僕は【戯れ記事《ゴト》遣い】

「戯れ言遣い」ならぬ「戯れ記事遣い」を名乗るブロガーです。 雑記系ですが、読んで損したと憤慨されても困ります。 だってコレは「戯れ言」だから――

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【実際に通過作で解説】戯れ言――ラノベ新人賞の一次通過のコツについて【第2回】

【実際に通過作で解説】戯れ言――ラノベ新人賞の一次通過のコツについて【第2回】

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――【スポンサー検索】――

 

 

さあ、戯れ言 記事 ゴト を始めようか――

 

 

前回については、下のリンクを参照ねがいたい。

投稿作のプロローグまでが載っている。今回はその続きとなる第一章だ。

繰り返すが、ラノベ新人賞の実相を知りたい方への記事である。公開する小説自体はそんなにレベルが高くない(ぶっちゃけ作文レベル)ので、ご承知置きを。面白いと期待して読むと、肩すかしかも。

◆合わせて読みたい◆

第一章 眩夢(DemonDream)

 

       

 

 輝く長刀 ブレード が、通過した空間の全てを斬り裂いた。

 空間ごと標的は全て消失する。人工の霊子構成物体 アストラル による ターゲット は、ランダムに高速移動していたが、師範代の業前 わざまえ である《鬼哭流闘法・剣技》は、微塵も苦とはしなかった。

 

『見事だ。スコアは満点。文句なしに合格だ』

 

 賞賛のアナウンスが、試験場を密閉している防音壁に反響した。

 戦闘シミュレーション・プログラムが停止して、市街地内の戦場を模した立体映像で満たされていた仮想空間が、味気のない白い壁で囲まれた現実の箱へと還る。

 ちん。特殊シェルター内での戦闘テストを終え、少女は刀を鞘に収める。

 その立ち姿は堂に入っている。戦国時代の武士という概念を完璧に体現したような凛々しい少女であった。

『……以上を以って全行程の修了を認める。よく頑張ったな、緋文 ひふみ

 ふぅ、と緋文は安堵の吐息をこぼした。

 つや消しの黒で統一されている特殊装甲服――【耐Gバトルスーツ】にフィットしている小柄な体躯が、残心の姿勢から解放された。真新しい装甲服には傷一つない。

 十代前半の幼い麗容は、彼女が振るった刀そのものの怜悧さだ。

 最短期間である四年で全行程を履修して、全てにおいて最高水準の成績をマークした。

 齢九での卒業も、平均よりも五歳ほど若く、史上最年少での栄光である。

『今より正式にお前は対DD戦闘員になった。コードネームは《ブレード》だ。訓練成績から暫定的にAランクとしての契約スタートになる』

 正式なランクは次回の契約更新時に決まる通例だ。Aランクは、特Sランクという例外中の例外(全世界中で現役は十二名のみ)を除けば、Sランクに次ぐ実質二番目のランクであり、新規契約時においては最高の契約条件なのだ。

「――了承しました」

 紅瀬 緋文 くぜ ひふみ――コードネーム《ブレード》は、颯爽とシェルターの出口へと踵を返す。膝まで届きそうな程長い艶やかな黒髪が、ダンスのステップのように柔らかく揺れる。

 ……ようやく待っていた時がきた。

 訓練終了の感慨を振り払い、気持ちを切り替えた。

 この防火扉の向こうには、決心して以来ずっと待ち望んだ戦いの日々が待っている。

 

 わたしは、ただ戦場の刃でありたい。

 

       

 

「――はぁっ」

 これで何度目の溜息だろうか。すでに、数えるのもバカらしい回数になっている。

 どうしても落ち着かない。鼓動が早まり、呼吸が苦しく、くり返す溜息が止まらないのだ。

 津久茂 刀路 つくも とうじ は極度に緊張していた。まさに真綿で首を絞められる心境である。

 刀路は一人の少女を待っていた。

 目的は告白であった。

 季節は風踊る新春。

 場所は街を一望できる丘の上である。その頂に高々と聳えている未だ七分咲きの大きな桜の木の下。天気も鮮やかな晴天だ。この桜の下で告白すれば、永久の愛が成就できるなんて伝説はないけれども、それでも刀路は此処を告白の舞台に選んだ。

 理由はあった。 

 この丘は、小さい頃から彼女と一緒に遊んでいた思い出の場所だからだ。

 刀路とその告白相手の少女――詩燈 一二三 しとう ひふみ は、幼馴染なのである。

 幼馴染という二人の関係を変えるんだ、と刀路は一念発起して告白を決意したものの、いざ段取りを整えてその時を迎える直前になり、逃げ出したくてしょうがなかった。

 考えれば考えるほど自信が揺らぐ。無残な最悪の結果が脳裏を過ぎる。

 

 〝ゴメンナサイ。いいお友達のままでいましょう〟

 

 なんてリアルな台詞が、聞き慣れている声色で脳内再生できてしまうくらいだ。

 ゴクリ、と大粒の唾を飲み込んだ。

 ――今ならまだ間に合う。

 このイベント自体を無かった事にすれば、少なくとも関係が悪化する事はない。

 よぉ~~く考えろ。今はまだ、それでもいいんじゃないか? それに勉強とかスポーツをもっと頑張って、ついでに見た目もレヴェルアップするのが先なのでは? もっとじっくり関係を醸成してから、成功の確信をもって――

(……って、アホか俺は!)

 刀路は己の弱気を叱咤した。

 関係の醸成なら、すでに充分すぎるほどに醸成しているはずだ。なにしろ自分と彼女は幼少時からというか、物心つくころからの幼馴染である。むしろこれ以上幼馴染として認識されて醸成する方がまずい。それにいつまでも彼女がフリーのままだという保証もない。他の誰かにかっさらわれてからでは遅いのだ。逃げるな。決意を思い出せ。

 ひふみとの関係を、幼馴染から恋人へとステップアップしてみせる!

 ……と、その時、僅かに草を踏む足音と、人の気配がした。

 刀路の心臓が跳ね上がる。

 もう後戻りはできない。ここからお茶を濁すという選択肢はないのだ。

 刀路は全身から汗を流しながら振り返った。

「よ、よ、よ、よ、よう、ひふみ」

「――じゃないわよ、トージ。つか声震えすぎだっての。情けないなぁ」

 違った。

 別人である。肩透かしにガックリときた。

 来たのは、確かに幼馴染みの少女であったが、意地悪く言い返してきた彼女は、意中の待ち人ではなかった。この少女はひふみとは『別の幼馴染』である。

 気の強さが顔立ちに出ている怜悧な美人だ。

 Tシャツにデニムパンツというラフな格好であるが、デニムは高級ビンテージ、時計や装飾品は全て数百万円もするスイスの超一流ブランドだ。ついでに出るところが出て、引っ込むところが引っ込んでいる、ブランド品に負けていない超一流のスタイルである。

「なんでお前が来るんだよ、美月」

 よりにもよって。せっかくの決心が鈍ってしまうではないか。

 少女の名前は佐倉 美月 さくら みつき 。同じ学校のクラスメートで、ひふみと同時期からの幼馴染だ。いや、先に知り合ったのは、ひふみよりも美月の方である。

「うっわぁ、それが恋の架け橋をしてあげている、キューピッド様に対する台詞?」

「なにがキューピッド様だ。ざけんな。ちゃんと言伝してくれたんだろうな?」

「勿論ちゃんとしたわよ。っていうか、文句言うなら言伝くらい自分でしなさい。直でダメならメールでもいいからさ」

「それが無理だったからお前に頼んだ」

「情けない。なんというへタレ。そこ開き直るところじゃないでしょうが。そんなんでちゃんと告白できるの? なんなら告白もあたしが代理でやってあげようか?」

 からかい顔で意地悪く笑う美月に、刀路は渋面になる。

「ちなみに今のあたしは、ひふみからのメッセンジャーよ」

「な、な、なんだよ?」

 ドクンと心臓が跳ね上がる。まさか……

「ゴメンナサイ、刀路くん。でも、これからもいいお友達でいましょう」

 丁寧な仕草で深々と腰を折って放たれた美月の、意外と似ている声真似に、刀路の視界は真っ黒なる。幻聴ではない。やっぱりか、と刀路は絶望に突き落とされた。

「なぁ~んて、ね。ウ・ソ」

「み、み、み、美月ぃぃいいいいッ!!」

 刀路は涙目になって吼える。人の気持ちも知らないで、と。

「あはははははは。ビックリしたぁ? けっこう似ていたでしょ?」

 美月は刀路のリアクションに大笑いだ。

「ゴメンゴメン。そんな目で睨まないでってば。ちょっとやり過ぎた。あたしが悪かったからさ。……で、本当の伝言だけど、急なヘルプが入ったから一時間ほど送れるって」

 門前払いではなくて、安堵した。今度こそ再決心だ。

 詩燈一二三は、住み込み家政婦として働きながら学校に通っている。孤児で身寄りのないひふみは、幼少時からずっと佐倉家で世話になっているのだ。

 実はこの広大な小丘は私有地であり、佐倉家の庭の中だ。そして美月は日本有数の大企業である佐倉重工㈱の社長令嬢である。遠方に見えるバカでかい西洋風の屋敷――佐倉邸のお嬢様だ。東洋屈指の資産家一族で、正真正銘のセレブリティだ。

 ひふみはその佐倉邸のメイドなのだ。

 美月が桜の木に背中を預ける。

「よかったらひふみが来るまで、話し相手くらいにはなってあげるわよ、トージ」

「別にいいって。むしろ邪魔だからとっとと帰れ」

 刀路はシッシッ、と追い払う仕草をする。

 その仕草に、一瞬だけ美月は怯んだが、すぐに気を取り直した。

「ダメよ。土壇場で逃げ出さない様に見張っておきたいし。ま、もしも振られたらこの美月さんが慰めてあげるって。おーヨチヨチ、泣き止みなさいなボウヤってサ」

「フン。うるせー。お前なんか願い下げだ」

「ぐわっ! ムカツクぅっ! だったら、もしもひふみへの告白が失敗したら、あたしと付き合いなさい!! 拒否権は認めないから! それがイヤならちゃんと玉砕するコト!」

「玉砕してたまるかぁっ!!」

 刀路の叫びが丘の上で木霊(こだま)した。

 

       

 

 美月は「がんばりなさい」と励ましを残し、刀路から離れた。

 最後に肩越しから、名残惜しげに振り返る。

 

 ――刀路の目は、暗く淀んで、表情は死んでいた。

 

 心が軋む。なんて瞳で自分を見るのだろうか。やっぱり……と、美月は諦めた。

 彼はまだ自分を赦していない。表向きは昔と同じように振る舞ってくれるが、それはきっと演技という名の仮面 ペルソナだろう。本心では自分と会話するのは、今でも苦痛のはずだ。

 佐倉重工㈱が殺した。刀路の両親を。

 佐倉重工㈱が殺した。剣道家としての彼の未来を。

 

 だから美月は殺した。――刀路への想いを。

 

 本当は土壇場での一発逆転を狙って、あの場で告白するつもりだったのだ。

 思い留まって、いや、臆病風に吹かれて本当に良かった。

 もしも告白していたのならば、間違いなく刀路に心から憎まれてしまっていただろう。

 ひふみが走ってきた。

 全力で走っている彼女に、美月は笑顔で言付けする。

「急ぎなさい。トージ、待っているわよ」

 しっかりと頷いたひふみは、減速せずに美月の脇を駆け抜けた。もう……止められない。

 がんばれ、と小さく呟いた。

 誰に対しての「がんばれ」なのかは、美月本人にも分からなかった。

 

       

 

 桜の木の下で抱き合う少年少女を遠くから眺めて、美月は寂しそうに自虐する。

「あ~~あ、これであたしだけ置いてけぼりかぁ」

 でも、これでサッパリした。

 元々自分には資格はなかったのだ。彼から大切なモノを奪った佐倉家の自分には。

 目尻に滲んだ涙を拭う。

 泣くな。絶対に。

「おめでと、トージにひふみ」

 これで良い。最良の結果だ。今はただ二人の幸せを――喜ぼう。

 二人の親友で幼馴染として。

 

       

 

 七月――本格的に暑くなってきた。

 今年から紫外線対策としてかけていたサングラスも、ずいぶんと慣れた。今ではファッションの一部になっている。

 刀路はショーウインドのガラスに映る自分を見て、サングラスの位置を少し修正した。我ながらいい感じだ。かけ馴染んで自然なアクセサリーになると、自分でも似合っていると思うようになる。これといった特徴に欠ける平凡な顔に、ちょいワル風のアクセントが、渋い男の味を醸し出しているではないか。

「いつ見ても似合っていないわね、ソレ」
「……」

 美月の言葉に頬が引き攣る。余計なお世話だ、と刀路は反射的に言い返そうとした。

「私は格好いいと思うよ、刀路くん」

 ひふみのフォローでどうにか思い留まった。

 しかし、美月の毒舌は緩まない。

「あのさぁ。付き合い始めてもう二ヶ月なんだから、ひふみも遠慮しないで本音で接した方がいいって。なんたって彼女なんだから」
「似合っているっていうのが本音なんだよ。お前と違って見る目があるんだ」
「うわぁお! ホントにそう思っているワケ? 教えてあげるけど、昨日の夜にトージのサングラスについてひふみと話した、」
「み、美月様っ!」

 慌てて美月の言葉を遮るひふみ。そのリアクションで充分であった。

 刀路は黙ってサングラスを胸ポケットに仕舞った。二度とかけないだろう。

 美月がさも可笑しそうに声をあげて笑う。刀路には屈辱以外のナニモノでもない。

「まあまあ、そうふてくされないでよ。お詫びに新しいサングラスをプレゼントするからさ。ちゃんとトージに似合うヤツをね」
「……つーか、どうして美月が付いて来ているんだよ?」
 別に三人が嫌だというのではなく、日曜の今日はひふみと二人でデートの予定だ。
「ご、ごめんなさい刀路くん」
「いや、別にひふみを責めているっていうんじゃなくてな……」
「責めているも同然じゃない。それにアンタはひふみに甘すぎ。ひふみも遠慮しすぎ。なんか付き合うようになってから、前よりも不自然になっているわよ。今のケースだって、不満があるのなら、まずひふみに文句を言って、二人で意見を合わせてあたしに退場願えばいいって話じゃない。そうすればあたしだって退散するってば」
「う。うるせー。邪魔だって自覚しているんだったら、じゃあ大人しく帰れ」
「イ・ヤ・よ」
「おい」
「たまにはいいじゃいの。トージってばひふみと付き合うようになってから、周囲との付き合いが極端に悪くなっているし。ね?」

 最後の方は刀路ではなく、ひふみの方を向いて言うのがいやらしかった。

「え、ええと……」

 曖昧に返事を濁すひふみ。確かに美月の言葉は本当だ。ひふみは刀路があまりに自分しか構わないので、密かに危惧してもいた。

 その時、美月のスマートフォンに着信音。家からの呼び出しのメールである。

 お嬢様である美月は社交界での活動もあるので基本的に多忙なのだ。

 美月は血相を変えてタクシーを拾って、去ってしまう。その慌ただしさは台風の様だった。

「……行っちまったな」
「そうだね。これからどうしようか、刀路くん」

 当初の予定通りといえば、予定通りだ。

「じゃ、気を取り直してデートしようぜ」
「うん」と、ひふみははにかんだ。

 駅周辺の散策に始まり、ハンバーガーショップでの早めの昼食、そして映画鑑賞とほぼ平均的なデートコースを辿った後、ボウリングに行く事になった。

 アミューズメントセンターの三階と四階にあるテナントに入った。刀路の記憶が確かならば、この店にくるのは四度目である。ひふみは前回利用時にもらった割引チケットを持っていたので三ゲームやる事になった。

 刀路とひふみは二人揃って初心者である。マイシューズもマイボールもなく、当然、全部レンタルする。刀路は十二ポンド、ひふみは七ポンドのボールを借りた。

 一ゲーム目は、お互いに和気合い合いとプレーした。

 なぜか今日に限って二人とも調子が良いようで、刀路が一五三点、ひふみが一六七点と平均スコアを大きく上回った。二人の平均スコアは一二〇前後といったレヴェルである。

 お互いのナイスプレーを讃え合って、ジュースを飲んで休憩している時。

「惜しかったわね、刀路くん」
「え?」
「もう少しでベストスコアだったじゃない。刀路くんのベスト、一五六点だったでしょ」

 刀路はスコア表を確認する。確かにそうだったかもしれない。……が、そのベストスコアにしても、ひふみに負けている。

(今日の調子ならいけるんじゃないか?)

 そんな思いが鎌首をもたげてきた。

 それに、やはり残りの二ゲームを漫然と投げるだけでは物足りなくもある。本音をいえば、負けたままなのは口惜しい。

「……なあ、ひふみ。残り二ゲームの平均スコアで勝負しないか?」
「勝負?」
「ああ。負けた方は勝った方の言う事を何でも聞く――という罰ゲーム付きでどうだ?」
「ふぅん。……刀路くんの事だからHな罰ゲーム考えているでしょう」
「いや、その、さ、参考までに聞いておきたいが、どれくらいまでならセーフだ?」
「刀路くんは何を望んでいるの?」

 刀路は少し悩んだ。罰ゲームがないとつまらない、という乗りで提案しただけであって、具体的には考えていなかった。ひふみも分かっているからこそ、質問し返したのだろう。変なシコリを残さない為にも、最初に罰ゲームを決めておいた方がよさそうである。

 刀路は熟考の末に提案した。

「……は、裸エプロンで晩飯を作ってくれるっていうのは?」

 緊張した面持ちでひふみの反応を伺う刀路。

 対するひふみはニッコリと笑う。ちょっと怖い表情だ。

「うん。いいわよ。ただし刀路くんが負けたら同じく裸エプロンでご飯作ってね」
「え? ちょっ、それは……」
「じゃあ、始めましょう!」

 やる気満々で勝負に向かうひふみ。

 刀路はひふみの性格を思い出した。実のところ、ひふみはかなり負けず嫌いな性格をしている。普段控え目に振舞うのはあくまでメイドだからであって、本来は気が強く芯がしっかりしている。ひふみに比べると、立場上強気を装わなければならない美月の方が、本質的には控え目で弱気だ。仮に美月が同じ提案をされたのならば、絶対に乗ってこないだろう。

「うふふ。絶対に負けないからね!」

 盛り上げる為の提案が、図らずしもひふみの闘志に火を点ける結果になり、刀路は少しばかり後悔した。

(是非とも勝って裸エプロンを拝ませてもらいたいが――)

 しかし、負けたら自分が裸エプロンな上、逆に勝ったら勝ったで、ひふみの機嫌が悪くなるのは目に見えていた。罰ゲーム云々ではなく、単純に負けず嫌いだから。

 結果は、ひふみの大差での勝利であった。

 

 白熱したボウリング対決を終えると、すでに夕刻になっていた。
 夕方から夜勤シフトが入っているひふみは、そろそろ帰宅しないといけない時間だ。
 二人はなんとなく大通りを歩き始めた。
 目的地がないので、単に目に入ってくる街並みを眺めて歩くだけだった。
 それだけでも二人ならば楽しかった。
 路肩に露店が見えてきた。
 木箱を展示台代わりにして、若い女性が手作りのアクセサリーを売っている。少々化粧が濃く、中途半端な長さの髪の毛は真っ赤に染められている。
 女性の工業用のツナギを改造したような格好が、ちょっと気になった。
「よっ、そこのお二人さん。ちょっとでいいから見ていかない?」
 気っぷの良い呼び込みに、ひふみが興味を引かれた。
 足を止め、彼女は銀色の品々に魅入る。
「どうだい彼氏。せっかくだから彼女にプレゼントしたら? まけてあげるよ?」
 刀路はひふみに「どれか気に入ったのあるか?」と訊いた。
「いいの?」
 ひふみは瞳を揺らめかせた。そして、おずおずと一つの指輪を手に取る。
 細身のシルバーリングで、竜の意匠と竜が咥えている紅い宝石が特徴であった。
 パン! と膝を景気よく手で打って、露店の女性は嬉しそうに言った。
「ほう、お目が高いねぇ、彼女。そいつはあたいの自信作でさ。この世に一個しか存在しない特別な指輪さ。ま、全部一品物なんだけどね。その指輪に填め込んである石は、不思議な石でね。炎の厄災から身を守ってくれるっていう霊験あらたかなモンなんだ」
「ホントかよ。っていうか、いくらすんだソレ」
 露店なのに高価なのか、と刀路は不安になる。
 ひふみも指輪を返そうとした。
 ツナギの女性は悪戯っ子のような笑顔を作る。
「あーー。普段は百万円だけど、今日はお二人さんを祝って千円ポッキリだ」
 財布に優しいお値段で、刀路は密かに胸を撫でおろした。

 

「――流石にそろそろ帰ろうぜ」
 刀路が切り出すと、ひふみも了解した。
 普段とは違う一日に、なんだかんだで疲れている。
 二人は駅に向かって歩き出す。駅で二人は別々の帰路につく。刀路のマンションとひふみが帰る佐倉家本邸は、反対の路線だからだ。
 駅の改札口で、二人は向き合った。
「じゃ、またな」
「今日はありがとう、刀路くん」
 ひふみは左手の薬指に嵌めた銀色のリングを翳して見せる。
「これ、一生の宝物にするね」
 幸せそうに微笑んだ。

 

       

 

 ぱキィン。標的であった【DD(デーモン・ドリーム)】は、瞬時に凍りつく。
 霊子構成物体 アストラル ――霊体の敵は、同じく霊的エネルギーの氷によって、霊的現象として凍結された。圧倒的なパワーであった。
 氷塊の前には、灰色のブレザーを着た上品そうな小柄な少年がいる。ブレザーのデザインは何処かの学校制服で、少年の幼さからして、おそらくは中学生だ。
「呆気ないな」
 少年は冷たい口調で呟くと、とどめの一撃で、氷づけの敵を粉々に砕いた。
 彼のコードネームは《アイスブラッド》。
 その名の通りに、彼が契約している【 使神 シシン 】の能力は、霊的かつ物理的な絶対冷凍である。
 粉々に砕かれた氷塊は【DD】と共に、溶けて消えた。
《アイスブラッド》はスマートフォンを取りだし、リダイヤルする。
「もしもし、ボクだけど」
『お疲れさ~~ん。ちゃんと『視て』いたわよ』
 人を食ったような声色は、若い女性のものだ。
「報告するよ。ボクの仕事は終わった。後片付けを頼んだから」
『了解。じゃ、明日にでも次のミッションの打ち合わせをするから、時間作っておいて』
「明日?」
 思わず眉根が寄る。今は夜中だ。明日は休養を摂りたい。
『今度の標的は入念な下準備がいるのよ。なんたって日本屈指の大富豪の邸宅に潜入しなければならないんだから』
「確か佐倉重工㈱の社長一家の本邸だったよね。分かった。明日だね」
『うん。じゃ、ヨロシクね~~♪』
 気軽な余韻を残し、通話は切れた。

 

       

 

 ぽぉーーん。
 自宅マンションの寝室で寝転がって漫画を読んでいると、チャイムが鳴るのが聞こえた。
 しかし刀路は寝転がったまま動かない。
 刀路が玄関まで動かなくともホームセキュリティシステムが解除され、チャイムを鳴らした本人が入ってきた。来訪者は自分用のカードキーと解除コードを持っているのだ。
「こんにちわ、刀路くん」
 詩燈一二三である。
 ひふみは買い物用のエコバック一杯に、食材を買い込んでいた。
 刀路が独り暮らしを始めて以来、ひふみは美月の命令という名目で、こうして最低でも週に一度は食材を買い足して掃除をしていくのだった。食材も刀路の調理スキル――単純に焼いたり煮たり程度――に合わせて簡単に作れるものばかりチョイスしている。電子レンジを活用する為の冷凍食品も多い。
 やがて――台所からひふみの声が聞こえてきた。
「やだ。この牛乳賞味期限が過ぎている」
「平気だって。まだ飲める」
 刀路は寝室から台所へと、声を張り上げる。
「お腹を壊すかもしれないから、ダメ」
 本格的に掃除が始まり、ひふみは寝室にも入ってきた。
 それでも刀路はベッドから動かない。怠惰そのものである。
 ひふみは掃除機をかけ終わると、仕上げに、雑巾による拭き掃除に移行した。
 刀路は寝転がって、漫画を眺め続けている。
 こういった緩やかな時間を、刀路は割と気に入っていた。

「ねえ。来週なんだけれど、旦那様と奥様が珍しく揃って早く戻られるんですって」

 その一言で、緩やかな空気が一気に冷たくなった。
 刀路の心も急激に温度を下げる。切り出そうとしていたデートの件が、頭から消し飛ぶ。
「……それで?」
 口調が途端に強ばる。寝返りをうって、ひふみの反対側を向く。
「だから、一緒に食事をするいい機会じゃないかなって」
 陰鬱とした刀路の視線に、ひふみの声は尻すぼみになった。
 このマンションは刀路の両親の物ではない。
 此処は佐倉家が所有している物件だ。そして基本的に刀路とひふみだけの場所である。友人も呼んだ事がない。引っ越した時に佐倉家の人間が挨拶に顔を見せたきりで、美月もこのマンションには足を踏み入れない。
「もう、あれから一年半以上がすぎたんだよ」
「そうだな」
 興味なさげに応えた刀路の声は、細かく震えていた。
 背中が、微かに丸まった。
 これ以上、この話題で会話をしたくない。相手がひふみでもだ。
 普段ならば刀路の意思表示で会話は終わっていた。
 しかし――今日は違った。
「刀路くん。来年受験でしょう。いつまでも停まったままではいられないよ」
「お前が言うと説得力あるな。俺と違って大人だ」
 精一杯の皮肉だが、弱々しい言葉だった。
 刀路は自虐混じりに吐き捨てる。
「親の遺産と慰謝料でゴロゴロしてる俺とは大違いだ。俺はもう昔の俺には戻れない」
 仮面を被り、昔みたいな明るい自分を演じられても、心の奥底では――
「嘘だよ。刀路くんは自分に嘘ついている」
 ひふみは部屋の隅に立てかけてある竹刀を手にとって、叫んだ。
「昔の自分に戻れないっていうんだったら! どうして全国大会で優勝した時の竹刀を、未だに捨てないでとってあるのよ!! こんなに大事に!」
 剣道に詳しくないひふみでも分かる。この竹刀に手入れが行き届いているのが。
 刀路は奥歯をかみ締める。
 数々のトロフィーや賞状は焼き捨てた。面や小手、防具も全て処分した。剣道の雑誌もビデオも記念写真も全て捨てた。とっくの前に。なのに、なのに――この竹刀だけは。
 剣道家でもあった両親との最後の繋がりだけは――どうしても。どうしても。
 思わずベッドから身体を起こした。
 忘れていたい。両親を思い出したくない。まだ辛いんだ。
 ひふみに怒鳴ろうとして、ひふみの泣き顔を目にして、俯くしかなかった。
「俺は、俺は……」
 力なく、刀路は項垂れた。握りしめた両拳に、滴が落ちる。
 そして数分が無言のまま過ぎた。
 ひふみはゆっくりと刀路の傍へ近づいていく。
 刀路の頭を抱いて、優しく囁いた。
「――ね。ボウリングの約束を覚えている? 何でも言うことを聞いてくれるんだったら、お願いだから、昔の刀路くんに戻って欲しいの。私の大好きな刀路くんに……」
 本当はキッカケが欲しかっただけなのを、刀路はやっと理解した。

 

       

 

 その週の土曜日。
 ひふみに指導されての手料理で、刀路は佐倉夫妻と美月をもてなした。
 佐倉夫妻と美月はこのイベントに驚いた。佐倉家お抱えの超一流シェフではなく、ド素人の子供が作った、お世辞にも美味には程遠い不器用で拙い家庭料理。
 しかし、傷だらけ火傷だらけの刀路の手を目にした佐倉夫妻は、料理を食べる前に泣き始めてしまった。
 給仕はメイド服で正装したひふみただ一人。
 それでも彼らは「人生最高の晩餐だ」と、満面の笑顔で喜んで感激してくれた。
 刀路は噛み締めるように、思いの丈を告げる。
「俺、もうあの事故の事は忘れました。あれは誰かが悪いんじゃない、ただ不運が重なっただけなんだから」
 詳しい真相は刀路には知らされていない――が、会社側に過失がある研究所の爆発事故で、技術者 エンジニア だった刀路の両親は亡くなった。
 佐倉重工㈱は企業イメージを守る為に世間への発表を最低限に抑え、その代わり、残された刀路には、最大限の誠意をみせた。
「おじさんとおばさんを恨んではいません。むしろ感謝しているくらいです」
 爆発事件はすぐに風化した。
 しかし、刀路が成人してから受け取れる莫大な補償金を狙い、近親者から自称・遠縁者や初対面である自称・両親の親友まで、刀路を引き取りたいという者が大挙して押し寄せた。
 また佐倉家も、刀路を養子として引き取って責任をとりたいと申し出た。
 悩み抜いた末の結論――刀路は一人暮らしを選択する。佐倉家とは距離を置きたかった。無責任にはやし立てるマスコミも、金の亡者にしかみえない親類縁者も、沢山だった。
 そして、刀路の意志を佐倉家は尊重した。
 その結果が、現在のマンション独り暮らしである。
 刀路は彼らに今までに対するお礼を言った。
 初めて言葉にして感謝を伝えた。
 佐倉夫妻が、刀路たちの目を憚らずに、涙を流し嗚咽する様を見て、痛感する。
(もっと早く伝えて入れば良かった……)
 刀路はそんな後悔に胸を痛めた。
 彼らはこんなにも自責の念で苦しんでいたのだ。あるいは自分よりも苦しかったのかもしれない。本当はそんなの、とっくの前に分かっていたはずなのに。
「ありがとうトージ。あたし達を赦してくれて、本当にありがとう……」
 美月はそう言って、泣いた。
 両親と共に抱き合って泣いていた。
 初めて見る美月の号泣。
 とっくに許していた。なのに、それを素直に伝えられなかったばかりに、俺は……
 もう一度、やり直そう。三人で。
 自分と美月と、そしてひふみ。三人で一緒に歩いて行こう。
「謝らなければならないのは、俺も一緒だ」
 刀路も泣きながら彼らの輪に加わって――思う存分涙を流した。
 両親の死で涙するのはこれが最後だ、と。

 

       

 

 竹刀の先が空を切るたび、びゅん、と鋭い音が鳴っていた。
 素振りをする刀路の首筋からは、大量の汗がしたたっている。
「なんか昔に比べて、かなり鈍っていない?」
 刀路の素振りを見て、美月が素直な感想を述べる。
 それは当の本人が一番自覚している。剣道二段の腕は、見事なまでに錆びていた。
「ブランクがあるんですから、仕方が無いかと」
 ひふみは嬉しそうに竹刀の軌跡を目で追っていた。
 稽古が終わり、刀路は疲れ切った身体を芝生に投げ出した。
 美月は刀路の額をタオルで拭いた。
「だらしねえな、俺」
 しかし、これ以上なく心地良い。
「少しずつ戻していくしかないんじゃない? また霧嶋道場に通うの?」
「最低限、身体を造ってからじゃ、なきゃな」
 息も絶え絶えに言う。今年受験なので剣道部に復帰という選択肢はない。
「道具は?」
「来年の春からバイトして少しずつ買い揃える。自分でバイトして買うんだ」
 ひふみが控えめに申し出る。
「それだった復帰祝いという事で、私にプレゼントさせて」
「悪いが、それじゃダメなんだよ。自分が稼いだ金じゃないと、無意味なんだ」
「へえ。まるで昔のトージじゃない」
「そうだな。けど、まだまだだよ」
 休憩を終えると、刀路は黙々とランニングを始める。この為に、新調した剣道着ではなく、トレーニングウェアを着ていた。
 佐倉家の敷地はクロスカントリーができる程に広大なので、走り甲斐がある。
 美月はそんな刀路を眩しそうに眺めていた。

 

 トレーニングを終えた刀路は、告白の場となった桜の下でひふみの作った弁当を食べて、まったりとした時間を過ごしている。
 思えば、本当に久しぶりに此処で過ごしていた。
 この丘からの展望は変わる事がなかった。胸が透くような絶景である。
 街を見渡しながらの昼食は別格であった。いつもよりもさらに美味しく感じた。
「ごちろうさん。美味かった」
 刀路は満腹になり、ひふみの膝枕でゴロリと横になった。柔らかさと張りが絶妙の太腿の感触はまさに極楽の一言に尽きた。
 ひふみは優しく刀路の頭の向きを調節する。
「……ん? 足が痛かったか?」
「違うわ。少し耳垢が溜まっているみたいだから、ちょっと大人しくしていてね」
 そう言って、ひふみは用意していた耳掻きを取り出して、耳掃除を始めた。
 最初は照れたが、刀路は抵抗せずにされるがままになる。
 そんな様子を、美月が冷やかした。そんなやり取りが、幸せだ。
 右耳が終わり、次は左耳になった。頭の向きが反対になり、顔がひふみの方を向いてしまう。とてもいい匂いがした。なんて心地いいのだろうか。
 あまりの気持ちよさに、刀路は我慢できずに眠りに落ちてしまった。

 

       

 

 ……目が覚めた時。
 刀路が真っ先に気が付いたのは、枕にしていた太腿の感触の違いであった。
 続いて、すでに日が落ちているという事も知る。寝冷えしないようにとタオルケットをかけられていた。慌てて起き上がると、刀路に膝枕していた美月が驚きの声をあげた。
「と、トージ! いきなり起きるからビックリしたじゃない」
「――美月?」

 

 豪勢だった美月との食事を終えて、刀路は帰宅する事にした。
「じゃ、おやすみ美月」
「待って。せっかくだし正門まで見送るわよ」
「ああ。その前に、ひふみに会いに宿舎の方に行くけどいいか?」
 ひふみは休憩時間なので使用人宿舎に一時戻っていると聞いた。住み込みで夜勤シフトの家政婦たちはこの時間帯に交替で食事を摂ったり風呂に入ったりして休憩するのだ。
 休憩とはいえ色々と忙しい時間なのだが、上手くすると帰りの挨拶ができるかもしれない。刀路は一目でいいから、帰る前にひふみの顔が見たかった。
「あたしはオッケーだけど、連絡の方は?」
「メールだけ。返事こないから見ていないんだろう。仕事中だしな。だから玄関先で聞いて、出て来られないのなら、その時は大人しくそのまま帰る事にするよ」
 顔は見たいが、仕事の邪魔になりたいってワケではないのだ。ひふみは仕事に対しプロ意識が高い。だから迷惑をかけるつもりはなかった。
 刀路は、正門への帰途ではなく使用人宿舎までの夜の散歩に出た。
 星が煌く胸が透くような夜空だ。
 見上げていると、心が洗われる様である。
(まるで、この世界全部が平和みたいに錯覚しちまうな……)
 自分だけではなく、世界全部が幸せであるような。
 両親を喪った時には、自分が世界で一番不幸で、世界が狂っていると思っていたのに。
 今はこんなにも心が穏やかだ――
 ひふみの笑顔を思うだけで、こんなにも。

 

 夜の散歩はすぐに終わった。
 いくら佐倉の屋敷が広大とはいってもほんの十数分の徒歩で、敷地の離れに位置する使用人専用宿舎が見えてくる。
 使用人宿舎は裏林に面した三階建ての木造欧風建築である。使用人専用とはいっても、その造りは並の高級建築物よりはるかに一流品であった。なんでも海外の歴史的建築物をそのまま移設したと聞いている。
 ただその反面、最新建築物とは異なり、屋敷本館や各門の侵入可能経路と比較してもセキュリティはかなりランクダウンしている。刀路でも単身で玄関先に行けてしまう程だ。むろんその分、敷地外周部分のセキュリティは厳重である。
 それは――刀路と美月が玄関先に到着したのと、ほとんど同時であった。
 ドンッ!! と眼前から空間が烈震。

 

 宿舎が莫大な轟音を響かせて爆発。

 

 音と熱が物理的暴力と化して、刀路に襲い掛かってきた。
 視界が暗転して、方向感覚が滅茶苦茶だ。
 刀路と美月は爆風で数メートは軽く吹き飛ばされて、さらに二人して後方へ転がった。
 辛うじて意識を失わずに済んだ刀路は、燃え盛る宿舎を呆然と見上げる。

 

 い、いったい何が起こっている?

 

 轟々。音が凄い。地鳴りめいている。見ると、宿舎が――燃えている……
 刀路には眼前の事態を理解できなかった。いや、理性が理解を拒絶していた。
 信じられない。
 数刻前の平和な静寂はどこにいった?
 夜の肌に心地良い清涼とした空気は?
 暑い。いや、熱い。清涼な空気が、今では暴力気な輻射熱に塗り潰されている。
 刀路は何のリアクションも取れずに固まったままである。
 夜の闇を焼き照らす赤を背にして、一人のシルエットがゆらゆらと浮かび上がる。
 その人影は悠然と玄関先から歩んできた。
 刀路はそれで我に返った。起き上がる。あちこち身体が痛んだが、動くのに問題ない。傍らに伏している美月の無事を素早く確認すると、件(くだん)の人影へと駆け寄った。
「ひふみぃっ!!」
 よかった! ひふみだけは無事だった!
 だが――
「なに? 目撃者がいるだって?」
 その人影が発した声音は、ひふみのものではなかった。歓喜に冷や水が浴びせられる。
 刀路はその人物――若いメイドに詰め寄る。
「おいっ! 中はどうなっている!? なんで燃えた!? 消防隊や救急車の手配は!?」
 言って、自分の台詞で気が付いた。これだけの爆発と火災が発生しているのに、自動火災報知器が作動している様子がないと。刀路は急いでスマートフォンを取り出し、消防隊を呼ぼうとしたが、その手は玄関先から出てきたメイドに掴み止められた。小柄で細腕なのにすごい握力と腕力だ。
「余計な真似は止めろ」
「なにが余計な真似だっ! 放せよ!」
 振りほどけない。それどころかビクともしないではないか。
「どうしてッ!! アンタにはあの炎が見えないのかよ!? そもそもアンタは――」
 そこで刀路は言葉を区切った。メイド服がズタボロに裂けて、その内側から判るのは。
「お前――男?」
 メイドは細身ではあったが、服の裂け目から露出している胸板は、男性のそれだ。
 彼はあっさりと認めた。
「そうだ。ボクは男だ」
「な、何の為に女装なんて? そもそもどうして、お前だけ助かったんだ?」
「君には関係ない話だよ」
 助かった、関係ない、という単語で、刀路は再び思い出す。
(そうだ! ひふみ、ひふみは!!)
 それだけでいいんだ。たとえ屋敷が吹き飛ぼうが、ひふみさえ無事でいてくれれば!
 刀路は暴力的に燃え盛る宿舎に向かって、力一杯叫ぶ。
「ひふみぃぃいいいいいっ!!」
 男の手を振り解いて、建物の中に飛び込もうとしたが、掴まれた手は解けなかった。
「ダメだよ。止めろ。行っても無駄死にだ」
「中には、あの中には、俺の大切な人がいるかもしれないんだよ!!」
 刀路の悲痛な言葉に、少年は冷静に質問する。
「名前は? ここの使用人の顔と名前は把握している」
「ひふみだ! 詩燈一二三!」
「残念だけどもう手遅れだよ。あの状況ではm詩燈一二三も含めた休憩中の使用人は七人全てが今頃は死亡しているだろう。現場は食堂だ」
 その言葉に、刀路の思考が止まる。
 しかし、すぐにその言葉を拒絶した。
「ふざけるなっ!! 誰がそんな事を信じられるかよ! だいたい逃げてきたお前になんでそんな事がわかるっ!」
 そこで、メイドに扮した少年の懐からスマートフォンの着信音が鳴った。
 少年は片手で起用にスマートフォンを操作して、通話に応じる。
「もしもし、ボクだけど」
『どうだった? こっちから『視る』限り、少し面倒になっているみたいだけど?』
 少年の口調がとたんに批難めいた。
「あのさぁ、ここの警備システムってちゃんと機能しているの? 関係者らしき十代の男がこんな時間に現場にいるんだけどさぁ。警備員ってバイトの爺ちゃん? 警備システムって手抜きの安物? ねえ、ここって一流物件じゃないのか? 何の為の下準備なの?」
『あ、ソレたぶん津久茂刀路っていう佐倉のお嬢様の幼馴染だわ。その子だったら外周警備のセキュリティカード持っているし、ガードマンとも顔馴染みだから』
「ボクは聞いていない」
『そりゃ話していないからね。いやだってさ、こんな時間に彼が屋敷内にいるなんて想定していなかったから。純粋に予測不能のイレギュラー。私のミス。ゴメン。……で、確認するけれど【 眩夢 げんむ 】の方は片付いた?』
「いや。取り逃がした」
『へえ? Aランクでも指折りの《アイスブラッド》ともあろう者がね。これの方こそまさに想定外なんですけれど?』
「あのさ、気軽に機密事項を口しないでよ」
『そこまで細かく気にしなくていいっての。それより爆破処理したってコトは、建物にまで汚染は広がっているのね?』
「肯定だよ。残留怨念が局地的災害クラスに化けた。やむなく自動火災報知器と消火システムを強制遮断してからの爆破処理に踏み切った。封印と浄化作業はそちらに任せる」
 通話先の口調がビジネスライクに改まった。
『状況は把握したわ。《ホークアイ》の権限において認可しました。以後はこちらで事後処理を引き受けるから可及的速やかに現場を離れて下さい。あと確認だけど、自火報と消火システムの切断作業で、あんたダイレクトにメインブレーカーを落としたでしょ』
「時間がなかった。建物の防火設備は最低だけど、そのぶん電子系システムは高度だったんだ。ハッキングする時間はないと判断した。現場の消音と情報遮断をを優先した。そもそもこの戦闘自体が突発的な作戦外だった。本来の作戦遂行は二日後だろ」
『電源断シグナルが管制から屋敷の防災センター本部にいっている。もう間もなく機械警備の人間が現場確認で臨場するわ。火災が判明したその後は真報報告と通報になるし、ここの警備隊はバイトや安賃金のお飾りじゃないわよ。本屋敷じゃないから猶予はあっても、真報だと判ってからは迅速よ。揃って錬度の高いプロ組織だから、出くわすと厄介だわ』
「津久茂刀路とやらはどうする? 力ずくで現場から退避させるのかい?」
『いえ。彼よりもその近くに転がっているお嬢様の保護を最優先して。その子、佐倉重工㈱のお姫様よ。世界クラスのお金持ち。マジモンのVIP。死なれるどころか軽傷でさえ、後で色々と面倒になるから。これは依頼や意見じゃなく――命令です』
 命令、の言葉に少年は居住いを正した。
「了解した。至急現場から離脱する」
『それじゃお願いね。最後に戦闘お疲れ様。それと無事生き残ってくれて嬉しいわ』
 それで通話は切れた。
《アイスブラッド》はスマートフォンを仕舞うと、刀路の腕を放す。
「――聞いていたと思うけど、ボクはそっちのお嬢様の身柄を保護しなきゃならないから君の面倒まではみれない。だから好きに無駄死にしていいよ。それと君の恋人だけど、食堂で遺体になっている。玄関からすぐ左に曲がって突き当たりの大廊下を進めばいい」
 そして、刀路に掌を翳す。
「無駄に足止めさせたせめてものお詫びとして、餞別をあげるよ。これで食堂までは辿り着けると思う。ま、帰れないだろうけどね」
 少年の手が蒼い燐光を放った。
 キィィン、と刀路の周辺の温度が下がる。どんな手品なのかは分からない。しかし、気のせいか呼吸もクリアになっている。確かにこれならば、いけそうだ。
「ちッくしょうっ!! 礼なんて言わないからな!」
「期待してないよ。それからこのハンカチを口元に当てて、できるだけ姿勢を低く保っていくといいよ。煙は吸わない様に。火災対応時の基本だ。――じゃ、サヨナラ」
 刀路は差し出されたハンカチを乱暴に引ったくると、一瞬だけ気を失ったままの美月に心配げな視線を移したが、大丈夫だ、この少年が助けてくれるはずだと意を決して、今にも崩れ落ちそうな玄関へ走った。
 ごぉぉおおおっ!! と空気が唸っている。
 非日常的で暴力的な光景だ。赤い炎が巨大な顎を開けて威嚇する。
 だが、躊躇や恐怖は刀路にはなかった。
「絶対に助け出す。今度は俺が……お前を救う番だ」
 刀路は炎の中へ飛び込んでいった。

 

 煙でほとんど視界が遮られる。
 呼吸するたびに喉と肺が焼かれる。
 炎の熱気が物理的な壁になって、刀路の行く手を塞いでいた。
 それでも刀路は、暴力的な煙に巻かれながら、肌を燻られながら、ひたすら前に進んだ。
 煙と熱でまともな呼吸ができない。足が縺れる。真っ直ぐ歩けない。
 酸欠で意識が遠のいていく。
(ひふみ――ひふみ――ひふみ――ひふみ)
 それでも夢遊病者のように食堂に到達した。
 幸い食堂はまだ燃えていない。手にしたのノブ扉が凄まじく熱かった。火傷に構わずこじ開ける。刀路が食堂に足を踏み入れた瞬間、フラッシュオーバーが発生して、一気に食堂全体が炎に包まれた。
 此処は――炎と煙だけの灼熱の世界。
 地獄だった。
 煉獄だった。
 四方八方からの炎に閉じ込められる刀路。しかし刀路は退路ではなく、ひたすらにひふみの姿だけを求めた。一心不乱に、ひふみだけを。
 ……そして、どうにか発見した。
 ほぼ部屋の中央に倒れている。奇跡的にそこだけ燃えていなかった。最後の力を振り絞って彼女の元へ。喉がやられていて声など出ない。それでも必死に呼びかけた。
 か細い左手を両手で握りしめた。指輪の感触。仕事中に着けるという事は、彼女の性格からしてありえない。つまり……そういう事なのだ。
「ひふみぃ!」
「あ。刀路くん」
 ひふみはうっすらと両目を開けた。
「しっかりしろ!! しっかりしろ、ひふみぃ!」
「……何も見えないよ。刀路くんが見えない。これって幻聴かな。夢なのかな。だったら、もう最後みたいだから、さいご……だから、すなお、にな、って、っ、み――つ、」
 微かに唇が動いたのと同時に、ひふみの全身から力が抜けた。
 握っていた左手がすとんと落ちる。
 呆気なかった。詩燈一二三はすでに骸であった。
(あぁぁああぁあああああぁあああっ!!)
 刀路は号泣しながらひふみの遺体を掻き抱く。反応はない。抱く体は人形そのもの。
 恋人が。いや、俺のかけがえのない――家族が。
 この世の終わりのような絶望。いや、刀路にとっては世界の終焉に等しい。
 どうして。ずっと幸せが続くはずだと、信じていたのに。

 

 あはははははっ! あははははははっ!
   あはははははっ! あはははははっ!
  あはははっ! あははははっ!

 

 刀路を囲む炎が人間の口の群と化して、耳障りな哂い声をあげる。
 幻聴なのか。幻覚なのか。ひふみの死に面して、自分は狂ってしまったのか――
(いいさ……、もう全てがどうでも)
 むしろ、いっそ狂ってしまえば楽になれる。
 刀路はひふみの唇に自分の唇を優しく重ねた。初めてのキスだ。そして最後のキス。
 ただ身を寄せ合って最後の時を待つ。
 燃え盛る灼熱の中で、静かに待つ。
 自身に迫る死に対しての恐怖はなかった。
 重度の酸欠で思考が揺らぐ。すでに視界は暗くなっていた。
 言葉が自然と口をついて出る。最後に浮かんだ顔。
「悪いな、美月」
 三人の中で、お前一人だけ置いてきぼりにしてしまって。
 けれど三人で死ぬよりは、一人だけでも生き残ってくれた方がいい。
「俺とひふみはここで死ぬけど、お前だけは幸せになってくれよな」
 勝手に死ぬ事を許してくれ。俺とひふみは、天国からずっとお前を見守るから。
「――サヨナラだ、美月」
 頭上から、ばがん、という破砕音。
 刀路とひふみに、焼け崩れ落ちた天井の瓦礫が殺到した。

 

       

 

 ……――二年後。
 津久茂刀路は高校二年生になっていた。
 寝室の隅には、使い込まれてボロボロになった竹刀が立て掛けられている。
 あの爆発事件以来、刀路には幽霊が『視える』ようになっていた。
 詩燈一二三は死んだ。
 津久茂刀路は助かった。
 刀路の目の前には、無表情のひふみの霊が立っている。いや、地に足が付いていないので、浮遊だ。佐倉家用のメイド姿の彼女は、中学一年のままの姿で時を止めている。一歳下だったが今では三歳下になっていた。これから年の差は広がる一方だ。
 意思の疎通はできない。
 ひふみ以外にも様々な霊を『認識』できる。自分がいわゆる『霊能力者』であると、刀路は自覚していた。そして、発現した霊能力(異能)は霊視だけではない。
 スマートフォンに美月からの着信がきたが、今は無視する。
 やらなければならない事があるのだ。
 だから――自殺せずに、無様にも生き続けている。生き恥を晒している。
「……さて、今夜も出かけようぜ」
 返事をしないひふみに呼びかけ、制服の上着を羽織る。今夜も刀路は彷徨うのだ。
 悪霊を退治する為に。
 刀路の背中を、ひふみの霊が無言で追いかけた。
 ボロボロになっている竹刀の傍には、ひふみに贈った銀色の指輪が台座に飾られた状態で、寄り添うように置かれている――

 

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ここまでの解説

プロローグにて、過去について匂わせていた。

そして、この第一章で明白に「過去が主軸となるストーリー」と開示する。構成としてはプロローグが現在、第一章から第七章までが過去語り、そしてエピローグでプロローグの続きとなる現在に戻る、という時系列だ。

 

プロローグの引きで、主人公とヒロインは2人揃って「主人公が最も愛していた少女」の墓参りに向かっている。

その少女がこの第一章にて登場。

反面、メインヒロインは冒頭パート以外は登場していない。

主人公とヒロインが物語で交わるのは、まだ先だ。

しかも第一章は過去編のさらに過去であり、プロローグから三年前となっている。第二章から第七章は、プロローグから一年前だ。

小説を読み慣れていない人は、すでにミスリードに引っかかっていると思う。

逆に、小説を読み慣れている人、あるいは小説を書く人は、ミスリードを理解して、このストーリーにおける真のヒロインが誰かは、簡単に気が付くだろう。

 

異能バトルにおける世界観の説明をプロローグに詰め込んだのは、この第一章をバトル面での導入にできなかったという都合もあった。

また、可能な限りコンパクトに、主人公が異能の世界に足を踏み入れ、かつ以後の戦う動機(後に変化=成長するが)を読者に説明したつもりだ。新人賞用なので、主人公の動機は可能な限り早い段階で読者に分かって貰った方がいいだろう。

次の第二章では、異能の力を手にした主人公がどう動くのか、確認して欲しい。

展開を予想しながら読むのも訓練になる。

ここから先の流れは、非常にオーソドックスなので、新人賞で高次選考を突破できる人ならば、容易に展開が予想できる筈だ。まだ新人賞で一次選考を通過できない人は、次の第3回まで、じっくりと考えてみてはどうだろうか。

 

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