僕は【戯れ記事《ゴト》遣い】

「戯れ言遣い」ならぬ「戯れ記事遣い」を名乗るブロガーです。 雑記系ですが、読んで損したと憤慨されても困ります。 だってコレは「戯れ言」だから――

ヘッダー画像
  •   
  •   
 — 最 新 記 事 —

【少子化問題】戯れ言――貧乏人は子供を産むべきでないか否か、について【劣等感を味わう搾取子】

【少子化問題】戯れ言――貧乏人は子供を産むべきでないか否か、について【劣等感を味わう搾取子】

f:id:ayafumi-rennzaki:20180529140913j:plain

――【スポンサー検索】――

 

 

さあ、戯れ言 記事 ゴト を始めようか――

 

f:id:ayafumi-rennzaki:20190923132948j:plain

 

今回は過日、ちょっとバズったツイートから考察してみたいと思う。

こういったオピニオン系はブログの現状から考えるに、SEO的にプラスに働かない気もするが、ちょっと色々と述べてみたくなってのだ。欲求を抑えられなかった、というやつである。——で、僕も自分のツイッターアカウントにおいてコメント付きでリツイートしたのが、以下のツイートだ。

 

 

 

 

元ツイート削除によるリンク切れを避ける為、あまり埋め込みはしたくない。普段は可能な限りキャプチャ画像の方を選ぶ僕であるが、リンク切れになってもテキストデータのみ「引用データ」として残るらしいので、今回は埋め込みを選択した。

このツイートにコメントとして繋がっている内容にも、出来れば目を通して貰いたいというのもある。ホント、考えさせられると思う、色々と。

じゃあ、始めようか――

子供を産むべきではない貧乏とは

単純な親の経済力から判別

自分の子供に、周囲と同じだけの物(スマホや玩具、手頃な流行りもの)を買い与えられない収入レベル。端的にこれだけ。僕はそう主張する。

節約の為に、衣服や通学カバン等がお下がりだったり貰い物だとしても、最低限は周囲の子供と同じ物を買って貰えていれば、そこまで深刻な劣等感は味わないだろう。逆にいえば、周囲と同じ物を買い与えられずに、その上で中古品ばかり身に着けさせられたら、それはもう、屈辱で惨めなコト、間違いなしだ。自尊心に重大な疵を追う。

 

ここで、件のツイート主が改めてブログ記事として発表しているので、そちらのリンクも貼って、必要な箇所を引用しよう。

kumapower8.hatenablog.com

理由は、シンプルにこれだけ。

「子供が惨めな思いをするから、苦労するから」です。

苦労については、必要な苦労と無駄な苦労の2種類があるので、詳しくは後に回すとして、「惨めな思い」を味わってプラスになる事は、全くないと断言できる。著しく幼少時から自尊心を親から蔑ろにされてしまうと、人格や性格の形成において、マイナス面の影響というか、ぶっちゃけ、極一部の超人・聖人を除けば、人間性が歪む。子供時代から親にプライドを破壊され続けている人間が、まともな社会性を育んで、真っ当な人間になれるなんて、人生を甘く見るべきではない。

 

小学生のときはクラスのみんなが持ってるゲームや漫画を自分だけ持ってないとか、自分の家がボロすぎて恥ずかしいから友達を呼べないとか、自分の部屋がないとか。

 

中学生になると、自分だけ携帯を持ってなくて、みんなの話についていけなくなったりとか。(仲間外れにはされなかったけど、本当なら新しく手に入れたおもちゃで思う存分遊びたいだろうに、私がいることで友達気を遣わせてるのがしんどかった)

可愛い服を買えなくて、休みの日も制服で出かけたりとか。

放課後のドラッグストアで、みんながお小遣いで数百円のマニキュアや化粧品を買う中、一人だけ所持金ゼロで何も買えなかったりとか。

 

上記の様な惨めな思いは、高確率で大なり小なりトラウマになる。

今の基準でいえば、小学生高学年や中学生の子供にスマホすら買い与えられない経済力の親は、子供の側からすると「親ガチャに失敗した」残念な親としか言えない。

行政サービスで学費がゼロになったとしても、行政サービスで子供にスマホや小遣いを与えてくれるわけではないので、まあ、スマホ程度すら買い与えられない者は、子供の親になる資格はないと、僕は断言する。あくまで僕個人の主張であるが。

親の経済的な倫理観から判別

経済的な倫理観――これが備わっていれば、子供にスマホを買い与えられないレベルの貧困にはならない確率は高い。だが充分な収入があり、かつ倹約できる両親であっても経済的な倫理観に乏しければ、子供を持つべきではないと僕は思う。

具体的にはどういう事かというと。

親戚が子供に渡したお年玉を「将来の為に管理してあげる」とか詭弁を弄して、子供から取り上げてしまう様な倫理観だ。むろん、そのお年玉は子供に返ることなどない。大きくなり返してくれ、と子供が訴えても「お前の養育費の一部になった」とか平然とほざく。お年玉とは、そういう類のものではない。養育費は(お年玉など関係なしに)親が全部支払うべきで、お年玉を補填に充てるのは明らかなルール違反である。お年玉は、貰った当人が自分の為に自分で使う、これが最低限のモラルだ。

別のケースだと、行政からの子供手当をレジャーに使ってしまったりとか。

さらに酷い場合は、子供の奨学金やアルバイト代に手を付ける、とか。

この手合いの人間は、人の親になってはいけない。

 

 

スポンサーリンク

 

 

子供を私物化(搾取子)にする親も

十代の頃からそれなりに(思い切って親から逃げ出せば)選択肢がある関東圏とは異なり、田舎であると十代の頃から親元を脱出して、自立を企てるのは非常に困難である。よって田舎であればある程、子供は親に生活を依存しなければならず、「子供は親の所有物」的な価値観が根強く残っているのだ。

で、親の人格に問題があったら、どうなるかというと――

親にとっての子供は2種類に大別されてしまう。

●愛頑子

●搾取子

前者の「愛玩子」については、上で述べた貧困による惨めさに直面する事は、親が余程のド貧乏でない限りないだろう。まあ、愛玩子として育てられた子供の末路も、それはそれであまり好ましくないケースを辿る事が多いが。

深刻なのは「搾取子」の方である。

親が打算によって育てようと企む、親のエゴの犠牲者だ。

具体的にどの様な打算かというと――

  • 老後に親の面倒をみさせたい
  • 成人後に親に仕送りをさせる
  • なるべく高収入にさせたい
  • 可能な限り高スペックにしたい
  • 可能な限り高学歴にしたい
  • 可能な限り子供に金を使わない
  • 親の意のままに制御したい
  • 子供の気持ちなど興味ない

要約すると「子供に金銭的な投資はしたくないが、相対的に貧困な状況でも子供は努力して高スペック、高学歴になり、かつ親の意思には絶対服従」を理想とする子育てである。大人になった子供が社会的経済的に成功したら、できるだけ旨い汁を啜りたいと内心で舌なめずりしているのだ。

 

金を掛けずに高スペックかつ従順に育ち、自立した後に親に利益を還元しまくる——という未来が保証されているのならば、誰だって自分の子供を欲しがるだろう。「自分の子供」と書いて「自分に好都合なお人形、ロボット、ペット」と読むが。

僕も「人並の努力をして、それなりの結果(成績)を出しているのだから、せめて人並に近い扱い(少しは金を掛けて)をして欲しい」と高校時代に父親に訴えたのだが、返ってきた怒鳴り声が「お前は目の前に人参がぶら下がっていなければ走れない駄馬なのか!」だった。いや、僕は人間であり馬ではないし、馬だったとしても目の前に人参がないのに走り続ける様な真似はイヤなのだが。——ってか、親のエゴで子供を競走馬扱いするのも酷いが、息子本人に「お前は馬」って断言しないでくれ。いくら僕でも傷ついたよ。仮に馬扱いでも、最低限の人参(餌)は食べさせて欲しかった。

やりたい事などやらせないが、大学は国立限定で進学しろ。高卒と大卒では生涯賃金が1憶円違ってくる。そういって無理矢理に努力を強要されたが、その差額の1憶円って絶対に親が掠め取ろうって算段だったよなぁ(遠い目

 

ちなみに搾取子として育てられても、情報化社会によるネットワークが進歩し続けている現代、ドロップアウト組や社会不適合者になってしまうのが現実(オチ)だ。身内やブラック企業に搾取されて、心身を破壊されるよりはマシだと思うけれど。

自分で「夢や目標の為に」困難を選択し、乗り越えれば自分の糧となる苦労は、前途した「必要な苦労」である。これは他人の益にならない苦労である事が多い。対して、「不必要な苦労」とか「不必要な努力」「不必要な我慢」は、苦労・努力・我慢を強いる側が得をする場合が多く、苦労・努力・我慢をする方がメリットなしに損を被っている。忖度——いや、損託(そんたく)というわけだ。

こういった親は子供を作らないのが理想であるが、作ってしまった後ならば、その子供を早々に呪縛から解放してあげて欲しいと思う。金を掛けないのだったら、その代わりとして、子供の気持ちや夢を潰して意のままに操ろうとしない事。金を出さないのならば、口も出さない――程度の分別は持つべきだと主張する。

少子化問題との関連性

件のツイート主もこの事について叩かれた。

反論として以下の記事をアップしている。

kumapower8.hatenablog.com

端的に引用しよう。

自分の欲求を満たすために子供に貧困を押しつけるのはやめたほうがいいよって話をしてるのに、ここだけ国の目線で語り出す人が多いことに違和感を覚えました。

 

少子化なんだからとにかく子供を産めというのは、国の目線に立った意見ですよね。

 

日本の未来を考えてないとか無責任とか言われたりもしてるようだけど、何でもいいから子供を産めという意見のほうが、よっぽど無責任で冷酷に思えます。

 

貧乏人は子供を産むな、と少子化問題は「これはこれ、それはそれ」としか言い様がない関係だ。いわゆる上級国民サマにとっては庶民や奴隷層が生産され続けなければ不都合なのだろうが、グローバル化している今の国際社会、もうそういう時代でもないだろうし。企業の人手不足問題も含めて、自分以外の誰かに不幸と負担を押し付けるやり方だと、他の国に抜かれまくって、日本はいよいよ貧困国の仲間入りだと思う。

いや、実相としては日本はもう先進国ではないし、庶民生活レベルでは貧困国に片足を突っ込んでいるか(苦笑

 

お金がないなら、子供のために必死で働いてください。

子供の前で、お金のことで喧嘩しないでください。

借金の取り立ての電話を、子供にとらせないでください。

子供の前で、お金がないと言ってシクシク泣かないでください。
(泣きたいのは子供です)

お金のことで離婚した挙句、子供を急に転校させないでください。

お金のために、安易に再婚しようとしないでください。

子供に奨学金という名の借金を背負わせることに、罪悪感を持ってください。

お金がないのに「育ててやったんだから感謝しろ」なんて、間違っても言わないでください。

 

貧乏人でも子供を産む権利がある、と主張する方は、上に引用した内容を少しでも噛み締めるべきだ。金があれば子供を幸せにできるわけではないが、金が足りないと高確率で不幸にするし、要らぬ苦労や我慢を強いる事になる。

親がスマホを持って子供がスマホを持っていない様な関係も、言語道断だ。子供がスマホを持てないのならば、同じく親もスマホを持つな。

子供は親の愛情の貯金箱

よく言われている言葉だ。

搾取子の事も含めて、親が愛情(+金銭)をもって子供を一人前にすれば、将来その子供は掛けられた愛情に利子をつけて、親に還元する。親に愛情と幸せを返そうとする。

金が足りなくて不要な苦労と我慢を強いられ、不幸と屈辱を味わった子供が大人になった時、果たして「愛情の貯金箱」として親に感謝と幸せを返そうとするだろうか? 件のツイート主みたく恨みを募らせたり、実家に寄り付かず親類縁者と疎遠になるのがオチだ。

 

繰り返そう。貧乏人は子供を持つな。

最後は子供だけではなく、その親まで因果応報で不幸になるのだから——

 

管理人による電子書籍はコチラ。

◆配信電子ストア◆