僕は【戯れ記事《ゴト》遣い】

「戯れ言遣い」ならぬ「戯れ記事遣い」を名乗るブロガーです。 雑記系ですが、読んで損したと憤慨されても困ります。 だってコレは「戯れ言」だから――

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【実際に通過作で解説】戯れ言――ラノベ新人賞の一次通過のコツについて【第5回】

【実際に通過作で解説】戯れ言――ラノベ新人賞の一次通過のコツについて【第5回】

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さあ、戯れ言 記事 ゴト を始めようか――

 

 

前の第4回については、下のリンクを参照ねがいたい。

御免、本当にゴメン。なかなかサブブログの方を更新できなくて。時間は有限で、リソースはもっと限られており、従って記事の刷新が遅れていたメインブログの方に注力せざるを得ない状況だったのだ。お陰でメインブログは一段落したので、ここからは記事の追加に専念しても大丈夫――な筈。

この企画って、丸々1ヶ月以上も放置だったので、きっと誰も読んでいないと思われるが、それでも(サイトマップの見栄もあり)企画打ち切りは避けたいので、一応は最後まで掲載しよう。付き合って頂ければ、幸いだ。

◆合わせて読みたい◆

第四章 英霊(HIFUMI)

 

       

 

 手術中を示す赤ランプが消灯した。
 扉が左右に開くと、すぐに三人の女性看護師が押すストレッチャーで、患者が猛スピードで運ばれていく。
 全身麻酔によって深い眠りにある津久茂 刀路 つくも とうじは、幼子のように安らかな寝顔だ。
(あれが本来の刀路の貌、か……)
 千璃 鏡子 せんり きょうこ は、自分が知る刀路の顔と比べる。二年前から笑顔を棄てた少年。
 油断なく鋭く引き締まった野性的な刀路の現在の貌。暗い双眸。しかし、資料にあった事故前の彼は大人しそうで優しい表情をしていた。雰囲気は平和で凡庸で、剣道の中学生王者 インターミドルチヤンプという特技を除けば、どこにでもいる普通の少年だった。今は顔の造形は同じでも、まるで受ける印象が正反対である。
 環境は人間をこうも変える。鏡子はその事を身を以って知っていた。
「あ、先生。お疲れ様です」
「手術は無事に終わった。詳しい事は後から仲江にでも聞くといい」
 執刀医である初老の男性が、鏡子に一声掛けると返事を待たずに去って行った。彼に対して少し距離を置くように他の手術スタッフもゾロゾロと続く。
「ありがとうございました」
 鏡子は遠ざかる手術着の背に頭を下げる。軽く右手を挙げて医師は応えた。

 

       

 

 ……――刀路が目を覚ますと、まったく身動きが取れなかった。
 椅子に座っているというよりも、括り付けられている。
(なんだ? この変な服は?)
 背中に回された両袖が胴体に張り付いているのだ。両足も一体化構造で離せない。その上、椅子に全身が固定されていた。刀路は拘束衣という単語を知らなかった。
(あれから俺はどうなったんだ!?)
 思い出せ。状況を理解しろ。
 ひふみと同じ顔の女と戦った。家庭教師の鏡子は敵のスパイだった。肝試しは罠で、俺は二人に負けて、そして、ひふみの幽霊が姿を見せて、それから気を失った。目を覚ました時には、どこかの病室で取り押さえられて注射をされて――
 頭が重い。ただ一つハッキリと分かるのは、ひふみの霊を近くに感じない事だ。
「ちくしょう! ここは何処なんだよ! 離せよっ! 誰か聞こえているのなら返事をしやがれ!! ひふみの霊はどうなったんだよ!? 美月はどうなった!? ちっくしょぉぉお」
 諦めずにガタガタともがく刀路に、入室した鏡子が話しかけた。

 

「ああ、ようやく二度目のお目覚めね。とはいえ、本当の意味で目を覚ましてもらうのは、実はこれからなんだけどね」

 

「鏡子……さん」
「あら、まだ『さん』を付けて呼んでくれるのね。嬉しいわ」
 鏡子は普段どおりの飄々とした表情で笑った。
「右手はどう? 痛みや違和感ある? 手術は完璧で霊的処置を施してあるから、霊路が開いているアンタなら神経も完璧に自己再生が始まっているはずだけれど。傷も綺麗に消えるってさ。もしアンタが【神使い】としての資質に覚醒していなければ、最悪で一生まともに右手は動かないままだったわよ? 場合によちゃ、遅れて細胞の壊死とか腐敗とかくるし。あと骨の接合プレート埋まっているから無理しないように。すっ飛ばされた腕が元通りって少年漫画みたいなリアリティのなさだけど、いやぁ、よかったよかった。事実は小説よりもナントヤラ、ってね」
 彼女は一人ではなく、白衣を着た中年の男性を連れていた。彼は医師だ。
 くたびれた印象の中年医師が、鏡子に耳打ちして釘を刺す。
「いいですか《ホークアイ》。くれぐれもやり過ぎないようにお願いしますよ。貴女は専門の精神カウンセラーではないのですから」
「わ~かっているって。ちゃんと留意していますよ。精神的なダメージは最小限に留めるようにするからさ。壊しちゃったら元も子もないもんね。精神的にモロそうだんね、彼」
 精神的なダメージ? 壊す?
「あらら? そう警戒しないでよ。肩の力を抜きなさいな。これから色々と教えてあげるんだからさ。アンタに憑いていた恋人の【英霊】モドキについてもね」
「……ひふみはあれからどうなったんだ?」
「ん? 彼女? 《ブレード》の中で大人しくしているわよ。アンタが失血による酸欠でぶっ倒れた直後にね。どうも詩燈 一二三 しとう ひふみ と《ブレード》は生き別れの肉親のようだから、一時的に術式を施して憑依させている。つまり一時的な保管先になってもらったってワケ」
「生き別れの……肉親」
 呆然と刀路は呟く。
 瞼にあの時の光景が再生された。刀路が斬った仮面の奥から顕れた――恋人の貌を。
 まるで生き返ったようだった。
 いや、初めてひふみと出会った時よりも鮮烈であった。
「そ。瓜二つで驚いたでしょ? 私も一番最初に見た時はビックリしたものよ。DNAによる鑑定はもう不可能でも、霊質が完全に一致しているから確実でしょう。年齢差からして双子ではないはずだけど、一卵性双生児のようにソックリね」
 違う。あの女はひふみじゃない。同じ顔で肉親だから、それで何だというのだ。
「返せよ……。俺のひふみを返せっ!!」
 たとえ意志の疎通が叶わなくとも、彼女の霊がいたから自分は正気を保てたのだ。
 鏡子は鼻を鳴らした。
「返すわけないって。《ブレード》の中に詩燈一二三の霊を封印するのが、本当の目的だったんだから」
「なんでだよっ!? なんでそんな真似する必要があるんだ!? たとえ幽霊だろうとひふみが傍にいてくれるのなら、俺は――」

 

「いい加減に目を覚ましなさい!!」

 

 鏡子は一転して刀路を一喝した。
「あの霊に憑かれたままだと、アンタはトチ狂った真似を止めないでしょうが!!」
「え。……トチ狂った、真似?」
「アンタさぁ、恋人の死をきっかけに超人的な能力に目覚めて、そんでもって復讐が目的の、正義の味方にでもなっていたつもりだろうけど……やってる事は単なる殺人未遂よ?」
 鏡子は冷然と、アンタは一歩間違えば殺人犯になってたの、と告げる。
 刀路には『殺人』といった単語を理解できない。
「そりゃ【 眩夢 げんむ 】に憑かれて他人に迷惑をかけていた相手だったってのも事実だし、アンタの人殺し未遂で助かった被害者がいるのも、まあ一応は事実だわ。それは認めるし、その点では情状酌量する余地はある」
「ちょっと待て。俺が倒したヤツや事件を、アンタ達は把握していたっていうのか?」
「ええ。ちゃんと私たち【パンドラ】でも調査していたし、解決する方針も固めていた。アンタみたいな素人がでしゃばらなくても、七つのケースは戦闘行為なしで穏便に解決できた。被害者だけではなく加害者も社会復帰が可能なケースだった。穏便に解決できたからこそ、軽々しく行動に移らずに、慎重に対応策と介入時期を検討していた」
 刀路は噛み付くように反論する。
「本当かよ! そんなの信じられるか!! それに俺に助けを求めた人たちは、一刻も早い救いの手を求めていたんだよ! それなら俺が! 俺が自分の力で、自分が助けられる人たちを助ける為に自分で戦って何が悪いっていうんだ!! 現にお前たちはあの時ひふみを助けられなかったじゃねえかよぉ!!」
 鏡子は否定せずに静かに言った。
「助けられる人たちの為に戦いたいという気持ちは間違いじゃない。気持ちはね」
「気持ちは、だと?」
 鏡子は刀路の目を見つめながら言葉を続ける。
「そうよ。アンタが振るった力はね、高校二年生のガキンチョの狭い視野や価値観からくる稚拙な正義感で扱っていい代物じゃない。未熟な人生経験しかないお子様の分別でやっていい範疇を遙かに超えているのよ」
「お子様だと!? 偉そうにバカにするんじゃねえよ!! ならアンタはどうなんだ!?」
「バカにしていないわ。大真面目。アンタ、私はどうなんだって訊いたわね? 私だって自分だけの価値観で身の丈を超えた力や権利を行使するのは許されないわ。だから【パンドラ】という組織の規則や規定に従って判断を下し、行動を選択している」
「はっ! 偉そうに説教しておいて、結局は自分で考えないで組織や規則の言いなりってだけじゃねえかよ! 俺はアンタと違って組織の犬じゃないからな!」
 その主張に鏡子は冷笑した。
「組織の犬って事実を否定するつもりもないけれど、そういう一丁前な主張はせめて自分の食い扶持を自分で稼いで、税金を納めてからしてもらいたいもんね。せっかくこの私が熱心に政治経済を教えてきたってのに、結局はテストの回答蘭を埋めるクイズ程度にしか理解できていないみたいだし。勉強して上がったのは点数と偏差値だけで、肝心の思考力や想像力そのものは進歩していないってコトか。頭悪い頭悪い。あ~あ、本当にガッカリ。ま、地頭という観点でいえば、T大生でも意外とバカは多いんだけどね」
 これ以上の会話は時間の無駄、と鏡子は割り切った様子になり、白衣の男性に目配せする。医者は溜息をついたが反対はしなかった。
 白衣は刀路に猿轡を噛ませた。
「慣れないと息苦しいけど我慢してね。舌噛み切って自殺されたら困るから。ああ、その服も自殺防止の為だから」
 部屋の照明が落ちて、四方の壁に『ある映像』が次々と浮かび上がった。
 それらの内容は――

 

 死にかけの患者が運び込まれた集中治療室の映像。
 重症患者の手術映像。
 凄絶なリハビリの映像。
 患者の親族と思われる人が、医師の説明に泣いている映像――

 

 全てが悲劇であった。
 刀路は正視できず目を逸らしたが、どこを向いてもその映像が目に飛び込んでくる。
 なんなんだ、この悲劇の数々は。
 あまりにも痛々しかった。
 涙がこみ上げてきた。
(そうだ。俺は、こんな悲劇を繰り返さない為に、自分で戦う道を選んだんだ)
 悲しみを怒りに転化するしかなかった。
 それほどの哀しみなのだ。
 誰にも俺の気持ちなど理解できるものか。俺は決して間違っていなんかいない。
 悪は絶対に赦さない。
 正義の為に力を振るう。
 だから後悔だってしていない。
 大人や社会がダメならば、俺がこの手で守ってみせる。
 刀路は決意に奥歯を噛み締めた。
 こんな葬式を引き起こす【 眩夢 げんむ 】など許せない。絶対に許せるものか――

 

「――ちなみに、この映像ってね、アンタが勝手に倒した犠牲者達のその後、だから」

 

 鏡子の言葉が、刀路の鼓膜に突き刺さる。
 思わず鏡子を振り返るが、その表情は真剣で、からかいの色など微塵もない。
「なにその表情? まさかアンタ被害者としてこの映像群を見てたっての? あいたた。どんだけオメデタイ思考回路してんだか。だから言ったじゃないの。アンタの正義の味方ゴッコで独善的に倒されちゃった加害者は【 眩夢 げんむ 】との分離が可能で、こんな目に遭わなくても穏便に処理できたって。……どうかな、ちょっとは目が覚めた?」
 心臓が暴れ回り始めた。刀路の全身の毛穴から大量の脂汗が溢れた。
 こ、この映像は――自分が原因?
 そんなの、ウソ、だろう……
 頼むよ。ウソだって言ってくれよ。
 ウソだって! 言ってくれ!!
「つい先日の《ファントム》と名乗っていたアンタと同じ学校の生徒も、実は犬の方に操られていたのよね。まあ、多少は本人の自我も残っていたみたいだけれど。【 眩夢 げんむ 】化した犬って、どうやら浅間 清香 あさま きよかが去年まで飼っていた愛犬のようでね。その霊体があの少年が飼っていた犬に獲り憑いたってワケ。そして【 眩夢 げんむ 】化した飼い犬に主人の精神も汚染されていった。どっかの誰かさんと一緒でね。それから、きっと元の犬だけではなく、彼も浅間清香に想いを寄せていたんでしょう。――どの道、彼は社会復帰できていた。どっかの誰かさんの所為で、社会復帰の目処はたっていない状況だけど」
(そ、そ、そ、そん、な……)
「っていうかさぁ、アンタが好き勝手に暴れ回った後の事故処理も全部【パンドラ】がフォローしているんだけど。アンタがバカにした組織の犬たちがさ。だから警察沙汰にもなっていないってワケ。普通に考えれば理解できるよね? 単に人員数だけではなく、どんだけの圧力と根回しに費用がかかるかくらい。まったく素敵な孤高の正義の味方サマだったよアンタは。実際は刃物を持ってトチ狂った未成熟なガキンチョだけど」
 ガタガタと激しく椅子の足が鳴る。
 刀路はイヤイヤするように必死に首を左右に振って拒絶の意志を示した。
 鏡子は感情を込めずに言う。
「こら、暴れるなキ●ガイ。ちゃんと理解できている? 理解しろ」
 もうこれ以上は聞くに耐えられない。鏡子の糾弾も、映像から流れてくる悲しみも。
 こんな事実は、こんな真実は!
 頼むから止めてくれ!! 許してくれ!! 無かった事にしてくれよぉ!
「アンタいつまでも女々しく被害者ぶっているけど、すでに立派な加害者よ。被害者が悲劇の主人公面していられるのって、力のない弱者だからこそなんだよね。自分は可哀想で不幸を味わった特別な人間だから、何をしても許されるとでも勘違いしていた? そういうのって鬱展開を売りにするドラマとかギャルゲーでお腹一杯でしょう。悲劇満載の可哀想な主人公に自己投影して共感しなさいっていう、お涙頂戴の薄くて安い感動系」
 刀路を拘束する椅子が激しく揺れる。
 全身が痙攣し、目から大量の涙が溢れ、ジョロジョロと失禁し始める。
 しかし刀路の心中の懇願など関係なしに、鏡子の冷淡な言葉は終わらない。
 刀路の頭を両手でガッチリと掴み、閉じようとした目蓋を指で上下にこじ開け続けた。
「ダメだよ。目を背けるな。目を瞑るな。耳を塞ぐな。正確に認識しろ。アンタがやった事を。ほら、よぅく見なさい。可哀想だね、あの小さい子たち。大好きなお父さんがあんなポンコツになっちゃんだもんね。あの子たちの哀しみが想像できる? 理不尽な不幸に対する悲しみを。できないのなら教えてあげる。アンタが恋人のひふみや両親を喪ったのと全く同じ気持ちさ。アンタのハンムラビ法典的な子供じみた論法でいくと、あの子供たちはアンタに復讐する権利があるね。どう? せめてもの償いに生爪でも順番に剥がしていく?」
「……《ホークアイ》。できれば、それくらいにしてください」
 いつの間にか刀路は沈黙している。
 付き添いの精神科医の言葉に、鏡子は刀路の顔を覗き込み、詰まらなそうに舌打ちした。
「なんだ、もう失神しちゃったか」
 拍子抜けである。彼女としては、そんなに強いお灸ではなかった。

 

       

 

(トージ……)
 刀路が声にならない絶叫をあげて悶え苦しむ様を、美月はマジックミラー越しに見ていたが、もう限界であった。
 監視員に一礼すると、口元を押さえながら部屋から出る。泣いていた。
 部屋の外には一人の少女がいた。美月の行動を予測していたように声をかけてくる。
「見ていられなくなった?」
「……貴女は《ブレード》さん」
 待ち構えていたのは《ブレード》のコードネームで呼ばれる――詩燈一二三と同じ顔をした少女エージェントであった。
 鏡子から彼女についても話を聞いていたが、未だに実感が追いつかない。
 まるでひふみが表向き別人として生き返ったように錯覚してしまう。
「《ブレード》でいいわ。コードネームで呼びにくいのなら『ヒフミ』でもいいし」
「漢字は?」
 クゼ・ヒフミという音しか知らない。
「緋色の緋に文と書いて『緋文』よ。姓は紅と年の瀬の瀬で紅瀬。紅瀬 緋文 くぜ ひふみ。詩燈一二三と同じ発音なのが偶然なのかは、わたしには分からない。わたしも詩燈一二三と同じく幼少時から孤児で、義父 ちちの元で暮らし始める前の記憶はほとんど無いから」
「じゃあ、やはり貴女はひふみの姉妹?」
 彼女はあっさりと認めた。
「おそらくは。鏡子の術式でわたしの中に詩燈一二三の霊が封じられているけれど、魂が共鳴しているのか、それなりに彼女の意志が読み取れるのよ。会話はできないし、明白な言葉としても伝わってこないけど、それでも漠然と感じられるわ。わたしがこうして貴女に会いに来たのは、詩燈一二三の願望でもあるのよ。彼女は貴女の顔を見たがっているから」
「そうですか」
 素直に嬉しかった。願わくば、一言でもいいからひふみと会話をしたかった。
 あたしは元気――と口にしようとして、止めた。
「とにかく、ここで立ちっ放しも困るから、付いて来て」
 緋文は美月を先導して歩き始める。
 美月も大人しく緋文に付いて行く。もとより他に行く場所もなかった。建物の内部構造も知らなければ、この建物が何処に所在しているのさえ知らされていない。移動の際の情報管理と入館後の監視は徹底されているのだ。
「あの、トージはこれからどうなるんでしょうか?」
 無言に耐えられず、美月は緋文に訊いた。
「色々と信じられない事ばかりで……」
 鏡子が機密組織のエージェントだとか、霊的超常現象の実在も信じられないが、もっと信じられないのは、刀路が密かにとっていた行動であった。まさか、あんな真似を――
「わたしには分からないわ。わたしたち【対DD戦闘員】には管轄外だから」
「……」
「必要以上に悲観しないで。これは多いケースなの。霊能力や異能力に目醒めて自称・正義の味方に走って自分を制御できなくなるのって。【ケースDD】は通常の刑法には問われないし、精神的なリハビリを経れば社会復帰できるわよ。その為の【パンドラ】なのだし。今回のは、憑いていた詩燈一二三から受ける怨念に影響されていたっていうのもあるわ」
「怨念?」
 不穏な単語に、美月は不安になる。
「トージがあんな風に暴走していたのは、ひふみの幽霊の所為なんですか?」
 そんな風だけには考えたくない。
 緋文は肯定も否定も避けた。
 そこで二人は休憩室に入り、緋文に薦められて美月は椅子に座る。
 返事を待つ美月の不安げな視線をものともせずに、緋文は自動販売機からジュース二つ購入した。紙コップを美月に差し出して、
「あくまでも鏡子の資料からの受け売りでいいなら、だけど――」
 と、前置きしてから会話を再開する。
「二年前に【 眩夢 デーモンドリーム 】に殺された時から、彼女は幽霊になっていたんでしょうね。本来なら焼死していて当然の津久茂刀路が助かったのは、【パンドラ】の医療技術以上に、詩燈一二三から供給されていた霊的加護の影響が大きかった。そして、その時の臨死体験によって霊能力に覚醒した彼が、佐倉家の事件跡に足を踏み入れた時――地縛霊として潜伏していた詩燈一二三は、彼の守護霊というカタチで取り憑いた。あくまで推測だけどね」
「怨霊じゃなく守護霊だったんですね」
 美月は安堵に胸を撫で下ろした。
 しかし、緋文は冷静な声で説明を加える。
「そのまま彼に霊的な影響を及ぼしたり、意志に介在しなければ――なら、守護霊と定義したままでも問題ないわ。でも、実際はそうじゃなかった。依り代に対して自分の存在を秘匿しようとはしていたけど、守護霊の領分を超えて津久茂刀路に霊力を提供し、あまつさえ炎の能力まで自身の意志で貸していた詩燈一二三は、紛れもなく悪霊と定義できる霊よ。英霊というか、地縛霊ならぬ人縛霊ね。それは当の詩燈一二三も自覚していなかったけれど、今回の件で彼女も自分の存在を理解したわ。自分は紛れもなく――悪霊なのだと」
「自分を悪霊だと理解できるなら、それは悪霊なんかじゃないと思います」
 だが、緋文は冷静に美月の感情を受け流して否定した。
「いいえ。自分の存在を依り代に明かす霊は悪霊なの。福音と守護をもたらす本当の守護霊ってのはね、決して己の存在を依り代には明かさないし、直接影響も及ぼさない。彼女が霊体化して、屋敷を焼いた炎を取り込んで己の能力として発現できるのは、殺された『恨み』が原因なのよ。津久茂刀路に自分の意思で発火の力を貸せるのも、間接的に殺された恨みを晴らせるからなの。彼があのような攻撃的な暴走行為に傾倒したのは、詩燈一二三の怨念が彼の精神を汚染しているからでもあるのよ」
「そんな……」
「でも、確かに貴女の言うとおり詩燈一二三は完全な悪霊というワケでもないわ。完全な悪霊ならば、取り憑いた津久茂刀路と自らの怨念に拘泥して、成仏を望まないもの」
「ひふみは成仏を望んでいるんですか?」
「そうよ。だから大人しくわたしの中に封印される事を選んだ。鏡子が手配した坊主がくるまでの一時的な処置としてね」
「あの、お願いです。少しでいいからひふみと話をさせてもらえませんか? 幽霊と話せるかは分りませんけれど、あの時は確かにあたしにも一二三の姿が『視えた』んです」
 美月は緋文に懇願する。
 しかし、緋文は首を横に振った。
「残念だけど無理よ。わたしが施した術じゃないし、憑依の状態はコントロールできない。それに当の詩燈一二三も生者との直接的な意思疎通が可能じゃない。こうして貴女の顔を見たがってはいてもね。残酷だけど、彼女はすでに此の世に存在が許されない死者なの。彼女は今回の件でそれを認識したわ」
 生者の常識を死者に当て嵌めるのはタブーなの、と緋文は俯いた。
「これから貴女はどうするんですか?」
「意味を分かりかねるわ」
 美月は視線を彷徨わせながら言った。
「だから、緋文さんはひふみの妹なんですよね。だから、これから先は……」
 緋文は首を傾げた。
「わたしは自分の出自に興味はないわ。姉の霊魂を成仏させたのなら、それで今回のミッションは完了よ。そうしたら二度と貴女達には会わないでしょうね」

 

       

 

 刀路はベッドで寝かされていた。睡眠薬と精神安定剤を強制的に投与されてだ。
 美月はそんな刀路にずっと付き添っていた。
 これからの刀路の処遇と治療については、おおまかに主治医に説明してもらっている。
 自分にできる事は、ただ寄り添うことだけだと理解してもいた。だが、思えばそれは今までの自分とスタンスと何ら変わりがない。現に刀路がこんな凶行に及んでいただなんて、まるで知らずに、完全に蚊帳の外だった。
 軽いノックの音と共に、鏡子が病室に入ってきた。
 それでも刀路の寝顔に見入ったままの美月に、傍まできた鏡子は淡々と告げる。
「悪いけれども、これでもう美月には家に帰ってもらうわ」
「イヤです。トージを置いて帰れません」
「気持ちは理解できるけれど、アンタに監視をつけとく人員もタダじゃないのよね」
「別に機密なんかに興味ないですから、ご心配なく」
 他人めいた固い美月の物言いに、鏡子は悲しそうに嘆息した。
「嫌われても仕方が無いか。そりゃまあ、結果的には騙していたも同然だったし」
「別に騙されてたなんて思っていません」
 結果論だが、鏡子に色々と救われているのは事実だ。
「そう。ありがとう」
 小さな呻きと共に、刀路が目を覚ました。
 鏡子は美月の肩に手を置き、一人で病室から出て行った。美月の手には、イザという時の為に、呼び出しブザーのスイッチが握らされている。美月はそれを床に棄てた。
「……起きた? トージ」
 美月は優しく呼び掛ける。
 刀路は朦朧とした顔で、周囲を見回す。
「ここは?」
 美月は泣き笑いの表情で教えた。
「【パンドラ】直轄の総合病院。……覚えている? 【パンドラ】の事」
 刀路は頷く。そして、さめざめと涙を流し始めた。
「お、俺は……なんて莫迦な真似をしていたんだ……っ!!」
 唇がわななき、それ以上の言葉は嗚咽にしかならなかった。
 美月は刀路の涙を拭い、そっと頬に手を当てる。
「今は治療とリハビリだけを考えよう? これからはゆっくりと休もう? 大丈夫だから。もう刀路一人で全てを抱え込まない。あたしはいつも傍にいるから……」
 忘れられれば――美月は心底から思った。願った。いっそ、忘れてしまえればいいのに。
 辛かったこと。苦しかったこと。悲しかったこと。
 みんな、全て忘れて、元に戻れれば、どんなに幸せなんだろうか。
 しかし美月には分かっている。刀路はもう『昔の彼には戻らない』だろうと。
「お前は、俺が嫌いになったんじゃないのか?」
「ホントに莫迦。世界中の人間が刀路を否定しても、あたしだけは刀路の味方だし、何をされたって嫌いになんてなれないって。たとえ殺されたってね」
「その冗談、今は笑えねえよ」
「冗談じゃないから」
 美月はそう囁き、刀路の唇に優しくキスした。

 

 結局、鏡子の説得に折れて美月が帰宅したのは、二日後であった。

 

       

 

 一週間後に刀路の身柄は解放された。
 鏡子が属している【パンドラ】という退魔組織についての詳しい説明はなかった。
 精神的ダメージの影響から抜け殻に近い状態のままでの釈放だ。主治医としてカウンセリングを担当した精神科医の判断で、リハビリを兼ねた暫定的な社会復帰であった。
 しかし帰宅後の刀路は何もせずに、機械的に日常を過ごすだけである。
 気力が枯渇していた。
 支えがポッキリと折れていた。
 罪悪感や自己嫌悪というよりも、ただ現実感が薄かった。いっそのこと死んでしまいたいが、実行に移す気力さえ湧いてこない。
 こんな気持ちは初めてだ。自分はいったい何の為に生きているのだろうか……
 美月の顔が見たいが、彼女とは鏡子の指示で距離を置いている。刀路に関わってしまい、諸々の事情を説明せざるを得なかった清香も同様だ。

 

 ひふみの霊も、もう傍にはいない。

 

「鍵くらいかけなさい。まだふて腐れて寝ているだけ? 進歩ないわねぇ」
 保護観察役の鏡子が呆れ声をあげた。
 彼女が保護観察を買って出てくれなければ刀路の退院はもっと先だった。
 鏡子は無気力に寝ている刀路の襟首を掴み、引っこ抜くように力ずくで立たせる。
 刀路は抵抗せずに操り人形のように立った。視線だけが僅かに恨めしそうだ。
「ちゃんと反省している? それともガキくさく不貞腐れているだけ?」
 冷然とした言葉だ。同情や憐憫の色は読み取れない。
「私はカウンセラーの先生とは違ってアンタを甘やかすつもり、ないから」
「――……ひふみは、どうなった?」
「返事がそれ、か」
 鏡子は失望混じりの苦笑を漏らす。
「俺はもうどうなってもいい。責任とって死ねってんなら死ぬさ。けれど、ひふみはちゃんと成仏できたのか?」
 鏡子は少しだけ表情を和らげた。
「へえ、退院前みたく『俺のひふみを返せ』だの『ひふみと話しさせろ』って聞き分けのない幼児みたくピーピーと駄々こねなくなっただけでも、少しはマシになっているようね」
「成仏が、……ひふみの為なんだろう?」
「ええ。何度も繰り返しているけど、あのままだと彼女、確実に悪霊になるし」
「なら、仕方ねえよ……。成仏させてやってくれ」
「オーケー。その為の第一歩として、ちょっと一緒に出かけましょうか」
 刀路は誘いに応じた。
 自宅マンションに帰ってから、初めての外出であった。

 

 刀路は鏡子に連れられ、神奈川の外れに位置している、とある住宅街に来ていた。
 タクシーではなく電車とバスを乗り継いだ。社会復帰のトレーニングらしい。
 バス停から先は散歩も兼ねて徒歩だという。
「ほら、少しはシャキッとしなさい。これから仕事なんだからさ」
 しかし鏡子のハッパも効果はなかった。
「……なにが狙いなんだよ」
 刀路は視線を落とした。
 鏡子に悪意がないのは理解できても、どうしても彼女を警戒してしまう。
「うわお。警戒心バリバリね。一番の目的はリハビリの一環に決まってるでしょ。それにアンタがこの先にどういった道を選択するにしても、一度くらいは【パンドラ】の仕事を見ておいて欲しいのよ。刀路のやった事を否定した以上、義務だとも思うしね」
「俺にお前達【パンドラ】の仲間になれっていうのか?」
 その声色には少しの気力もない。自分に対して絶望している者特有の感覚だ。
 鏡子は隠さずに本音を言った。
「期待していない、と言えば嘘になるわね。刀路は自分の凄さが理解できていないようだけれど、どれだけ巨大な霊力を秘める神格(核)と契約しても、その霊力を自身の能力に変換して顕現できない霊能者が大半なのよ。私も【 使神 シシン 】を契約所持している【神使い】能力者ではあるけれど、刀路ほど身体能力は上がらないし、なにより【 使神 シシン 】の性能からいっても戦闘には不向き。戦闘に適応可能な――いわゆる戦闘系【神使い】は貴重なの」
「それをいったら今の俺は【 使神 シシン 】と未契約状態だ」
 詩燈一二三の守護霊は刀路と未接続状態に離されて、他者の裡に封印されている。
「ひふみの加護を失ったら、自分の裡にほどんど力を感じないでしょう? アンタは霊力に覚醒した時点で擬似とはいっても【 使神 シシン 】持ちで巨大な霊力の供給を受けていた特殊な状態だったからね。生きている人間の霊力なんてほんの微々たるもの。それを実感できたのもいい経験だと思うけど。ま、例外はいるんだけどね」
「例外?」
「そ。人間が生きながらにして神格を得た【現人神】って存在。有名なところでは釈迦やキリスト、マホメットなんかは【現人神】じゃないかって推論されているわ。ただ、人が人のまま完全に神に成ると、代償として人格喪失現象が起きるはずなんだけどね。そういう意味では完全に神には成っていないわね、釈迦もキリストもマホメットも。宗教学的な見地ではないから、あくまで推測として聞き流してね」
「それはいいとして、どうしてだ?」
 会話に食いついてくるので鏡子は上機嫌になる。彼はまだ大丈夫だと。自分自身で錯覚している程、彼は終わってはいない。いや、これからが始まりなのだ――
「人格と神格は存在内で同居できないの。人格もったまま神格になって神の力を振るえないから。人が神に成るっていうのは、そういう意味じゃまさに究極の『悟り』ね」
「……」
「逆に、神格を獲得しないで巨大な霊的能力を発揮しようとすると、分かるわね?」
「そうか。それが……」
「そう。すなわち生霊と呼ばれ人間に害をなす――【 眩夢 げんむ 】ってワケ。こっちも本体に魂が完全に喰われたら、怨念に憑かれてまともな人格残らないけど」
 そして刀路はひふみの霊がその【 眩夢 げんむ 】の一歩手前まで悪化している、と聞いていた。
 だから彼女を成仏させなければならない。幽霊として輪廻の輪に戻す為にも。
 鏡子が足を止めた。
「――さ、着いたわ。ここよ」
 到着したのは、なんの変哲もない建売住宅だ。
 4LDKとはいえ三階建てで極力土地を節約した立体パズルのような間取りに、庭と呼べるほどのスペースの無い敷地には、辛うじて車一台を押し込めるガレージが確保してあった。ただ田舎やベッドタウンとは違い地価の高い都会なので、これが庶民標準である。
「こんな小さいウサギ小屋でも、この辺だと五千五百万はするんだよね。田舎だったら、それだけ出せば、もっと広い家にそこそこの庭が手に入るっていうのにさ」
 鏡子はそんなことを呟きながら、インターホンを押さないで家の鍵を取り出した。
 挨拶すらなしで、勝手に開錠して玄関に入る。
「さて、ちゃっちゃと済ませましょうか。どうせお札を貼って終わりだろうから」
 霊符を数枚、扇子のように広げて見せた。

 

       

 

 空気が圧し掛かってくるように重く、ひんやりとしている。
(感じる)
 刀路は狭い玄関を跨いだ途端に、家の中の空気から不吉なモノを感じ取った。ヤバイ。霊感というよりも直感だ。その直感が激しく警鐘を鳴らす。今からでもあの《ブレード》――ひふみと同じ顔の少女――に連絡を取るのが賢明だ。
 思わず鏡子に忠告する。
「鏡子さん、引き返そう。凄くイヤな感じがする。お札貼って終わり、とはとても思えない。鏡子さんは戦闘に不向きだって自分で言っていたろう?」
「ふぅん。ひふみの霊を失って、逆に霊感が鋭くなっているみたいね。今までは、すぐ傍に巨大な霊的存在が潜んでいたから細かい霊感がバカになっている弊害もあったのか」
「あの《ブレード》は戦闘のプロなんだろ? アイツを呼ぶべきだ」
 刀路の忠告を鏡子は拒否した。
「規則上無理なのよ。この案件は危険度レベルDと推測・報告されている。《ブレード》はSランクの【対DD戦闘員】。これ基本的には、諜報捜査員が単独で当たらなければならないケースなの。現場検証の結果、必要性が確認できないと随員させられないのよ」
「安全性はいいのかよ?」
「そりゃ、戦闘員の数に余裕があるのだったそうでしょうよ。でも、現実には【対DD戦闘員】の数は不足しているし、Aランク以上の数は特に圧倒的に足りていないの。だから、いかに危険の可能性が伴おうとも、調査の段階で戦闘員を随員する事は原則禁止。調査が無駄足で終わる事も多いから、余計な負担を戦闘員に掛けるのを極力避ける為にね」
【ケースDD】について捜査権を認可された諜報捜査員は、必要ならば【対DD戦闘員】の申請を行う事ができ、派遣されてきた【対DD戦闘員】に対して監督指揮権を保有できる。しかし同時に、厳しい管理責任も負うのだ。
「特に《ブレード》はSランクに認定されている若手最強候補の最右翼だしね。Sランクともなると、おいそれと無理使いや無駄使いなんてさせられないの。人材を不必要に消費するのは無能の証明だしね」
 加えて《ブレード》は任務を必要以上に優先させる傾向がみられる。訓練や休息が規定よりも不足しがちになっている程だ。仕事熱心といえば聞こえはいいが、自己管理能力は低いと評価せざるを得ない。
「仮に、休息不足や疲労が真因で彼女が不覚をとったりしたら、担当官で上司の私の管理責任を問われるわ。――というワケで、ただいま《ブレード》は私の命令で休養中。強制的に術式を施して睡眠を摂取してもらっているわ。だから今から呼ぶのは不可能よ」
 これは個人的なサークル活動とかじゃなくて、れっきとした組織の一員としての仕事だから組織のルールには従わなければならないの、と説明を結んだ。
 それでも表情が冴えない刀路に、鏡子は明るく笑いかける。
「大丈夫よ刀路。確かに純粋な戦闘系ではないとはいえ、私も正規の訓練を消化している【神使い】なんだから。刀路が倒した【 眩夢 げんむ 】程度なら私だって一人で倒せるわよ?」
 力強く胸を叩いて見せた。
 スペシャリストである【対DD戦闘員】とは違って、諜報捜査員はゼネラリストである。仮に予想外の危機的状況に直面しても、ある程度ならば自身の力で戦えるよう訓練されている。単体での戦闘能力ならば一般霊装兵士よりも上である。場合によっては戦闘員の手を煩わせる事なく、諜報捜査員だけで事件を片付けてしまう事も珍しくない。
「これでもベテランだし心配無用」
「……わかった」
 胸の内の不吉さを打ち消せないが、プロ相手に素人の自分が食い下がってもしょうがない。刀路は大人しく引き下がる事にした。

 

 二人は一階のキッチンと和室を調べ終わり、二階のリビングへと階段を上がる。
 感じる霊気の強さに、刀路は無言だった。
 恐る恐るといった刀路とは対照的に、鏡子はリラックスしながら、しかし慎重かつ丁寧に建物内を調べ回っていく。落ち着いている様は、貫禄あるプロのそれであった。
 寝室を終え、廊下に出ると―― 

 

 小さな黒い塊が、足元を横切った。

 

 さささささっ、と地を這うように走る。
「アレね。ようやく見つけた」
 鏡子は塊が駆けた方向へ早足で向かう。行き先はこの二階の大部分を占めるリビングだ。
 刀路も慌てて鏡子を追う。
 鏡子に続いてリビングに足を踏み入れた瞬間に、刀路は驚愕した。
(これは――結界か!?)
 いや、異空間と呼ぶべきか。鏡子の張ったモノとは明らかに種類が違う。
 もっと大規模というか高次元というか。
 其処は、広かった。
 外からは想像できない広さに、部屋の内部空間が拡張されている。そして、その広い空間の中央に黒い塊が鎮座していた。
 にゃ~~~~ん。
 可愛らしい啼き声が響く。猫だ。黒い子猫。
 一切の家具が取り除かれたシンプル間取りのフローリングの空間に、小さな黒猫だけがちょこんと可愛く存在している。広くて狭いという、幻想めいた不可思議な光景だ。
 刀路は恐怖で固まっていた。
(ヤバイ。コイツはマジで……ヤバイ)
 見た目こそあの黒犬《ヘルハウンド》よりも可愛いが、本質はそんなモノじゃない。
 刀路は黒猫と対峙している鏡子の背中に、声を掛けようとした。
 しかし、それより先に――

 

顕現 なさい――我が使神《万里鏡 カレイド・スコープ 》」

 

 鏡子の鋭い言霊が、刀路の言葉を遮った。
 燐光を纏った眼鏡の【付喪神】が顕現して、二つに分身する。
 主である【神使い】の他に、刀路の頭部にも装着された。
 刀路は《万里鏡 カレイド・スコープ 》のレンズ越しに眼前の黒猫の正体を――『視せ』られた。
 ごぉうッ! と黒猫の霊体から紫色の妖気が迸っている。
「……ッ!!」と、刀路が絶句。
 なまじ霊感が強いだけに、まともに悪意の霊気に当てられ、失神しそうになる。
 小さい黒猫は『核』に過ぎなかった。
 鏡子の【 使神 シシン 】によって暴かれている霊症の身体部は、ヒグマのように巨大だ。
 辛うじて輪郭に猫の面影を残す巨躯の怪物。
 それが、子猫の正体。
 予想を絶した脅威である。
(今の俺じゃ……ひふみの助けがない、今の俺じゃ、とてもじゃないけど)
 勝てない。いや――殺される。
「刀路。アンタの言う通り少々ヤバイ敵だったみたいだね。私の見通しが甘かったわ」
 鏡子は素直に自分の失態――判断ミスを認めた。慣れによる油断があった。
〝ほぉぅ……、オマエ面白い『眼』を従えているなぁ。もしやそれは【付喪神】か? そうか【付喪神】を使い魔にして霊力の核としているのか。興味深いなぁ〟
 巨大な黒猫が泰然と喋りかけてきた。
 見ると、その尻尾が四つに別れてそれぞれ意志があるかのように波うっている。
 人語を操る高度な知能に、四又の尻尾。
 刀路の脳裏にある単語が浮かぶ。
 猫又。まさか猫又が実在して、なおかつこんな恐ろしい怪物だったなんて――
 鏡子は怪物の言葉は無視して、振り返らずに刀路に告げた。
「いい? 可能な限り食い止めて時間を稼ぐから、アンタは逃げなさい」
「に、逃げろって?」
「自分でも解っているんでしょ? 今のアンタじゃ足手まといよ。――早く!!」
 最後の一声の鋭さに背中を押されて、刀路は一目散に走った。
 思考は止まり、ただ機械的に走る。おそらくは恐怖ではなく生存本能だった。
 部屋の出口を目指して。
 一階へと駆け降り、玄関へと駆け込み、扉を開け、最後に狭い庭を越えて車道へ出た。
 足を止める。
 荒い息を苦しげに吐き出す。疲労ではない理由で膝が笑っている。
 刀路は凶暴な【 眩夢 げんむ 】が巣食う忌まわしき現場から、逃げたのであった。

 

       

 

〝人間の娘よ。黙っていては分らぬぞ?〟
 悠然とした問いに少女は気丈に応えた。
「こっちが聞きたいわ。なんで猫又が、一般家庭で悪戯なんかに興じているのよ……」
〝なに簡単に殺してしまっては継続して愉しめないではないか。それにお主のような霊能者を呼んでくれるかもしれないしのぉ。やはり殺さずに正解だったわ〟
「ったく、性悪にも程があるじゃない」
〝じゃがお主なら遠慮なく殺してしまっても構わなそうだの。逆にお主を殺せば、敵討ちの為に新たな霊能者が来るかも知れぬな。これは張り切って殺さなければならないて〟
 にたり、と猫は縦に割れた瞳孔を細めた。妖気と共に殺気が噴出した。
〝それに実をいうと、殺さずに我慢するというのも、流石に限界にきていたのでなぁ〟
 ビリビリと霊圧が増していく。鏡子の背中に大量の冷や汗が伝う。
(参った。こんなの初体験よ)
 まともに正面から戦って自分がどうにかできる相手じゃない。さあ、千璃鏡子、今こそアンタの真価が問われる時よ。――と、鏡子が己を鼓舞した一瞬の隙を、猫又は見逃さない。
 反射的に鏡子は真横に飛び退いた。
 ずどどどどッ!! 一瞬の差で、鏡子がいた空間を猫又の尻尾が刺し抜いた。その光景に背筋が凍る。もしもあと一瞬でも、反応が遅れていたら……
〝ほぉう。今のを避けたか〟
 むしろ舌なめずりして喜ぶ猫又。
「上等じゃないの……っ!」
 あれこれ考えている余裕なんて無い。絶望に支配されて思考を放棄するな。
 覚悟を決めた鏡子は護神ナイフを取り出し、猫又へ向かって疾駆した。

 

       

 

 鏡子は猫又に翻弄されていた。
 自在に伸び縦横無尽に動く四本の尻尾の猛攻の前に、鏡子は攻撃に転じることすらままならなくなっている。加えて、鏡子の武器はナイフのみだ。簡易封印用の霊符は戦闘には直接使えない。よって、圧倒的にリーチが不足していた。
【神使い】能力者である鏡子は、霊力が体内の龍脈を循環する能力発動時には、飛躍的に身体能力が上昇する。その上昇割合も鏡子は高い方だ。純戦闘系ではないがドーピングによる補助を必要とせずに、あくまで最低ラインだが、単独戦闘許可レヴェルまで達する。しかし、その鏡子の身体能力をもってしても、猫又の動きにはほとんど付いていけないでいる。
「参ったわね。でも、まあ、予想外の強敵に遭遇しての戦死っていうのは、殉職の中でもダントツだから、いつかはこういう場面に出くわすって思っていたけどっ」
 追い詰められていく中、鏡子は冷静さを保つ為に独り言を始めた。加えて、折れそうになる心を支える為に、自分を叱咤激励する。
「だけど、こういう場面を切り抜けてこそ、真の一人前でしょうが千璃鏡子、いえ、コードネーム《ホークアイ》。それに、予想外もなにも、ここが勝負どころだっての!! そうやって賭けに出たんだからっ! それにいつかアイツに、あの憎ったらしい女に一泡ふかせるんじゃなかったの!? それまで死んでいいわけないでしょうが!」
 因縁深い特Sランクの顔を思い浮かべ、その怒りを支えにする。
 が、眼前の現実は容赦なかった。
〝ごちゃごちゃと妄言を五月蝿いのぅ。ひょっとしてもう気が触れたのか、小娘?〟
 加速した尻尾が、ばしん、と鏡子を薙ぎ払う。反応が遅れる。直撃されて吹き飛ぶ鏡子。
 辛うじて踏みとどまったが戦慄した。いま明らかに攻撃速度が上がっていた。
 つまり今までは――

 

〝遊ぶのもそろそろ飽きてきたわ。どぅれ、少し本気を出すとするかの〟

 

 ズドドドッ!! 貫通音が自分の手足から聞こえた。
「――な――」
 攻撃が見えなかった。
 手足を貫いた激痛で、自分が攻撃された、と認識した。四又の尾先が弾丸と化して鏡子の手足を撃ち抜いたのだ。四肢の力を失って崩れ落ちる鏡子。ワックスの効いたフローリングに真っ赤な血溜まりが広がっていく。
 まるで玩具の人形だ。
 霊力を疵に集中して応急手当をしながら、鏡子は猫にとっての自分をそう思った。猫又は、幼児が昆虫をいたぶるような感覚で、面白おかしく人間を壊している。
〝じゃあ次は頭にしようかのぉ〟
 ご機嫌そうに猫は舌なめずりした。
(頭を撃ち抜かれたら死ぬっつーの)
 鏡子は焦りながら心の中で突っ込んだ。
 これはまずい。大雑把にでも霊力循環で手足の傷を回復させないと。
(駄目か。どうやら賭けには負けたみたいね)
 運は尽きたか――。諦観に鏡子は瞼を瞑った。
〝それでは――いくぞ〟
 ごっ! と空気を裂いて猫の尾先が奔る。
 鏡子は唇を噛み締めた。
「くそったれ! このクソ猫が!」
 やけくそ気味の悪態と同時に、何者かが鏡子の身体を抱えて床を転がった。
 ずドン。直後に猫又の尻尾が血溜まりに刺さる。
「――刀路っ!!」
 鏡子は思わず少年の名を叫んでいた。

 

 どうにか間一髪で間に合った。
 あと一秒でも「逃げずに戻る」という決意が遅かったら……
 再び建売民家に突入すると、床に転がっている鏡子が、今にも化け猫の尻尾に攻撃されそうになっていた。考える間も無く、飛び出していた。本当にギリギリのタイミングだった。
「悪い。戻ってきちまったよ」
 刀路は背中に負傷している鏡子を庇い、化け猫を睨む。
 改めて対峙した巨大な猫は、愉しげに笑っているように見える。
(こいつ……、たぶんワザと外した)
 刀路はそう直感する。刀路が鏡子を救えたのは、幸運や偶然ではない。ましてや刀路の実力ではない。この猫の【 眩夢 げんむ 】は鏡子に止めを刺す事も、あるいは乱入した刀路ごと鏡子を刺し貫く事も容易にできた。できた、が、しなかったのだ。
 漆黒の猫又は、邪魔者であるはずの刀路を睨むと、次いで、ご機嫌に喉を鳴らした。
「戻ってきたんだ……」
 意外にも優しい口調である。
 てっきり怒られると思っていたが、鏡子は満足げに微笑んでいる。
「命令無視の上、無謀で無策だってのは分かっている。でも、見捨てるなんて俺にはできない。どうにか二人で逃げようぜ」
「まだアンタは私の部下じゃないから、アンタの意見に従いましょう。ま、助けられてどうこう文句言えるザマでもないしね」
 喋りながらも、鏡子は全力で手足の応急修復に注力する。
 猫又は攻撃せずに、自分たちの会話を興味深く聞き入っている。自分たちがどういう策を練って次を愉しませてくれるか、そのリアクションを起こすまでは傍観だろう。
「怒っていないのか? 素人が勝手な真似をしたんだぜ」
「ううん。むしろ逆」
 刀路の問いに、鏡子は微笑を崩さずに首を横に振った。
「規則や命令に従う事はプロならば重要よ。でも時には絶対じゃない。上が必ずしも正しい判断を下すとも、規則が状況に適しているとも限らないわ。上の判断が最適とも限らない。規則だからとか上司の命令だからと言い訳にして自分での判断を怠るのは、単なる思考停止・思考放棄よ。むろんトップダウン型の命令系統を混乱させた責任は問われるでしょうけれども、組織としてボトムアップも時には必要なのよ」
「……」
「そんな顔しない。せっかくの株が下がるわよ? そろそろいい按配――よっと」
 簡易的修復を終えて起き上がった鏡子は、黒猫と睨みあう刀路を押し退けた。
「では……、アンタを試す最終課題を提出して、最後のもう一踏ん張りといきますか!」
 用意しておいた霊符を刀路の左胸に貼り付けて、呪文を唱え始めた。

 

       

 

 物理的な場所は、鏡子のマンションの寝室であった。
 しかし、緋文はいま精神世界にいる。
 緋文は【結界陣】の中で深い眠りに落ちていた。
 そして【結界】に組み込まれた術式の力なのか、通常ではありえない、自身の うちに封じられている霊体との会話が可能であった。
 術式を施す前に鏡子は云った。
「どういう結果になろうが、これが永遠の別れになるだろうから、後悔のないように話せるだけ話しておきなさい」
 結界の異変を察知し、緋文はその別れの時が来たのだ、と理解した。

 

〝――どうやらお別れみたいですね〟

 

  緋文と同じく、ひふみもまた別れの時を察知した。
 寂しそうな、満足そうな、そんな複雑な音色の意志が、緋文の意志に響いてくる。

 

〝せっかく鏡子さんが気を利かせてくれたけど、結局最後まで会話は弾まなかったわね〟

 

  緋文は肩を竦めた。
(仕方がないわ。お互いに姉妹だという実感が持てなかったんだもの)

 

〝そうね。ごめんなさいね、私の方がお姉ちゃんだっていうのに、お姉ちゃんらしく上手く歩み寄れなくて。それに貴女の過去についても何も知らなくて〟

 

(過去なんてどうでもいいわ。だから気に病まなくてもいい。わたしは戦場の刃として戦い続けるだけ。それだけで充分)

 

〝お姉ちゃんとしては貴女に女の子として幸せになって欲しいけど……余計なお世話か〟

 

(そろそろ――時間ね)
 緋文は、自分の封印からひふみが解放されるのを、感じ取った。
 最後の別れは呆気なかった。
 去り際に、ひふみは緋文に頼んだ。 

 

〝これから刀路くんをよろしくね。どうか刀路くんを死なせないで〟

 

 返事の前に、ひふみの霊は消えた。
 最後まで『お姉ちゃん』とは言えなかったのを、少し後悔した。

 

       

 

「ひ、ひふみ――」
 自分の身体から剥離するように出現した詩燈一二三の霊に、刀路は言葉を失った。
 刀路を背中に置き去りにして鏡子が言う。
「私が干渉するのはここまでよ。……それじゃあ、最後の時間稼ぎにいってくるから、あの化け猫が飽きて見切りをつける前に、答えを出して頂戴な」
 なるべく早い方が助かるわ、と鏡子が再び巨大な猫又に挑みかかった。
 放心したかの様に、刀路はひふみを見つめている。
 ひふみの霊も刀路を見つめ返す。胸を打たれる様な、慈愛の微笑を湛えて。
「ひふみ……お、俺――」
 逢いたかった。
 話をしたかった。
 なによりも。
 幽霊でもいいから、このまま傍に居て欲しい。ずっと自分の傍に。ずっと二人で――
 そんな甘美な夢が口から出る前に。

 

〝時間がないわ。私と契約して、刀路くん〟

 

 先に意志を告げたのは、ひふみだ。
「契約?」
〝ええ。すでに鏡子さんから説明を受けています。神格がない私は普通なら【英霊】と成る事はできないけれども、刀路くんをこれまでのような依り代ではなく、宿主にして擬似的【付喪神】に成れば【英霊】化できる、と。そして【英霊】化すれば貴方の【 使神 シシン 】として正式に契約できる。今のままでは貴方に憑く事はできても、契約はできないの〟
「英霊?」
 耳慣れない単語に、刀路は鸚鵡返しする。
「そうなれば、ひふみは俺の【 使神 シシン 】として、ずっと傍にいられるのか?」
〝いいえ。これで本当のお別れです〟
 凛とした口調。ひふみは決意を込めて首を横に振った。
〝私は刀路くんを依り代として顕現しているから、その依り代の霊核とリンクは可能だそうです。私の準備はすでに済んでいるわ。でも、それだと私は守護霊としての存在定義を失う。けれども刀路くんにとっての【付喪神】にもなれない。何故なら、本体である刀路くんにはすでに人格があるから〟
「つ、つまり……、そうするとお前は――」
 鏡子との会話を思い出す。確か神格が云々といった話だ。
〝霊体として存在し続けられるけれども、詩燈一二三としての人格は消滅するの。神格へと昇華する代価として人格を亡くすの〟
「亡くす――それじゃあ、お前の魂は成仏すらできないってのかよ!?」
 刀路は叫んだ。
 ひふみの霊は諭すように、優しい口調で言う。
〝私が【英霊】化するにはそれしかないの。そもそも【英霊】というのは、生前の人格を失う代わりに神格を得る『ヒトガタの高位霊格』だもの。武将関羽が神として崇められる中国の関帝とか。本来は人々の信心によって人神として形成されたり、【現神人】と呼ばれる程に徳の高い人間の死後でしか【英霊】なんて出現しないはずだけれども……〟
 いうなれば、詩燈一二三という守護霊は、津久茂刀路だけの女神と成ろうとしている。
「お、俺は――俺、は、」
 衝撃の告白に、刀路の決心は揺れる。
 失いたくない。
 喪いたくない。
 また大切なモノをうしなうのはイヤだ。
 ひふみは真摯に訴える。
〝お願い、しっかりして刀路くん。大切なモノを守る為に戦う道を選んだんでしょう? そんな刀路くんだからこそ、私は影ながら力を貸してしまったわ……。間違いだとは薄々わかっていながら〟
 思い出した。そうだ。自分は色々と間違って力を行使した。
 それに――ここで悩んだら、この後に及んで決心を鈍らせるのならば、ひふみの霊が自分にその存在を隠していた時から、まったく進歩していないではないか。
〝刀路くん。貴方にとって本当に一番大切なヒトをどうか見誤らないで。私にとっても一番大切なそのヒトを、どうか護って。詩燈一二三はその為に津久茂刀路のチカラに成るわ〟
 刀路はひふみの霊に手を差し出した。

 

「分かった。俺のチカラになってくれひふみ。俺が大切なモノを護る為の戦いの力に」

 

 ひふみの霊も手を差し出す。
〝ありがとう、刀路くん〟
 とびきりの笑顔で、ひふみの霊は微笑んだ。
 たぶん、これまで見た一番の笑顔だ。
 刀路は最後に想いを告げる。笑顔を作るのは無理でも、どうにか泣くのは堪えた。
「ありがとう。そして、今度こそ本当にさようなら、ひふみ。大好きだった、本当に」
 穏やかな笑顔で、ひふみの霊は刀路の手を取る。
 手と手が重なった。そして握り合う。
 眩い輝きを放ちながら、ひふみの霊体が黄金の炎で焼かれていく。
 魂が焼かれて消滅していく。
 表情からひふみの温かい微笑が消え、次いで神々しい慈愛の貌へと変じた。
 十代前半――まだ幼さが濃い少女の姿が、肉体として完成される十代後半の若々しい姿へと成長した。衣装もメイド服から艶やかな着物姿へと変じている。
 元の面影を色濃く残したまま。
 赤みがかった黄金に輝く着物の少女は、刀路の身体に重なるように沈んでいく。
 ひふみの霊は【英霊】へと〝神化〟した。
(本当に、さようなら……)
 ここに契約は成った。
 刀路は巨大な霊力を取り戻した。いや、以前よりも強大な霊力が供給されてくる。
 それも純粋で清らかな霊力だ。
 そっと目と瞑り、開く。袖で涙を拭う。そして、唇を引き締めて。

 

顕現 せよ――我が使神《火巫御ヒフミ 》」


 少年の【言霊】が鋭利に響く。
 新たな【神使い】能力者・津久茂刀路は、己の【 使神 シシン 】――英霊《火巫御ヒフミ 》を召喚した。

 

       

 

  津久茂刀路の前に、召喚に応じた彼の【 使神 シシン 】が神々しく立っている。
 着物を纏う真紅に近い黄金の輝きを放つ少女の神格。
 それは、ヒトあらざるチカラの具現。

 

  守護霊・詩燈一二三が【英霊】へと〝神化〟した――其の名も《火巫御ヒフミ 》。

 

火巫御ヒフミ 》は美しく整った表情の無い貌を、静かに敵に向ける。
〝ほぉぉぅ。その娘、先ほどまでとはまったく別の霊体に成ったな。いやすでに神か〟
 猫又が興味深そうに笑った。
 そう。この《火巫御ヒフミ 》はひふみとは完全に異なっている。姿形のみが同一鋳型の別存在だという事が、かつて守護霊の依り代であり、現在は【神使い】である刀路には解る。
 ヒトでも霊でもない。
 大切なモノを守る為の――チカラ。
 人を象っていても意志は亡い。
 猫又はその霊的ヴィジョンを見て笑った。
〝これは返すぞ。座興としても飽きた。が、お前を殺すまでは生かしておいてやろう。それなりに愉しませてくれたからのう〟
 力なく失神している千璃鏡子を、まるでゴミ袋のように投げて寄越した。
 刀路は鏡子を抱き上げる。パッと見でだが、深刻な怪我や骨折は見当たらない。猫又の言う通りに致命傷はないだろう。
 刀路は複雑な気持ちで鏡子の顔を覗く。
 彼女には色々と教えられた。その反面で色々と試された。それだけではなく、ひふみの件に関していえば、鏡子の予定調和に嵌められてしまった。鏡子は始めからひふみを成仏させるつもりなどなく、刀路の【 使神 シシン 】にする目論みだったのだ。
 でも、彼女を憎む事はできなかった。素直に感謝はできないけれども。
 刀路は丁寧に鏡子を部屋の隅に横たえた。
 怒りが沸々と込み上げてくる。
「――赦さねぇからな、このクソ猫。ぜっったいに俺はお前を、許さない」
〝面白い! どう許さないというのか、その力を見せてみろ!〟
 ぎぃにゃぁぁああぁぁああああんんっ!!
 鳴き声が殺意の雄叫びと化し、猫又の四又の尻尾が最大速で銛となって飛来する。
 刀路は《火巫御ヒフミ 》へ手の平を翳した。
火巫御ヒフミ 》はその身を、一振りの剣――炎の剣《巫御乃火凰フミノカオウ
》へと変えた。
 刀路はその銛を、《巫御乃火凰フミノカオウ
》で全て斬り落とした。
 剣先の軌跡がツバメの飛翔のような、見事な剣技であった。
〝ぅぎゃぁぁああああああああぁぁぅん!〟
 雄叫びは苦痛の悲鳴と替わる。
 四つの尻尾を炎で切断された化け猫は激痛に身をくねらせた。
 自慢の尾を失った猫又は、怒りの双眸を刀路にぶつける。
〝ゆるさん……、ゆるさんぞぉお前たち。矮小な人間だと思って遊んでやっていたらいい気になりおってぇェ……、八つ裂きにしてくれる。もう手加減など一切なしだ!〟
「は。赦さないのはコッチだっていってんだろ。いいから来いよ。お互いにゴチャゴチャやらずに、速攻で決着つけようぜ。オマエは消し炭にしてブッ殺してやる」
 互いに牙を剥き合う。
 相手を怒らせて少しは溜飲が下がった。だが、これ以上気持ちが晴れる事はないだろうから――もう終わりにする。炎の剣を足下に突き立て、手を離した。
 剣は着物姿の少女へ姿を変える。刀路は炎の剣を再び《火巫御ヒフミ 》に戻した。
「いくぜ」
 ぎぃにゃぁぁああぁぁああああんんっ!!
 刀路の意志に応えて、英霊《火巫御ヒフミ 》が猫又に向かっていく。
 対して、猫又も口元を限界まで大きく裂いて、敵の【英霊】を飲み込もうと顎を開く。
 ばくん。と、化け猫の巨大な口が着物姿の少女をひと飲みにした――瞬間。
 刀路が素早く祝詞を唱えた。霊核に刻まれていた起動呪文を。

 

「朱き炎と共に踊れ――《焔舞い》」

 

  轟ぉゥッ!! 猫又の顎が、真紅の焔により爆ぜた。
 口から爆焼されたので、断末魔すら残せずに塵と化す猫又。
 圧倒的な炎。炎の小台風だ。
 その残滓の中。軽やかに舞踊する《火巫御ヒフミ 》の周囲には、凶悪な朱色の爆炎が渦を巻く。
「凄い……、そして、なんて綺麗」
 妖しくも美しい紅き舞妓の踊りに、失神から回復していた鏡子は、恐怖を感じつつも魅入っている。
 刀路が願わぬ限り止まらない、妖艶で華麗で神秘的な踊り。
 そして刀路は、その舞を哀しそうに見つめていた。とめどなく涙を流しながら。

 

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ここまでの解説

ようやく主人公が所属組織に加わった。

ヒールからヒーローへとターンだ。

そして「幼馴染みその1」が正式に物語りから退場して過去となる。これで主人公とヒロインが仲間(同僚)になるのだ。

さて、高校の同級生でもある「幼馴染みその2」とヒロインが、どの様な関係となっていくのか。加えて、主人公の退魔機関での活躍はどうなるのか。

この章までが世界観や異能設定の説明および下準備(仕掛け)に相当する。

主人公とヒロインにスポットが当たる「本当のストーリー」は次章から本格的にスタートする。ラノベ新人賞で一次選考を通過できないワナビは、ここから先(の執筆における技術的な部分)を特に注目して読んで欲しい。

 

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