかに【言霊】を叫び、刀路は自分の【 使神 シシン 】である【英霊】を召喚した。
 炎を纏った緋色の少女。
 それが『姑獲鳥』と対峙する。
 詩燈一二三の姿を象った可憐な刀路の刃と、佐倉美月の見姿を残す美しき【 眩夢 げんむ 】が。
 佐倉美月はすでに【 眩夢 げんむ 】そのものだ。自分が彼女を殺した事実を生涯背負おう。
 焔を飛ばしながら《火巫御ヒフミ 》は『姑獲鳥』と交戦した。
 まるで幼い日の二人が戯れているように錯覚してしまう。
 あんな風にじゃれ合っていた。
 だが、今の二人は二人じゃない。無邪気に遊んでいるのではなく、二人の姿をした霊威が互いの存在を滅ぼし合っているのだ。
 それでも刀路は懸命に【 使神 シシン 】を制御した。接近戦は無理だ。剣を手にとって、まともに渡り合える気がしない。よって距離を保って戦うしかない。
 しかし、このままでは――

 

「――助太刀するわよ、刀路。貴方は一人じゃないわ」

 

 緋文が、ロクに力の入らないはずの四肢に鞭打って、刀路の横に立つ。
「アレはまだまだ全然本気じゃないわ。自分の力を戦いながら測っている最中。刀路一人じゃ到底勝てる相手じゃない」
 鏡子も緋文の意見を肯定した。
「まだ顕在率が低いだけでアレのポテンシャルは――あの廃工場での災害クラス以上よ」
 その言葉に、刀路の心が恐怖で竦む。
 思い出したのだ。あの時に味わった絶望的な無力感を。
 途端に《火巫御ヒフミ 》の動きも悪くなる。
 その隙を敵は見逃さなかった。『姑獲鳥』は圧倒的な攻撃で【英霊】を吹き飛ばす。
 ダメージがフィードバックしてきて、刀路は激痛に意識が遠のいた。
 心が折れそうになる。自分では勝てない――そう思ってしまう。
 そんな刀路の手を、緋文がそっと握った。
「なんて情けない顔しているのよ。らしくない。普段の自信と強気はどうしたの?」
「ひ、緋文……」
 緋文は不敵な笑顔である。いつもの彼女の表情。
「刀路一人で勝てないのなら、わたしと二人で勝てばいい。無理に一人で背負い込まない。お互いに守りあえばいい。刀路はわたしの一番弟子で、わたしたちは相棒なんだから」
「ああ。そうだな」
 笑顔を返し、刀路は握る手に力を込めた。
 緋文がいるからこそ、自分はこの場に赴けたのだ。
 今はこんなにも、緋文の存在が自分の中で大きくなっている。
「グズグズしていたら【パンドラ】の増援が来てしまうわ。その前に、わたしたちの手で片をつけるわよ。誰よりも美月がそれを望んでいる」
 同時に繋いでいた手を離す。
 緋文が美月に――いや【 眩夢 げんむ 】と化した怨鬼に挑んでいった。だが、霊力が不足しているので【 使神 シシン 】を召喚する事はできない。いくらなんでも無謀に過ぎた。
 緋文の攻撃を詰まらなそうに捌いていた『姑獲鳥』は、飽きた玩具を捨てるようにあっさりと緋文を振り払って離脱する。『姑獲鳥』の動き自体はまったくの素人だが、反応速度と動作速度、加えてパワーが尋常ではなかった。霊力がほとんど回復していない今の緋文では、最初から勝負になるレヴェルではない。
 吹き飛ばされた緋文は、辛うじて鏡子がキャッチして事なきを得た。
 しかし、大事には至っていないもののダメージは深刻で、早くも緋文は動けない。というよりも、元より戦えるコンディションではないのだ。
 いよいよ『姑獲鳥』が発散する霊力が巨大になっていく。
 己のポテンシャルを解放しつつあるのだ。
 必死に炎弾の雨で牽制するが、どれだけ持ち堪えられるのか。自分たちの手で決着をつけるどころか、これでは援軍の到着まで生き延びられるのかさえ怪しい。
(ど、どうすればいいんだ!?)
 再び絶望感に襲われる刀路。
 緋文は血の気の抜けた蒼白な顔で呟いた。
「せめて《 紅蓮神威 ぐれんかむい )}}》本体さえあればね」
 その一言で、刀路は閃いた。
 一か八かだが、可能かもしれない起死回生のアイデアを。
「なあ、聞いていいか? 緋文の《月皇 つきおう )}}》を【付喪神】が宿っている本体の《 紅蓮神威 ぐれんかむい )}}》へと憑依させれば、威力が増大するっていうのなら――それと似たような現象を緋文と元が姉妹だった【英霊】で試してみようってのは、どうだ?」
「え!?」と驚く緋文。
「できるのか? つまり《火巫御ヒフミ 》を緋文に憑依させるって事が」
「確かに不可能じゃないはず、いえ、可能なはずよ。霊質が酷似している、わたし達はいわば同じ鋳型なんだもの……!!」
 確信をもって緋文は肯定した。
 偶然なのか、運命なのか、鏡子の術式によって、自分の身の うち に詩燈一二三の霊を封印している。その時の感覚が、可能だと告げている。
「待って! あの時の術式によって霊路は開かれていても、詩燈一二三の霊と【英霊】化した《火巫御ヒフミ 》は別物よ! 仮に失敗したら緋文は一瞬で焼き尽くされる!! そんな賭けに出なるくらいなら、防御主体で凌ぎながら援軍を待つべきよ!」
 しかし、鏡子の警告を跳ね除けて、刀路と緋文は決意の視線を交わした。
 決着は自分たち二人の手で――
「――いけ《火巫御ヒフミ 》!」
 命令に応えて、英霊《火巫御ヒフミ 》が紅瀬緋文に重なって、憑依する。
 躊躇わずに受け入れる緋文。
 瞬間。緋文の全身から爆発的に炎が吹き上がる。炎の嵐となって吹き荒れた。
 気配が変貌した。いや、変質した。霊的同一 ハイパーシンクロ 化の発動である。
 鏡子はその様子を固唾を飲んで見守った。
 緋文の身体から噴出していた炎が学生服を吹き焼いて、赤い光を放つ真紅の着物へと姿を変じていく――
 加えて黒髪黒瞳が、赤く染まった。赤い髪に紅い双眸。
 その表情も、燃えるような生気に満ちた普段の彼女の顔へと戻る。
 嵐のような炎の渦が収束していく。
 炎の紬を纏った少女は、凛と見得を切る。

 

「前座も前振りも終わり。ここから真のクライマックス……つまり、決着の時間 ファイナルバトル よ」

 

 突き出した右の手の平を、めきぃっ! と力強く拳に握った。

 

       

 

 霊的同一 ハイパーシンクロ 化の効果だ。無限大のごとく力が漲る。
 英霊《火巫御ヒフミ 》の霊力は緋文に良く馴染む霊力だ。消耗し切っていた霊力が完全に回復し、肉体コンディションさえ一気にピークまで引き上がる。
 今の自分は――強い。
 自分に宿る【英霊】との同調次第で、どこまでも天井知らずに霊力が増幅する感覚だ。
 真紅の戦乙女と化した緋文を《万里鏡 カレイド・スコープ 》で視た鏡子は、驚愕した。いや、『視る』までもなく、これまでの緋文とは次元の違う霊圧をビリビリと感じる。
 鏡子が唖然と感想をもらす。
「凄い……Sランクの設定上限値を超えている。なんて圧倒的で強大な霊力」
 上限が視えない。このレヴェルの力を目にするのは生涯、二度目だ。
 歴代でも百人に満たず、現役では全世界でたったの十二人しか認定されていない上限未設定の最高位――『特Sランク』の域に、変則的とはいえ、紅瀬緋文は突入したのだ。
 つまり、現役十三人目となる新たなる特Sランクの誕生。
 緋文は高々と両手を頭上に掲げた。確信がある。今ならば――召喚(よ)べる、と。
 我がチカラ、己の【 使神 シシン 】の真なる姿を!!

 

顕現 なさい――我が使神《 炎皇 えんおう )}}》」

 

 大太刀の【付喪神】を【 使神 シシン 】として召喚。
 超高密度に圧縮された膨大な霊力により顕現した大太刀は、霊子構成物体 アストラル でありながらもほぼ物質化している。そして炎の霊力で《月皇 つきおう )}}》の霊格が一階層上がっている。
 まさに――紅蓮。
 そう。これこそが《 紅蓮神威 ぐれんかむい )}}》にとって【 使神 シシン 】としての真の姿である。
 炎の属性を付加された大太刀の【 使神 シシン 】を振るい、緋文は『姑獲鳥』に斬りかかった。
 しかし、今の緋文をもってしても、互角の攻防が精一杯だった。
 相手の動きにはついていける。
 だが、肝心の《 炎皇 えんおう )}}》の刃は空を切るばかりだ。
 緋文は実感する。
 まだだ。まだ刀路の制御と緋文の動きに僅かなズレがある。
 しかしそれはロスではなく、二人の在り方に対する伸び代である。
「もっと! もっとよ刀路! もっと二人を一つに!! もっとわたしに力を――ッ!!」
 緋文は心から訴える。
 刀路も応えようと死力を振り絞る。
 懸命に二人の霊波を同期させる。同期から共鳴へと霊力が爆発的に増大していく。
 強烈な右拳で『姑獲鳥』を吹き飛ばした。初めて後ろに下がらせた。
 さらに一段階上に加速した緋文に、鏡子が畏怖する。
 一旦、緋文は後方に距離をとった。
 すぅ――
 静かに息を吐き、緋文は正眼に《 炎皇 えんおう )}}》を構えた。刀の切っ先に迷いはない。
 勝負に、出る。決着をつける。
 刀路の負荷が限界に近いと感じた。これ以上は長引かせられない。
「もっとわたしの意志を感じ取って。心をシンクロして。そして《火巫御ヒフミ 》の動きを、完璧にわたしに同調させて」
 同調する。同期する。共鳴する。共振する。
 霊波のみならず魂そのものを。そして二人の心を。
「わ、わかっ――た」
 刀路は懸命に意識を繋ぐ。油断すると一瞬で意識を持っていかれそうな負荷だ。
 だが、それでも緋文に応えたい。
 緋文とひとつになっていたい。
 刀路とひとつになっていたい。
「決して迷わないで。ふたりの心と力を合わせるわよ。そうすれば間違いなく――」

 

 わたし達は、一太刀で決められるわ。

 

 カッ、と深紅の双眸を見開く。
 つぃ、と緋文は軽やかに歩き出す。
 背筋が立っているその滑る様な美しい歩法は、走っているよりも速度があるように錯覚する。刀路の意志が背中を押す。そう。今ふたりは完璧なる二心一体。
 心も。身体も。魂も。存在すら――すべてが、ひとつ。
 二心一体にして、一心二体。

 

「鬼哭流抜刀術奥伝、刹月華  セツゲッカ

 

 斬っ、と澄んだ音が風鈴のように綺麗に鳴った。
 迎撃も回避も、一切の認識すらなく、『姑獲鳥』は袈裟懸けに斬られていた。
 見事な一太刀による一撃決着。
「――刀路ぃっ!!」
 鏡子が慌てて駆け寄り、斜めにぐらついた刀路を支える。
 全身全霊で力と精神を使い果たした刀路は、立ったまま失神していた。

 

       

 

 綺麗な音が遠くで聞こえた。
 途切れていた意識が、唐突に戻っていく。
(――あ、此処は?)
 美月は必死にほとんど見えなくなった目で、周囲の状況を探ろうとした。
 ぼんやりと目の前に在る顔。見慣れた顔だ。
 ああ……そっか……
「やっと追いついたよ、ひふみ」
 呟くと同時に、ゴふ、と大量に喀血した。
 草木の香りと雰囲気でわかった。ここは――いつもの丘だ。
 きっと夢の続き。
 幼馴染は自分を優しく抱きしめてくれている。必死に走った甲斐があった。
「……今度は、ふたりで走ろうね。次はトージがあたし達を追いかける番なんだから」
 ふたりで走ろう。手を繋いで。
 あの時みんなで追いかけていたのは鳥だった気がする。たぶん幸せの青い鳥。
 でも、幸せの青い鳥なんてなくたって、幸せだった。
 男も女もなく、ただ純粋に一緒にいて楽しかったあの頃が、一番――
「だから、さ。一緒に先に天国に逝って、トージをふたりで見護ろう。トージはしばらくはこっちに来ちゃダメだって、ね……」
 ね? ひふみ、と笑いかける。とても――透明な笑顔。
 ひふみは少しだけぎこちない微笑みを添えて、頷いてくれた。
「ええ。一緒に逝きましょう。美月お嬢様」
 ありがとう。
 大好きだよ。
 美月も頷き返そうとして、もう一度大量の血を口からガバ、と盛大に吹き流し――

 

       

 

「ええ。一緒に逝きましょう。美月お嬢様」
 最後の最後に、緋文はひふみを演じた。
 上手く笑えただろうか?
 怨念に喰われたはずの美月の自我と意識が、なぜ今の際になって戻ったのかは分からない。だが、奇蹟に水を挿すつもりもなかった。
 美月はもう一度派手に喀血し、ズルリと四肢の力を失って緋文にもたれ掛かってきた。
 喀血を避けず、そっと抱きとめる緋文。
 力なく事切れたソレは、すでに【 眩夢 げんむ 】ではなく、佐倉美月の遺体であった。
 死に顔は、とても安らかな微笑みだ。
 刀路からの霊力が途絶えたようで、炎の着物が弱々しく揺らめいている。
 遺言のつもりであったろう最後の囁き。

 

 ――〝最後にトージの笑顔を見せてくれて、ありがとう、緋文〟――

 

 遺体を抱く腕に力が籠もった。
 美月のいう『幼馴染三人の物語』は終わったが、また違ったカタチで物語は続いていく。
 自分が刀路との物語を引き継ぐ。
 姉(一二三)と美月の二人から、自分が引き継ぐのだ。
 新なふたりの物語として。

 

「確かにトージを託されたわ。だから二人とも安心してゆっくりと眠りなさい――」

 

 実は出逢った瞬間からだった。
 自分と彼は共に歩んでいくのだろう、と一目見た時から緋文は確信していた。

エピローグ 未来への歩み

 

 浅間清香にとって、清香の生涯にとって、本日は記念すべき大切な日である。
 彼女は体内の霊力を循環させて、【言霊】を唱えた。

 

「――装着せよ、我が使神《拳狼 ブロウ・ファング》」

 

 清香と契約している【 使神 シシン 】が霊子構成物体 アストラル の密度を上げて、両拳に顕現した。
 形状はボクシング・グローブである。《拳狼 ブロウ・ファング》は眩いばかりの黄金の光を放っている。カテゴリとしては【付喪神】タイプの【 使神 シシン 】だ。
 人魂型である【 眩夢 げんむ 】は難敵とは言い難い。しかし清香はデビュー戦なのである。
 清香の専属教官  パートナー を拝命しているコードネーム《トレーサー》が、気軽な口調でアドバイスを飛ばしてきた。《トレーサー》は常に男装している女子高生という麗人(変人)だ。
「貴女なら楽勝ですから、焦らないで下さいね」
「はいはい。分かっているって!!」
 前日、正式な【対DD戦闘員】として【パンドラ】との本契約が成立した。
 OJT訓練計画の第一期生が津久茂 刀路 つくも とうじならば、清香をはじめとした此度、正式昇格した新人三名は、いうなればOJT第二期生という位置づけとなる。
 今の清香は受験生でもある。冬には大学受験本番だ。基本的には自宅での生活に戻っていた。それでもたまに寝食を共にする相棒 パートナー の台詞を背に、清香は不敵な笑みを浮かべて獲物へと殴りかかっていく――

 

       

 

 佐倉美月が亡くなって、今日が一回忌だ。
 彼女の墓標は、家族とは別に佐倉家敷地にある小丘の上に建てられている。
 線香をあげ、献花すると、清香は墓前に両手を合わせた。
 しみじみとした口調で報告する。

 

「ついに、私も正式な【パンドラ】の一員――【対DD戦闘員】になったよ、親友」

 

 契約ランクは最下層のEで、コードネームは《スカーレット》である。
 訓練の日々は地獄の辛さだった。しかし美月を思って全ての艱難辛苦を乗り越えた。
 刀路以上に真っ当な高校生活を棄てる結果になったが、後悔はない。
 八名の候補生の内、昇格したのが清香を含めた三名、二名が昇格見送りで、残りの三名は脱落している。脱落者三名は【対DD戦闘員】とは違う形で【パンドラ】に就職するという。
 戦うと決意した理由は、親友――美月の死ではない。
 復讐の為の戦いが間違いだと、誰よりも美月が知っていたから。その遺志を継ぐ為だ。
「それじゃ、また来るから」
 美月の墓から背を向ける清香。最低でも月に一度は墓参りに来ている。
 しかし供え物からして、命日の一番乗りは、悔しいが鏡子に先を越されていたようだった。
 丘を上がってくる人影が、ふたつ。
 目を凝らすまでもなく――刀路と緋文だと分かった。
 なにやら口喧嘩をしている。
「おいおい。お前、ふざっけんなよ、緋文!?」
「はあぁッ!? ふざけた事を言っているのはトージでしょうに!」
 どうせ発端は下らない事に違いない。
 一年前とは違い、互いに遠慮がなくなった二人は、喧嘩友達というよりも『犬も食わない』というヤツそのものだ。この二人のやり取りは【パンドラ】でも有名になっている。
 昨夜の二人は、災害クラスの大規模【DD】の討伐に駆り出されていた。遅れたのではなく、スケジュール的には最速でやって来たのだろう。
 清香は苦笑を漏らした。
(確かに、あの二人を見ているとオシドリ夫婦になるって思っちゃうね、美月)
 無粋を――邪魔をするつもりはない。二人が来たら、自分は退散しよう。
 刀路と緋文が清香に気が付いた。
 慌てて二人揃って口を噤んだ。取り繕っても遅いというのに。
「お。先に来てたのか、清香。誘ってくれよ」
「初陣、良かったって聞いているわ。おめでとう」
 喧嘩してたのバレバレだと先に言っておいてから、清香は美月の墓を振り返る。

 

「ほらほら二人とも、早く美月に挨拶しなさいって」

 

 私達は今日も元気です――と。

 

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ラストまでを振り返って

まあ、これくらい書ければ、ラノベ新人賞の一次通過は可能だと思う。

賞のレベルによっては二次通過も。

三次以降は、まず無理だが。

過去を振り返り――ワナビとしての自分はどうだったのだろう? 例の「京アニ放火事件」を思えば、割と綺麗に見切りを付けられた方だと思っている。「小説家になろう」等のWEB小説の台頭も大きかったけれど。その辺の経緯は他の記事を読んで貰えれば(内部リンクは貼らない)。ふと想像する。件の青葉某はどのくらいの小説(作品)を書いたのか。この作品『PHANTOM✕BLADE』と似たり寄ったりの程度では、と推察する。いや、流石に僕よりは上かもしれない。

ライトノベル新人賞の一次落ちをバカにする人には、是非とも本作品に目を通して頂ければと思う。ぶっちゃけ、僕の一次通過(突破)率はそんなに高くなかったので(苦笑

 

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