僕は【戯れ記事《ゴト》遣い】

「戯れ言遣い」ならぬ「戯れ記事遣い」を名乗るブロガーです。 雑記系ですが、読んで損したと憤慨されても困ります。 だってコレは「戯れ言」だから――

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【実際に通過作で解説】戯れ言――ラノベ新人賞の一次通過のコツについて【第7回】

【実際に通過作で解説】戯れ言――ラノベ新人賞の一次通過のコツについて【第7回】

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さあ、戯れ言 記事 ゴト を始めようか――

 

 

例によって前の第6回については、下のリンクを参照ねがいたい。

思った様に時間が取れない中、企画の打ち切りだけは回避しようと記事を用意しているが、「今後は気を付けたいな」と痛感を味わっている最中だ。多忙時に向いていると判断した連続もの企画であるが、実際は逆であった。随時、書きたい記事を思い付いても、既存の連続ものが足枷になり(放置すると後が面倒)と、どうしても後回しにせざるを得ないからだ。

これからのブログ運営(の方向性)についても色々と考えている。まずは「楽天アフィリエイト」から物販のコツ(ノウハウ)を掴みたいという思いが湧いた。なんにせよ、この「ラノベ新人賞一次通過のコツ」企画は、本記事を入れて残り2回――読者がゼロでも完走はしようと踏ん張る次第だ。

◆合わせて読みたい◆

第六章 実戦(PHANTOM)

 

       

 

 刀路 とうじ緋文 ひふみは、鏡子 きょうこ の指示で以前の仕事の事後確認をしていた。
 場所は関東圏を外れた某田舎町で、電車を乗り継いで二時間程度である。
 移動にバイクを使えない事に、緋文は不満を隠さなかった。
 危険の少ない簡単な任務であり、本来ならば諜報員である鏡子の領分なのだが、鏡子はあえて監督者権限で二人でやるように指示した。災害クラスの【 眩夢 げんむ 】が発生した跡地の定期調査である。
 封印の状態は良好で、【 眩夢 デーモンドリーム 】を発生させるような残留怨念は検出されなかった。
「問題ないわね」
 緋文の台詞に刀路は質問する。
「逆に問題がある状態ってどうなんだ?」
「規模が大きくなると、霊核の破壊だけで一帯に残っている怨念や霊力を完全に浄化し切れない状態のまま現場を封鎖せざるを得ないのよ。一定期間は警備を置いて監視するけれどもそれもいつまでもってワケじゃない。だから一定レベルにまで低下した後は、霊的な封印を施して定期的に確認するの」
「やっぱり危険なのか?」
「本当に危険なら警備体制を解いたりしないはずよ。とはいっても、予算は人員には限りがあるから、完全に完全とは言い切れないのが実情なのよね……」
「おいおい。もしも不完全だとか、思念や霊力が残っていたらどうなるんだ?」
「霊核がなければ霊災――要するに【 眩夢 げんむ 】化はしないわ。でも、すでに霊核を有している者がいるならば、それらを吸収して更に強力化するでしょうね」
「マジかよ。けどよ、それなら【神使い】だって吸収してパワーアップできないか?」
 刀路の疑問に緋文は頷いた。
「確かに【神使い】と【 眩夢 げんむ 】を霊能力現象と一括りにすればね。基本的に霊質が同調しなければ吸収したり共鳴・共振したりはしないわ。【 眩夢 げんむ 】を吸収できるのは【 眩夢 げんむ 】――マイナスの霊質だけよ。教えたでしょう? 【憑喪神】を本体に憑依させるのと同じよ」
「ああ、思い出した」
 霊核を人工的に術式で生成する研究は行われている。しかし負の方向――【 眩夢 げんむ 】の核では生成できても、正の方向――つまり【神使い】能力者の霊核は創り出せていない。
 黒い感情によって常人が【 眩夢 げんむ 】化するのに対し、常人はどんな感情を抱こうが、今のところ【神使い】能力者にはなれない、と結論されている。刀路の霊能力も先天的なモノが、事故をきっかけで覚醒したに過ぎない。
「しっかりしてよ。そこら辺を混同されたままだと困るわ」
「勉強になるよ。そういった意味合いで鏡子さんは俺たちに頼んだんだな」
「それはどうかしらね」
 緋文には分っていた。鏡子が自分たちにこのような仕事を命じたのは、自身が多忙だからとか、勉強の為とかではなく、おそらくは自分と刀路に打ち解けて欲しいからだ。
 パートナーとなって一ヶ月以上、そして同居人になって一週間。
 依然として、二人はぎこちないままだ。
 通っている学校が違うので基本的に訓練時以外、顔を合わせないというのもあるが、たぶん本質的にはそれが原因ではない。
「帰りましょう、刀路」
「そうだな」
 二人はあっさりと現場を後にする。今日はこのままマンションに戻って、屋上の夜間訓練でまた顔を合わせるのだろう――と緋文は思っていた。
「……なあ、ちょっと寄り道していいか? バスに乗らなきゃならないけど」
 刀路は緋文にそんな事を訊いてきた。

 

 緋文が刀路に連れられてきたのは、詩燈 一二三 しとう ひふみ が眠る墓地であった。
 例の肝試しの前に来て以来だ。
「わたしに彼女――姉に祈れっていうの?」
「無理にとはいわない。ただ、紅瀬にも此処にひふみが眠っていると知って欲しかった」
「そう」
 それ以上は緋文には反応できなかった。感傷は湧かない。刀路が期待した通りに、ここに個人的に足を踏み入れるとは思えない。その意味を見い出せないからだ。
 献花し線香をあげ、軽く掃除して墓参りは終わった。
 緋文は刀路の背中を追ったが、霊園の出入り口で、つい口に出していた。
「此処に彼女の魂はないわ。刀路は知っているはずでしょう」
「うん」
「ならば何故? 祈りを捧げるのならば、自分の うち でいいはずよ。刀路の中には墓標よりも相応しいモノが宿っているわ」
「分っちゃいるんだけどな。俺はお前と違って一般的なイメージに囚われているんだよ。祈るのならやっぱこういったシチュエーションの方がいいんだ」
 刀路とて霊能力者である。緋文に指摘されるまでもなく、この霊園には霊的な要素が無い事くらいは把握していた。此処は霊や魂など眠っていなく、物理的にはただ石と花で埋められている場所に過ぎない。
 それでも此処は特別な場所だと思えた。
「でもさ。霊的な力や思念が無いってことは、きっとそれだけの意味があるんだよ。俺にはそれがとても大切だと思う」
 緋文は何も言わなかった。
 そのまま二人はバス亭まで歩いたが、次のバスまで待ち時間がある。
 傍に自販機がある。刀路は喉が渇いたので自分が飲むスポーツドリンクと、緋文の分も買った。ベンチに座っていた緋文は素直に受け取った。刀路も隣に腰掛ける。
「ノンカロリーでよかったんだよな?」
「ええ。ありがと」
「どういたしまして」
 共に笑顔はない。出逢ってから、ずっと互いの笑顔を見ていない。
 笑わない人間なのだ、と二人とも互いに気が付いている。
 妙な沈黙ができる。こんな風に共に時間を過ごすのは、初めてであった。
「ねえ、訊いていい?」
「なにを?」

 

「――刀路にとって一番大切なモノってなに?」

 

「なんだよいきなり」
「刀路が【パンドラ】で戦いたいって動機や理由は、確認したし理解しているつもり。もう引き返せないしね。だけどその為に生活を変え、人生を変え、犠牲にするモノを理解しているのかなって、ちょっと気になったから」
「している……つもりだよ」
 だが、裏腹に歯切れは悪かった。
「本当に? なら、例えば美月 みつき との関係は、これからどうするつもりなの?」
 意図的に避けている事を見破られる。
「最初から俺とアイツじゃ、釣り合いなんてとれないから」
「釣り合い?」
 不愉快そうに眉根を潜めた緋文に、刀路は苛立たしげに本音を漏らす。
 初恋の相手は――美月だった。
 小さかった頃は、庶民の自分も御令嬢の幼馴染というだけで、佐倉家のパーティーに参加していた。時には政財界の大物だって出席する格調高い豪奢なパーティーにだ。
 いつ頃から佐倉家の対外的な行事に出なくなったのだろうか? たぶんその時期あたりから、美月は自分の幼馴染という日常の顔と、大企業の御令嬢という社交界での顔を明白に使い分け始めたと朧げに覚えている。その当時は寂しさに憤ったものだ。
 資産家の御令嬢・佐倉 美月 さくら みつきには、政財界繋がりでの婚約者候補が何人かいる。その誰もが刀路とは一切面識のない上流社会の者ばかりだ。それだけではなく、今では美月の社交面を全く知らない。
 ある日。美月の凛々しい横顔を見て、ふと幼馴染を遠く感じた。本来ならば住む世界が違う人間なんだ、と理解した時に、初恋は唐突に終わった。
 そして覚悟はしている。学生時代が終われば、美月との接点は消えるのだろうと。
「どうせ俺なんかじゃ、美月には相応しくない」
「で、美月の負い目につけこんで、せめて一時ながらの肉体関係……と。最低な男ね」
「本当だな、まったく」
 口ではそう言ったが、刀路は怒りを抑えていた。
 自分と美月の苦しみなど、他人には絶対に理解できないのだ。
 だから――誰にも踏み込んで欲しくない。
「一度だけ、一回だけ本当の勇気を振り絞って『愛してる』と美月に告げれば、全てが変わると思うんだけど? 姉――詩燈一二三も生前からそれを望んでいた」
「ひふみも?」
「刀路の本心に気が付いていなかった――とでも思っていたの? やっぱり最低ね」
 ひふみはそれを承知で刀路との交際を受け入れたと、緋文が冷酷に告げる。
 仮に刀路と美月の仲が上手くいけば、身を引くつもりだったとも。
「そっか……。ひふみが」
「状況から、時間、残されていないっぽいわよ。早く美月を捉まえないと、本当の意味で手遅れになるかもね。こういう勘って割と当たる方なの」
 これで話は終わりと、緋文はベンチから腰を浮かした。

 

       

 

 曇天で鉛色の蓋をされた暗い深夜。
 ふたつの人影が、マンションの屋上で幾度となく交錯していた。接近しては離れ、離れては接近する。
 片方のシルエットは長髪の小柄な女性。
 もう片方は男性のシルエットだ。
 二人は激しく動き合い、交差の度に、鋭い撃音が夜空へと残響する。
「ほら、また動きが雑になってきた。フォームが崩れて楽に動こうとしているわ。そうすると速度とキレが落ちて威力が伝達しないって、何度も言わせないで」
 女性が男性に罵声を浴びせる。
 男性は激しく息を切らせながら、その発破に言い返す。
「もう避けるだけで精一杯なんだよ!」
「だから――型が崩れた急場凌ぎの避けは、逃げだって言っているでしょう」
 女性が、男性に追い討ちを厳しくする。二撃目、三撃目、と防御する度に体勢が大きく崩れていく男性は、どんどん次の動きに余裕を失っていく。
 型通りの動き――つまり約束組手――で、正確かつリズミカルに攻撃する緋文。
 対して、来る攻撃の組み立てを知っているはずなのに対処しきれない刀路。最後の最後で、打ち合わせから外れた予想外の軌道の蹴りを放つ緋文。鋭利に唸るつま先に反応して刀路は一見ダイナミックな上体の動きで見事に避けてみせる、が、
「勘と我流で避けるのは大したものだけど、それだと動きが大き過ぎて次の攻防に間に合わなくなるって何度いえば分るの? 威力もキレも維持できない」
 攻撃と同時に叱責が飛ぶ。
 刀路の動体視力と防御勘に感心しつつ、緋文は蹴り一撃だけを即興で追加する。かなり手加減した一蹴だったが、前の防御動作が無駄に大き過ぎた為、次の防御にすら入れず、刀路は無防備で頭部を直撃された。
 背中から派手にダウンする刀路。
 ダメージよりもスタミナの方が限界なのか、息切れが激しくこれ以上はもう動けない。
 冷然と見下ろす緋文は、今夜の訓練を締めた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
 訓練が終わっても、刀路は寝転がったまますぐに起き上がる事ができなかった。息が上がり胸が大きく上下している。訓練において霊力循環による身体強化は禁止されていた。
 強さの土台は自分の身体と基礎体力であるからだ。
「……ちっくしょう」
「不満そうね?」
「そりゃ、いい加減にこっちからも攻撃したいぜ。しかも防御しか教えてくれないし」
「駄目よ。まずは防御から徹底的に」
 中学時代に全国制覇した剣道。ボクシングに総合格闘技。これだけの格闘技術を訓練している刀路であっても、緋文には歯が立たなかった。スパーリングどころか約束組み手でさえ、ろくについていけない。緋文も霊力循環による身体強化は使用していないというのに。
「ちくしょう……」
「悔しさは訓練にぶつけなさい。今やっている事は【パンドラ】の総合戦場格闘術では基礎の基礎なんだから。とにかく最初は正確なフォームを身体で覚えること」
「先は長い――ってか」
 同じ剣を使う者として刀路は、緋文の剣――《鬼哭流闘法・剣技》を学びたいと希望していた。だが、現段階では剣を手にしていいレヴェルではないと一蹴されている。
 緋文自身《鬼哭流闘法・剣技》の師範代を師から授かったのは約二年前で、それも剣技のみとだという。鬼哭流の八技法全てを収めるには、軽く十年は掛かるそうだ。
 彼女の史上最年少での【対DD戦闘員】合格には、《鬼哭流闘法》の存在が大きかった。
「一通り型を復習して、軽めのシャドウを三Rほどやってから練習をあがりなさい」
 以前から気になっていた疑問が、刀路の口からついて出た。
「なあ、俺につきっきりで鍛えてくれているけれど、自分の訓練はいいのか? 紅瀬だって規定量は消化しなきゃいけないんだろ? 俺じゃ練習相手にはなれないけどな」
「心配無用。これからチームに合流して徹夜で行う予定だから」
 緋文の練習パートナー二名とフィジカル・メンタルの両トレーナーの計四名が、関東本部からマンションの通勤範囲内に引っ越してきている。
「体調は大丈夫なのか? 睡眠時間や休息時間だって規定分は摂らなきゃならない、っていうか、いくらタフでもそんなんで身体がもつのか?」
「愚問ね。睡眠なんて学校で摂ればいいじゃない。それに任務は深夜も少なくないから、ある程度は徹夜にも慣れておくのも訓練よ」
「じゃ、授業は? 洸蘭女子って偏差値高くなかったか? 試験は平気なのか?」
 緋文は平然と答えた。
「二度ほど受けた小テストは、見事に一問も正解できなかったわね。一応、通信教育で高卒程度の学力はあるはずなんだけど。流石に関東有数の進学校だわ」
 基礎学力だけでは、高偏差値の進学校のテストには太刀打ち不可能だ。
 とはいえ、きちんと授業を聞いてさえいれば、いくらなんでも正解ゼロにはならないだろう。この無残な結果だけでも、普段の緋文の授業態度が推して知れた。
(れ、零点かよ。しかも開き直っているし)
「……なによその顔は。別に将来、学歴が必要になる予定はないから。極端な話、卒業や進級にも興味ないわ。そんな無駄な事にエネルギーを注ぐくらいなら、その分もっと強くなる為の努力をしたいもの」
「そりゃ確かに戦いを生き残る為には強くなる必要があるってのは知っているが、俺がいうのもなんだけど、学校生活ってそういうものじゃないだろ」
 あまりに極端に過ぎる。
 緋文の気持ちは理解できる。確かに刀路もかつては似たような心境だった。ただ復讐さえ果たせれば他の事なんてどうでもいい、という偏った思考回路だ。
 しかし、今では目が覚めている。そういった考え方は――正しくない。心を蝕む。
「強さは俺たちに必要なのは認めるけど、それだけが全てだとは思わない」
「そういう立派なことは、まずは一人前になってから言って」
 緋文は寝転がったままの刀路を置いて、一度も振り返らずに屋上を去った。

 

 緋文が屋上から去った後でも、刀路は仰向けになったまましばらく空を見ていた。
 どんよりとした昏い黒天。まるで今の自分の心境のようだ。
 すっきりしない。色々と。迷いではなく、つかえのような感覚である。
「なぁに緋文を怒らせているのよ」
 ぬっ、と刀路の視界に頭部が侵入してきた。暗くて細部は分らないが見慣れた造形だ。
「――またきたのか、美月」
「ええ、またきたわよ今夜も」
「浅間はどうしてる?」
「ほぼ自然治癒による浄化は終わっているってさ。精神力の強さに担当医も呆れていたって自慢してたわ。元気過ぎて入院生活は退屈だそうよ。アンタも見舞いなさいよ。顔出したの初日だけじゃない。ホントにずぼらね」
「ちゃんと見舞うから怒るなよ。で、今日も鏡子さんは来ていないのか?」
「鏡子さんは仕事が入ったって」
「忙しい人だな」
「夜食の用意、できているから。身体が冷えない内に戻ってシャワー浴びなさいよ」
「……型の復習やってからな」
 美月はフッと笑顔になった。柔らかいというか、少し寂しげな。
「――そう。頑張りなさい」
 そう一言だけ残して、美月はさっさと屋上から出ていった。
(……)
 最近の美月は自分を意図的に突き放そうとしているようだ、と刀路は感じている。
 そういえば、緋文が隣に越してきて、美月が実家に戻ってから一度も肌を合わせていない。美月に何かあったのだろうか?
「ま、あれこれ詮索したってしゃあないか」
 別に喧嘩をしているわけでもない。
 美月には美月の考えがあるだろう。
 今さら余計な口を出す関係でもない。
 力になれる時に全力を尽くせばいい。
 雑念を追い出して、刀路は身体を起こした。汗が引いて夜風が冷たい。体力は回復している。だが身体が冷えているので、故障予防の為にもまた準備運動から始めよう。

 

       

 

「貴女も、物好きね」
 屋上から出ててきた美月に、緋文が声をかけた。階段の手すりに背を預けている。
 どうやら待っていた様子だ。
 美月はすれ違い際に、逆に訊いた。
「そういう貴女は戻らないの? 身体が冷えるんじゃなかったのかしら」
 どっちが本当の物好きなんだが、と美月は緋文をからかった。
 緋文はしれっと言い返す。
「専属トレーナーとしては、サボらないかどうか見届ける義務があるから。口だけ一所懸命で行動が伴わない人間って多いのよ」
 美月は階段を降りる足を止めた。
「ねえ、トージは使い物になりそう?」
「心配? ……そうね。努力はしているわ。たぶん死に物狂いで。今はそれだけは認めているってところかしら」
「努力が苦痛なら、大人しく【英霊】を放棄して護られる側に戻るべきだわ。聞きたいのは、トージが一人前に強くなれる可能性よ」
 そうでなければ、仕事場――戦場で死ぬだけだろう。だから容赦なく鍛えて欲しかったし、仮に使い物にならないのならば、できれば実戦には送らないで欲しかった。
「……分らないわよ。専門外だもの」
「そっか。貴女も大変なのね」
 大事な話があるから少しだけ時間をくれない? 美月は緋文にそう確認した。
 美月の真剣な視線を、緋文は真っ直ぐ受け止めた。

 

       

 

  紅瀬 緋文 くぜ ひふみにとって、無理に与えられた学校生活はウザったいコトこの上なかった。
(しかも、これのどこが『普通の』小学生の生活なのよ?)
 不満とストレスだけが積もっていく。
 そもそもこの学校、私立洸蘭女子学園がまったくもって『普通』からかけ離れている、いわゆるアッパークラス限定の超お嬢様学校だ。その上、女の花園である女子校。そして緋文はお嬢様どころか、女の子らしいという点ですら危うい。だが美人。それも凛々しい系で男前であった。加えて、もともと閉鎖的な環境にあって、他所からの転校生という要素自体が目新しい。
 ここまで材料が揃えば、結果は明白だ。
 緋文は編入二日目から女子生徒からのラブレターをわんさか貰う羽目になった。
「ひふみん、ひふみん、くんくん、好い香りです」
 背中越しの鼻息が、本当にウザったいコトこの上ない。
 昼休み。庭の木陰で昼食を摂っている自分の背中にひっついて、鼻をクンカクンカさせながら恍惚となっている変態少女に、心底からうんざりする。まさに最悪である。
 この変態少女の名は、宮王寺 撫子 みやおうじ なでしこ
 宮王寺財閥。財閥は通称で正式にはコンツェルン。緋文ですら知っている【パンドラ】有数の大スポンサー――の御令嬢らしく、緋文に参ってしまった女子生徒を強引に統率して『ひふみんオフィシャルファンラブ』を設立した猛者だ。もちろん巧みな交渉術でオフィシャルを勝ち取り――非公認のファンクラブなら他にもある――自分はちゃっかり会長の椅子に居座っている。
 深窓の美少女だが、真性のレズだった。
「かわいい。本当にかわいいわぁ。食べてしまいたいわ。あぁ、――くんくん」
 怖気が走る。ガチで逃げ出したかった。
 しかし、この撫子のお陰で、行き過ぎたストーカー行為が無くなったのも事実なので、あまり無碍にもできない。しかし緋文の背中に鼻を擦り付けて、腰をカクカクと振っている様は、発情している雄犬だ。本気で勘弁して欲しい。初めて義父ちちを半ば本気で恨む。普通の公立共学校ならこんな惨状にはならなかったはずだ。そもそも一生徒のファンクラブ実在自体が、異常である。
 背中にひっついている変態に我慢しながら緋文が弁当を食べ終えると――
 仕事連絡専用の着信アラームが、スマートフォンからけたたましく鳴った。
 途端に緋文の表情が一変する。瞬時にプロのエージェントへと切り替わった。
「どうしたの、ひふみん?」
 撫子は緋文の変化に背中から離れる。
 好戦的な雰囲気を隠そうともしない緋文は、まるで血肉に飢えた獣のようだ。
 事実、緋文はここ最近、遠ざかっていた戦闘に飢えていた。

 

       

 

「ほら、もっと急いで!! 刀路!」
「全速だよ、鏡子さん!」
 自宅マンションの屋上ぺリポートで、刀路と鏡子は待ち構えていた緋文と合流した。
「――遅いわよふたり共」
 すでにヘリコプターが待機している。
 ヘリが巻き起こす突風で、緋文の漆黒の長髪が派手にたなびいていた。
「いくわよ!」
 三人揃ったところで乗り込むと、ヘリはもの凄い速度で上空に駆けた。
 時間がない。出発すると、三人は即座にヘリコプター内で緊急ミーティングを始める。
 目的地は関東を外れてS県の県境。
 そのS県外れの事件現場まで約三十分かかる見込みだ。到着するまでに最低限の情報整理を済ませる。現場に到着すると同時に、すぐにミッションの準備に入る予定である。
「ったく、どうなっているんだよ? まったく事前連絡がなかったぜ」
 訓練生扱いの刀路には、スマートフォンに連絡すらこなかった。いきなり鏡子に呼び出され、強引に連れてこられたのだ。緊急性の高い仕事とはいえ、管轄外からこんな形で召集がかかるというのは、流石に普通ではない。【パンドラ】は情報伝達ラインが雑な二流組織ではないのだ。
「落ち着いて。これから詳細を説明するから」
 鏡子が刀路をたしなめて、話し始めた。

 

【ケースDD】、つまり【 眩夢 デーモンドリーム 】事件は、大別して二つの規模に分類されている。
 ひとつは、個人クラスの事件だ。
 このケースは、担当の諜報捜査員が戦闘の陣頭指揮も行い、地域本部から派遣してもらった【対DD戦闘員】と組んで、個人レベルで現場を処理する。事後処理も可能ならば諜報捜査員個人で済ませてしまう。およそ九割近くがこの小規模の個人レヴェルで解決可能な事件である。発生件数の絶対数も多い。
 対して、もうひとつは災害クラスの事件だ。
 このケースに認定されると、事件の指揮監督権はその時点で、調査を行った諜報捜査員から、随時に設立される作戦本部の責任者へと移動される。つまり組織的対策活動に移る。対DD実働処理部隊が動き、全力で戦闘に当たる【対DD戦闘員】をバックアップ。以後も、徹底した組織的情報規制が継続される。個人レヴェルでは対処不可能な事件に、組織レヴェルでなければ実行不可能な対処を施す。
 必要ならば、国連から政府や地方自治体に圧力をかける事もある。【パンドラ】という組織の真価と本当の存在意義は、小規模事件に専門人材を派遣するのではなく、こういった大規模事件の独力解決にあるのだ。
 そして今回の事件は後者のケースだった。

 

「――【 眩夢 げんむ 】の原因になっていると目されているのは、先月の工場ガス爆発事件で亡くなった人たちの複合怨念よ。それが【 眩夢 げんむ 】というカタチで霊的に顕在化した」
 最初から怨念だったのではない。
 大切な人や家族、夢や目標といった様々な想いが、現世への未練と収束し、土地の霊脈によって【 眩夢 デーモンドリーム 】になってしまったのだ。
「で、どうしてわたし達が予定外に呼ばれているの?」
「【ケースDD】と二次災害が重なったのよ。工場爆破事件で傷んでいた工場が、よりにもよって突入時にドンピシャで崩れちゃって、対応に駆り出された六名の戦闘員――Aランクが一名にBランクが二名、残りはDランク――が、最悪のタイミングで下敷きよ」
「倒壊くらい想定できなかったの?」
「戦闘の影響で弱った建物が崩れるっていうのはよくある事だけど、いや、ほんと、いきなり突入口の一部分のみが崩落したみたい。さすがに不運すぎるでしょう、これは」
「それでピンチヒッターに俺たち、か」
「作戦の再実行が予定されている三時間以内に確実に用意可能な戦力となると、他に見つからなかったってコト。本来なら事前の二次戦力確保は基本中の基本なんだけど、残念ながら今の【パンドラ】には、そこまで戦闘系【神使い】能力者についての人的余裕はないのよ」
「作戦延長って選択肢は?」
「そうすると、現場の工場の爆破処理期限に間に合わなくなる。その土地ってすでに買い取られていてね、【パンドラ】の再介入にはまた色々な事前手続き必要になるのよ。もし災害クラスの【 眩夢 げんむ 】を放って置いたまま檻でもある建物を爆破なんてしたら、それこそどんな大霊障が土地を汚染するか……。加えて、成果ゼロで虎の子の戦闘系【神使い】数名を病院送りにしてお終いってワケにもいかないわ。今回の規模の作戦だと、責任問題が関東局上層部のパワーゲームに飛び火しかねない。てか、それくらい察して」

 

       

 

 刀路たち三人は予定時間で現場に着いた。彼等を出迎えたのは見知った顔だ。
 三人はすぐに彼女の元へ駆ける。
「ゆり子さん」
 待ち構えていた彼女は、現場指揮官として説明・指示した。
「――来たわね。待っていたわよ。簡単に説明すると、定例部隊長会議で近くに来ていたので《ブレード》の運用決定に伴って、この織部 おりべゆり子が現場指揮権を前任者から譲り受けたの。ここの部隊には、私の教え子も多いしね。……なにボサッと突っ立っているのよ、二人共。敬礼している時間があるのなら、早急に【耐Gバトルスーツ】を着用しなさい。会議のプレゼンで資料として提示予定だった緋文のヤツが一式用意してあるし、専門技術スタッフも待機しているわ。それからアレも使用許可は下りているから」
「なんか、すごい偶然ですね」
「全くの逆よ。必然なの。身一つで召集かけるなら流石に緋文以外でも当てはあるわ。いくら人材難だといってもね。【耐Gバトルスーツ】が短時間で手配できて、そのスーツとセットで揃うのが《ブレード》のみだったってだけ」
 その間にも、刀路とゆり子の会話の外で、準備作業は始まっていた。
「案内します。こっちに技術者 エンジニアチームが揃っています」
 いかにも真面目で優等生然とした中高生くらいの少女が、緋文を先導して連れて行く。どうやら彼女は緋文と面識があるようだ。ゆり子は緋文の背中に声を掛けた。
「二十分以内にセッティングして。作戦の再開始は三十分後を予定しているわ」
「了承しました」
 ――【耐Gバトルスーツ】。刀路の記憶と知識にもある。全身アーマー付きの漆黒のライダースーツのような装備だ。今では資料を読んで勉強しているので、わざわざ説明されなくとも、正確に知っている。身体各部を精査されたデータと、運動能力や戦闘スタイルまでもを計算に入れて、個人個人に対して個別設計されている最先端科学が結晶した戦闘衣裳。身長、体重、骨格形状と骨密度、筋量、体脂肪率、含水分量などの微細な変化まで設定に投影させているのだ。
 そのスーツを各部に仕込んである剛性マイクロチップと、体内に注入するバイオナノマシンによって、外部コンピュータシステムとリンクさせて運用するのだ。装着すると、防御力の上昇のみならず、戦闘力は平均三十パーセントも向上するという代物である。
 ただし共通しているのは外観の印象だけで、中身はひとりひとりまるで別物というフル・オーダーメイドである。規格部品が最小限の為に、一着にかかる開発コストが約二億円で、平均半年以上の製造期間を要する。維持費も年間数百万単位。保全管理や微調整も専属技術スタッフが一度の戦闘毎に改良を加えながら繰り返していく。
「本来なら刀路にも、量産規格品の【耐Gバトルスーツ】を着せたいところだけど、今回は我慢して頂戴。間に合わなかったのよ。使用訓練の規定時間をクリアしていないしね」
「はい。大丈夫です」
 当然ながら、規格品の戦闘スーツも、蓄積された各【神使い】能力者の戦闘ノウハウが注入されて並行開発されている。鏡子が着ていた簡易型スーツや、一般の対G兵士が装着しているスーツがそれである。
「――それでは《ホークアイ》。貴女には私の補佐をお願いするわ。《トレーサー》から詳細な情報を引き継いで。五分与えますので速やかに」
「は」と、鏡子はプロの顔で返礼した。
 それきり、現場の誰一人として新人で素人同然の刀路に構う事はなく、実戦を迎える緊迫感の中、慌しく時間が過ぎていった。
 その場にいる誰もが、テキパキと熟達した動きで己の役割・仕事をこなしていく。
 日常とは空気が違った。
(これがプロの現場かよ……)
 まだ見習い段階の自分などお呼びでない。場違いだ。かつて繰り返していた戦闘は、まさに子供の遊びである正義の味方ゴッコだと思い知る。
 刀路はその厳しい圧倒的な雰囲気に呑まれて、所在なく立ち尽くすだけだった。

 

 そして、作戦の第二次決行の時刻。
 部隊は再編成されていた。
 総勢四十名を超える支援部隊が二手に別れて再配置された。《ホークアイ》及び《トレーサー》の両名が、それぞれの分隊指揮を任されている。
 現場の総責任者である織部ゆり子の前には、準備を終えた《ブレード》と、見習い扱いの刀路が整列している。ゆり子は厳かに最終確認を始めた。
「これから貴方達には【 眩夢 げんむ 】本体の中枢に突入してもらいます。本体が潜んでいる建物の内部箇所に変動はありません。《ホークアイ》の【 使神 シシン 】による霊力場測定値 アナライズ を加えて、再演算したところ、その霊力場の影響で推定値よりも四十パーセント近く建物の耐久度が落ちている事が判明したわ。よって支援部隊の援護は建物外のみで、突入後の建物内には一切行いません」
「つまり――実質は単独での戦闘ですね」
 厳しい顔でゆり子は首肯した。異例であるが、緋文がSランクゆえの強攻策である。
 だが、ゆり子は勝算十分と判断した。
「現時刻をもってして、織部ゆり子の権限により《ブレード》に戦闘制限の全解除、および突入後の現場裁量権を認定します」
「――了承しました」
 緋文は凛然と返礼した。次いで、ゆり子は緋文から刀路へと視線を移す。
「次は刀路、貴方についてだけれど……、暫定的に独自裁量権を認めるので、何が何でも生き残って頂戴。英霊《火巫御ヒフミ 》は半自律行動が可能な【 使神 シシン 】よ。自分の身を護る事だけならば可能と判断しました」
「え、待って下さい。俺も紅瀬と一緒に戦ってはだめなんですか?」
 刀路の脳裏に、山岸から聞かされた緋文の過去がフラッシュバックした。
 彼女と一緒に戦いたい。
 緋文は刀路の態度にそっと溜息をつく。ゆり子は発言許可をしていないのだ。そしてここは作戦本部――戦場である。だが、ゆり子は特に刀路の態度を咎めなかった。
「今の貴方では足手まといです。貴方には戦力として期待していません。規則上、緋文の単独戦闘が認められていない為の、形式的処置に過ぎません。今は自身の実力を弁えて自分の身を護る事だけに専念してください。そして、万が一《ブレード》が戦闘不能状態に陥ったのならば、即座に撤退しなさい。またこちらからの撤退指示には迅速に従って」
 屈辱を感じた。自分だって実戦を目指して鍛えているのだ。ぐ……、と刀路は奥歯を噛み締める。緋文が危機に瀕しても手を出せないばかりが、見捨てて逃げろ、と云われている。口惜しくて情けなかった。一緒に戦いたかった。共に戦い、少しでも助けたかった。
 最後に、ゆり子は鋭く刀路に訊く。
「返事はどうしたの? ――答えなさい《ファントム》」
「《ファントム》? 俺のことですか?」
「現場で使用するには、規則外の見習いとはいえコードネームが必要なのよ。そういう事情で以後の貴方のコートネームは《ファントム》となります。以上です、返事は?」
 ファントム――恋人の幽霊を武器として、実戦に際して幽霊にも等しいお荷物。確かに今の自分を呼び指すコードネームとしては、これ以上なく相応しい異名だった。

 

 ――いよいよ突入開始直前。
 半メタルチックな黒装束を纏った少女に、スタッフから大振りの太刀が手渡された。
 緋文は鞘を抜いて、鞘だけ返した。抜き身の刃が鈍く光る。
「ひょっとして、その刀が?」
「そうよ。わたしの使神 シシン 月皇 つきおう )}}》を【付喪神】として宿している本体。銘は《 紅蓮神威 ぐれんかむい )}}》。なんでも逸史の神刀らしいわね。封印を解いて本体に憑依させた状態の【付喪神】は霊体だけの状態よりも遥に強力な【 使神 シシン 】として機能するわ。確か教えていたはずよね」
「ゆり子さんが言っていたアレって、この刀の事だったのか」
「ええ。わたしのGスーツと一緒にプレゼン用資料として提示する予定で運んでいたの。ちなみに、コレはわたし個人の所有物ってわけではないから。霊魂である《月皇 つきおう )}}》が主として認めてくれているのとは別でね。基本的に個人の判断で持ち運べる物じゃないのよ」
 戦闘前で気分が高揚しているのか、緋文の双眸は爛々と輝いて見えた。
 ふたりは所定の位置へ歩き出す。
 各々の配置についたスタッフは、みな最終点検作業を一時中断して、踵を揃えて緋文に敬礼する。誰もが真剣な表情だ。単独で死地へ赴く少女への敬意。現場の人間は、こうして【 眩夢 げんむ 】に挑み、そして儚く死んで逝った若者をこれまで数多く見送ってきた。
 年端もいかぬ幼い少年少女たちを、決戦兵器として扱わねばならない、自分たち大人の不甲斐なさに胸を痛めながら。
 もっとも当の緋文に思うところなどない。最効率的な適材適所――能力のある者が相応しい仕事をこなすのは義務だ。戦闘員はそのようにメンタルコントロールされている。
 やがて配置箇所で二人の足が止まった。
 沈黙と緊張が現場一帯に張り詰める。
 最終確認の点呼が終わり、各人時計を合わせてカウントダウン。――三十秒後。
 総指揮者であるゆり子の声が響いた。

 

「《ブレード》突入! 作戦開始!!」

 

       

 

 緋文は召喚した【 使神 シシン 】を本体である大太刀に憑依させると、地面を蹴って突入。
 地面一蹴り毎に一直線に加速していく。
 刀路も慌てて【 使神 シシン 】を召喚する。霊力を全身に循環させてなんとか緋文に付いて行く。だが、あまりのスピードに背中を追うのが精一杯であった。
 工場内に飛び込んだ途端――

 

  其処は、悪夢が戦場という異世界として顕在した、文字通りの魔界だ。

 

「ぅ、ぅうぉぉおおおぉおおおぉおっ!?」
 なんだこれ!? 刀路の全身が瘧慄いに立ち竦む。
 なんて恐怖だ!
 いままで経験した修羅場とは桁違い――どころか想像すら追いついていなかった。とても戦うどころじゃない。あっさりと闘志など消し飛ばされて、ただ怖い。恐ろしい。すぐに頭を抱えて逃げ出したくなった。
 醜悪な貌をした邪霊が弾丸となって飛びまわっている。
 足元で蠢く沼は、血と腐った肉とが混ざり合ったモノだ。霊的存在のはずが、まるで実在しているようにしか視えない。
 此処はいったい何処なんだ?
 飛び交わっているのは、自分が知っている暴力どころではない『死そのもの』だ。これが……戦場!! もし負ければ――死ぬ!!
 突入前の自信など霧散していた。
 思考を放棄して、頭の中が真っ白に――


「気をしっかり保って!! 訓練を思い出しなさい!! 型を崩さないで全身で動くッ!!」

 

 緋文の叱責が耳に届く。
 彼女はこんな状況にあっても刀路を気にかける余裕がある。刀路はその声に縋った。
「~~ッ!」
 懸命に、ただ無心に、特訓を脳裏になぞりながら防御のみに専心する。しかし、それでも攻撃を受けそうになるが、その攻撃は半自律で動く英霊《火巫御ヒフミ 》と、緋文の刃がフォローしてくれた。
 攻撃? 《火巫御ヒフミ 》を炎の剣にして手に取る? 《火巫御ヒフミ 》を制御する? 無理だ。そんなのは無理すぎる。己の不甲斐なさを情けないと感じる暇さえない。
 刀路はワケガワカラナクなりながらも、ただ必死に防戦した。気がつけば泣いていた。泣きながら戦った。泣いている自覚はない。作戦前に、小便と大便を全て出し尽くしておけと下剤を飲まされた理由が身に染みた。しかし今はどんなに無様でも構わない。
 死にたくない。
 恥も外聞もない態で、必死に逃げた。身を護った。それが、それのみが刀路の戦いだった。緋文を守る為でも【パンドラ】の任務を達成する為でもなく――
 ただ今この場を生き残る為だけの。

 

       

 

 二人の戦闘系【神使い】能力者が、工場内に突入した瞬間。
 ぉごぉぉおおおぉおおおぉおおぅぅう!!
 中に潜んでいる巨大【 眩夢 げんむ 】が、自らを侵す異分子に対する拒絶反応のように外界――すなわち建物外――へと、大小様々な霊障を撒き散らし始めた。
 工場全体が不気味に震動し、あちこちの窓から【 眩夢 げんむ 】の欠片が飛び出してくる。
 様々な形状の霊的ケダモノだ。
 対G兵士部隊は、必死になって応戦した。
 頼りの【対G霊葬兵装】である特殊銃火器類をぶっ放すが、その銃弾や爆撃では牽制程度にしかならない。だが、溢れた霊障が土地を汚染しないよう、逃げずに踏み留まるのだ。突入している少年少女の為にも、少しでもダメージを与えなければならない。
「うぅぉおおおっ、死んでたまるかあ!」
「娘が生まれたばかりなんだ! こんなところでぇ……う、ぅうわぁああああッ!!」
「し、篠崎ぃぃいい!! よくもぉ!」
 銃声と断末魔が悲痛に、苛烈に交じり合う。
 戦場では主役も脇役もない。
 そして死は平等だ。
 彼等も、有効とは言い難い装備でありながら、命を賭して戦っている――

 

       

 

 異界の主は、双頭の巨大蛇であった。
 ざっと見積もっても二十メートルは超えているサイズだ。しかも手足が無秩序に生えており、まるで蜘蛛の糸のように張り巡らされている。巨大だ。あまりに巨大過ぎる。
 廃工場全体に巣食う悪魔。いや悪夢。
「――このバケモンが、本体か」
 あちこちの軽症から血を流しながら、刀路は恐怖で立ち竦んでしまった。ここまで何もできなかった。必死に緋文の姿を追い、自分の身は《火巫御ヒフミ 》任せだった。半自律行動する【英霊】のフォローが命綱だ。
 立っているだけで精一杯。すでに精魂尽き果てていて、涙さえも枯れていた。
 対して、緋文は無傷に近い。素人である刀路とは戦闘能力、戦闘技能が別次元である。
 思い知った。
 これがプロとアマチュアの差か。刀路の心は、とっくに折れていた。
 そんな刀路に、緋文は賛辞を送る。
「偉いわ。ちゃんと生きているみたいね。そこで見ておきなさい刀路。ここからが本番。これが本物の戦いってやつよ……!」
 チラリと刀路の健在を横目で確認すると、緋文は輝く太刀を正眼に構え直す。
「いくわよ《月皇 つきおう )}}》!! 我にチカラを!!」
 巨大な大蛇に敢然と血戦を挑んだ。

 

 ゆり子が乗っている指揮車両で、オペレータが悲鳴を上げた。
 そのオペレータの女性は、備え付け可能のノートパソコンの液晶画面を見ている。
「【耐Gバトルスーツ】にレヴェルB負傷反応!」
 逐一に報告を飛ばす。
 彼女は《ブレード》のモニタリングを担当している補佐官だ。赴任二年目の新人である。
 報告に対して、ゆり子は冷静に確認をとる。
「被害状況は?」
「右前腕部のアーマーが破断。腕は欠損していませんが単純骨折しています!」
 肉体欠損ならレヴェルA損傷だ。オペレータも単独戦闘という異例のケースへの不安からか、やや動揺気味である。ゆり子は細かいミスを一々注意などせず、淡々と指示する。
「マニュアル通りに対応」
「予備の右前腕部用収容アーマーを展開、エア圧を上げて擬似外骨格とします。――正常に作動完了。血流及び筋肉の動きに深刻な阻害はありません。呼吸、脈拍、血圧、許容範囲内。状態、オールグリーンに復帰」
 しかし、その僅か十二秒後――
「レヴェルC負傷反応が三! の、脳波にも異常発生! 意識が混濁、失神寸前です!!」
 オペレータの再度の悲鳴。半泣きになっている。
 ゆり子は知らず歯軋りした。やはり緋文でも単独戦闘では苦戦は免れないか……ッ!!
 Sランク屈指の二つ名《月の刀神》でもこれだけ苦戦する。可能ならば特Sランクを使用したかったが、自分の管理下に特Sランクはいない。Sランクの緋文が最強の手札なのだ。
 緋文が負ければ、良くて半壊で撤退、最悪で全滅。
 だが、自分が部下達に動揺を悟られる事は許させない。あくまで泰然と告げる。
「ヘッドギアに意識覚醒用電気ショックを。次いで興奮剤をパターンβで投与。その後、各負傷箇所の報告と対応」
「りょ、了解!」

 

 まるで台風の中に身を晒しているようだ。
 刀路は、太刀を振るう黒髪黒衣の少女と、双頭大蛇との死闘を見ながら、そう感想する。
 その光景に、ただ圧倒されていた。
 手出しなんてできるはずがない。自分の周りでは、霊障の余波と《火巫御ヒフミ 》が勝手に戦っていた。機械的な防御の最中、時折受ける浅い攻撃は、まるで他人事のように思えた。
 もはや現実感さえあやふやだ。
 しかも刀路の見間違いでなければ、緋文は少なくとも右前腕と左脛を骨折している。あり得ない方向に曲がるのを確かに見た。それを【耐Gバトルスーツ】の外層で無理矢理に応急処置して、負傷を無視して戦い続けている。
 小柄な身体は何度も枯葉みたいに軽々と吹き飛び、壁や床に激しく激突した。
 緋文はボロボロだ。
 腕と脚の骨折だけではなく、体中が裂傷と打撲、細かい骨折も数え切れないだろう。
 なかでも恐怖したのは、頭部を負傷して意識を失いかけた時に、ヘッドギアからの電気ショックで強制気付けされた時だった。
 こんなの、まともじゃない。彼女は死ぬことが怖くないのか?
 緋文の言葉を思い出す。『わたしは戦うだけの刃だ』という機械的な言葉を。
 死線に在ってなお好戦的に口の端を持ち上げる《ブレード》は、戦女神ではなく修羅そのものに見えた。
 そして、ふいに彼女の義父ちちからの話を思い出す――

 

       

 

 先日、刀路は本部から呼び出しを受けた。
「刀路くん。君に個人的なお願いがあるんだ」
 局長室に刀路が入ると、前置きなしで山岸が本題から切り出してきた。
「個人的?」
「……緋文を、義娘 むすめ をよろしく頼みたい」
 山岸は椅子から腰を上げ、深々と頭を下げた。その態度に刀路は困惑する。上司としてではなく、個人的な頼みというのが理解できなかった。
 返事をしあぐねていると、山岸は噛み締めるような口調で語り始めた。
 緋文の過去を。

 

 詳細は画像記録に残っていないという。
 そこは【パンドラ】によって運営されている児童保護施設のひとつであった。
 様々な理由から孤児として引き取られている子供達の園だが、霊能力や霊的資質が原因で預けられている子供が多数存在している。定期検査によって一定基準をクリアした者は【パンドラ】の教育機関に移るというシステムである。
 その当時――紅瀬緋文の霊的資質は微々たるレヴェルだった。
 彼女の霊的成長曲線からいっても、満十歳をもって検査対象から外れるはずであった。
 だがある日。
 緋文がいた施設は全滅してしまう。
 詳細は不明だが、幼い緋文を除き生存者はゼロだ。
 六十六名の死者の骸と、刀の【 使神 シシン 】――《月皇 つきおう )}}》を超えた『真の姿』を手にした緋文。
 どうやら現在の《月皇 つきおう )}}》はチカラをセーブした仮初めの姿であるらしい。
 彼女が【 使神 シシン 】と契約し、【神使い】能力者として覚醒している経緯も不明のまま。
 検査の結果、緋文は【 眩夢 げんむ 】化していないと結論された。
 催眠術・自白剤をもってしても、緋文は事件について何も語らなかった。
 そして緋文は【パンドラ】の教育機関へ移り、修羅の道を歩き始める。
 同時に、霊力制御を目的として《鬼哭流闘法》にも入門した。
 そこから先は、公式記録として残っている――

 

 過去というには、あまりに不可解かつ不明点が多すぎる話だ。
 刀路はひふみを喪った事件を思い出す。
「……娘は、私の所為で歩む必要の無い修羅の道を歩いてしまっている。もちろん、娘の意思で選んだ道だから、親といってもそれ自体を否定する資格はない。ただ、あの子は普通の生活とか、引退後の将来設計とかに一切の興味をもっていないんだ。悪く言ってしまえば、必ず訪れる戦いの終わりから目を背けて、刹那的に今だけを見ている」
【対DD戦闘員】は、三十三歳で定年して現場から引退する規則である。その後の人生の過ごし方は様々だが、多くの者が何らかの形で【パンドラ】を支援する道を選ぶ。代表的な例が、教官として後進の指導育成に携わったり、草の根的なスカウト活動だ。もっとも、九割が定年を迎える前に戦死し、定年まで生き残った者でも、バーンアウトをはじめとして、精神的に社会復帰が不可能となり、療養生活に専念している者も多い。
「このままでは、娘は無事に引退を迎えても正常な社会復帰どころか、【パンドラ】に残っても上手くやっていけないだろう」
「父親なんですよね? 血の繋がっていない義理とはいえ。だったら局長が自分で彼女と向き合えばいいんじゃないですか?」
「真二は、局長としては、娘のあの子だけを特別扱いできないの」
 ゆり子がそう窘めた。
「それでこういった非公式な形で、親として娘を託す――ってことですか」
「卑怯なのは承知している。ただ、娘には君との共同生活や学園生活に触れることによって、失念している普通の人生について思い出して欲しいんだ。できれば将来に対して夢を持って欲しいんだ。親としてあの子の為ならばできる限りの事をしたいと思っている。だが、私が親としてあの子にしてあげられる事が限られているのも、――また事実だ」
 山岸の下手くそな手料理は、刀路も味わっていた。
 大量に冷凍されてきたそれらは確かに不味かった。しかし愛情に溢れていた。
「分りました。俺に出来る限りの事はします」
 自然と刀路は、しっかり頷いていた。

 

       

 

  作戦開始より二十六分後――
 工場外へと及んでいた霊障が途絶えた。
 否、途絶えたというより消失した。
 その現象に伴って、死者二名と重傷者六名の犠牲で、支援部隊の戦闘は一時中断。
 オペレータが淡々と告げる。
「――【DD】本体の消滅を確認。拡散残滓はありますが放置可能レヴェルです」
 眼鏡の使神 シシン 万里鏡 カレイド・スコープ 》による霊視解析結果を、鏡子はヘッドマイクを通じてゆり子に随時、状況を報告していく。
「よし。現時刻をもって作戦終了とする。各部隊は速やかに撤収作業に入って。他の者は、交替で五分の休憩の後、各々の事後処理に当たれ」
 安堵を隠せない声音でゆり子は、次々と指示を飛ばし始める。
 現場は正真正銘、戦場の跡地だった。

 

 倒壊寸前にみえる廃工場の入口から、寄り添う二つの人影が出てきた。
 任務を完遂した紅瀬緋文と津久茂刀路だ。
 半ば呆然自失になっている刀路と、戦闘が終わり緊張の糸が切れたのか、意識朦朧となっている緋文。すでに【 使神 シシン 】を収めている為、歩くだけで精一杯の様子だ。刀路が彼女の《 紅蓮神威 ぐれんかむい )}}》を持ち、肩を貸している。不自然な肩の角度からして脱臼しているのは間違いない。失血も酷く、顔は真っ青というか、白い。呼吸と脈も今にも停止しそうだ。
 その様は重傷人を超えて半死人である。
 それでも、見事に生還を果たした。
 歓喜の大歓声がこだました。
 英雄の帰還に、現場スタッフが一斉に沸く。
 しばしの祝福ムードが一帯を包み込む。
「――医療班! 急いで!」
 賞賛の歓声と拍手が鳴り止まない中、【パンドラ】専属医療スタッフ陣が大急ぎで緋文をストレッチャーに乗せて運んでいく。【耐Gバトルスーツ】をモニタリングしているので、緋文の負傷状態はリアルタイムで把握していた。
 刀路も医療班に付き添おうとしたが、鏡子に止められる。
「待った。刀路が付いていっても邪魔なだけだわ。緋文なら大丈夫よ。あの程度の重傷なら珍しいってほどじゃないから」
 鏡子に促されて見ると、民間用の小型ヘリではく、運送用の大きなヘリに緋文が運ばれていた。ヘリコプターに詳しいわけではないが、あんな箱型のヘリは初めて見た。
「あれ【パンドラ】が独自開発した、中で大規模の緊急手術が可能な特殊救急医療ヘリ。ドクターヘリってやつよ。残念ながら民間じゃコスト的に運用は無理で【パンドラ】関係者でさえ、契約時に医療保障を最高レヴェルに設定されてるAランク以上の戦闘員限定の運用になっているわ。あの中で手術スタッフが待機しているから即オペが可能なの。それも普通の科学医療ではなく医療系【神使い】能力者による霊能手術がね」
「じゃあ、他の負傷者は?」
「あっちよ。彼等は待機済みの民間救急車両で陸路からの搬送になるわ。刀路も軽症とはいえ、応急処置はしてもらいなさい。ま、その程度の負傷だったら戦闘系【神使い】能力者の治癒力なら放って置いても自然回復するでしょうけど」
 刀路と鏡子が見守る中、その特殊型ヘリはほとんど姿勢を揺らさずに大空へ上がる。
 あっという間に空の青に混じって消えた。

 

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ここまでの解説

この章は、定番ともいえる「主人公への試練と挫折」である。

全体の尺の都合と読者のストレスを考慮し、そこまで深刻にはしていない。

そして、今回の事件により主人公が所属した退魔組織の実態を説明する。

残りはクライマックス。

この戦闘における余波が残る中、今まで撒いていた伏線が全てラスト(最終章)へと収束していく様を、ラノベ新人賞一次通過未経験者は参考にして欲しい。次でこの企画も最終回となる。山と谷――上げて落とす。下げて上げる、はストーリーテリングの基本中の基本だ。

 

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