僕は【戯れ記事《ゴト》遣い】

「戯れ言遣い」ならぬ「戯れ記事遣い」を名乗るブロガーです。 雑記系ですが、読んで損したと憤慨されても困ります。 だってコレは「戯れ言」だから――

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【自分の体験を語ろう】戯れ言――迷いと決断について【りっすんブログコンテスト2019】

【自分の体験を語ろう】戯れ言――迷いと決断について【りっすんブログコンテスト2019】

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さあ、戯れ言 記事 ゴト を始めようか――

 

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りっすんブログコンテスト2019とは

『はてな』のトップページにてこんな記事を発見したので、初めてこの手の企画に参加してみよう――と思った次第だ。

www.e-aidem.com

 

今年のテーマは#「迷い」と「決断」となっている。

このブログコンテストは、2018年の第1回目に引き、今年で第2回目。昨年のテーマは「#わたしの転機」。500件を超える投稿が寄せられたとの事。

募集記事から引用しよう。

新たな一歩を踏み出すとき、そこには「迷い」が生じるもの。どんな選択に迷い、どうやって自分の道を決断したのか。

就職や転職にまつわること。恋愛や結婚のこと。子どものこと。親やきょうだいのこと。新しい道を選択するまでの迷いと決断ーー。

これまでの人生で体験した「迷い」と「決断」に関するエピソードを教えてください。「今、まさにどんな決断をしようか迷っている」という方も、ぜひその想いをブログに投稿してみてください。

要は「迷いと決断」について論文めいた内容ではなく、自身の体験を語ってくれ。

そういう趣旨だ。

ならば、と今回、僕は2つのケースを示したいと思う。

 

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「悩み」と「決断」、ブログについて

ブログについての悩み

これが目下の最大の悩みである。人気が出ません。読者が増えません。

PVが増えません。ついでにGoogleアドセンスの収益も低いです。

記事の質が低いのだろうか?

どうすれば宣伝できるのだろう?

というか、知名度があるブログや人気のあるブログには、内容が薄かったり、日記に毛が生えた程度の代物だったり、宣伝が上手いだけで面白くない物も散見できる。嫉妬してしまうし、本音いうと羨ましい。

こんなに時間を積み重ねているのに、本当に悩む。

この苦しみと悩みは、不人気ブログを運営している者にしか理解できないだろう。

まさに「ザ・悩み」だ。

ブログについての決断

今回、この「りっすんブログコンテスト2019」に応募する事が、僕の決断だ。

少なくとも審査員の目には通るし、もしも入選すれば、人目につく。

そうすれば宣伝になり、知名度も上がり、PVも増えるだろう。

僕にとっては、本当に大きな決断だったりする。

 

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「悩み」と「決断」、退職について

新卒で就職した時の悩み

これは結構な人が体験しているのではないか。

上記したブログについての悩みと苦しみは、ハッキリいって体験していない者には理解の範疇外だと割り切っている。もっと断じてしまえば、ブログ運営1年超えで、かつ100記事以上を継続できる者は、かなりの少数派だし。悩む前に大半の者が更新を辞めてしまうのがブログの世界だったりする。

 

話を新卒で就職した時の悩みに戻す。

僕はぼかして云えば、機械系エンジニアとして某メーカーに新卒で入社した。

かなり昔の話になる。

工業大学の機械科から研究室の教授のコネに近い形での採用だった。成績は上位一桁だったし、学部の割には卒論も評価された。クッソ苦労したが。内容は触れない。身バレのリスクが跳ね上がるから。

希望は設計だった。

新卒一括採用としての面接だったので、ペーパー試験と社長ほか重役7人くらいを前にした個人面接だったのを覚えている。実は日程的に他の企業も受けて(最終の合否待ち)おり、その関係(教授のコネ)で、ダイレクトに最終面接だった。

退職時に知らされたのだが、当てにしていた幹部候補が入社できなくなり、教授に相談して僕をねじ込んだという実相だった。つまり試験は形式だけで、ペーパー試験が白紙だったり、面接でとんでもないやらかしをしない限り、内定は規定路線だったのだ。

採用通知は少しだけ間が空いたが、その教授には面接終了直後に「時間通りやってきてくれたし、筆記と面接も良かったから採用する」と連絡が行っていた。

もう片方の就活には失敗(不採用をくらい)し、僕はその会社を選ぶ。

 

当時、僕は設計畑に進むつもりであった。

 

しかし企業側は僕の希望を受け流し、幹部教育に入った。いわゆるジョブ・ローテーションというやつだ。一応、僕の希望も考慮して、夜中の設計勉強会には参加させてくれた。海外での仕事を睨んだ英会話講義(むろん深夜)への強制参加の方が、設計勉強会よりも時間を取られたが。

 

その頃の僕は子供というか、世間知らずであった。

そりゃ、アルバイトと大学等の学校しか世界を知らない、本当の世間知らずだし。

内心では不満が溜まっていたが、仕事というか結果は出していた。僕の話に同期の大卒は驚いていた。同期の連中は僕とは違う路線だったので、比較しようがなかった。

僕は自分に問題があるから、同期とは違う扱いで様々な事をやらされているのでは、という風にも疑っていた。しかし設計や研究、営業といった分野(部署)に専念できている同期が羨ましく、なぜ自分だけコロコロと所属が移るのだ、と悔しかった。

翌年、その次の年に入社した同じ大学の後輩も、3ヶ月間の研修期間を経て、希望の部署に正式配属されていた。おかしい。どうして自分だけが半年単位でコロコロと移転するのだ。というか、英語は嫌いなのだが。それから入社2年半の人間に、小規模とはいえプロジェクトを丸投げしないでくれ。営業部がセッティングした会合で、僕が技術部門の担当として、取引先の社長と交渉させられた時には、逃げ出したくなったが、営業さんは本当に技術的な会話はザルだったしなぁ。

 

悩んだ。

果たして、このまま会社にコキ使われていいのだろうかと。

いや、会社は僕をコキ使っていないのも理解し始めている。

このやり方は、長期で経験を積ませる育成方法だと。

飲み会で次長クラスのお偉いさんに云われたのだ。「君、優秀なのにどうしてウチみたいな二流企業に来ちゃったの? いや、ありがたかったんだけどね」と。

 

悩みというか、危機感は加速する一方だ。

この企業専用のゼネラリストまっしぐらで、同業他社で通用するような専門性は、あまり獲得できそうにないというか、製図の資格を取得する(時間的、精神的)余裕もない。

 

根本的に、この企業に入って仕事がしたいとか、技術者になりたいとか、そういった希望もなかったりする。

親の希望で大学を卒業して、上場している企業に就職すれば人生安泰だからとか云われて、抗う事ができずに、やりたい事を見つけられずに、ただ勉強して、ただ仕事をして――

 

貯金通帳には500万円ほどの現金が。

別に節約とかしていなかったが、気が付けばその数値に。

僕にとっては何の意味もない数字。

使い道も思い浮かばない。僕はそんな人間に親に洗脳されていた。

ちょっと飲み会でその事を洩らしたら、会社の先輩OLがアタックしてきた。

人生、本末転倒だな、と強く思った。

多忙で空虚。今までも、これからも、このままだと楽しくない。

せめて人並であれば。

だって、幸せなんて大層なモノは望んでいないのだ――

 

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新卒で退職した時の決断

退職を決断して、実際に辞められるまで、割とすったもんだがあった。

ブラック企業とは別の意味で、数千人規模の大手だと「それなりに評価されている者」が辞めるのは、就職するよりも大変なのだ。

なにしろ会社側は退職を思い留まらせる様に、親に電話したくらいである。

ただ、僕の決意は固かった。

親は常々いっていたのだ。「やりたい事があるのならば、社会に出て、自分でお金を稼いでからやれ」「お前のやりたい事になんて金は出さない」と。乱暴な言い方をすれば、親に養って貰っている内は、親の意向に従い大学を卒業して、企業に就職しろという事だ。間違いなく毒親の一種だが、幸いにも親孝行は要求してこなかった。「やりたい事をやらせない代わりに、親孝行も必要ないし興味もない」という親である。

だから親には清々しく報告できた。「自分で稼いだ金があるから、やりたい事を探す。社会に出たから、もう親の言いなりにはならない」と。そう。新卒で入った会社を退職して、ようやく僕は自分の人生を歩み始めたのである。やっと人間になった。親のロボットでもペットでもなくなったのだ。いや、割とマジで。

しつこく引き留めの面談を繰り返した上役に、仕方が無しに家庭の事情を打ち明けると「ええ(困惑。大学時代に色々とやりたい事をやって、社会人として人生をスタートしたのだとばかり。そういうモラトリアムは学生時代にやっておいてよ」と戸惑っていた。

 

しかし実際のところ、「自分で稼いだ金」とは厳密には違うが。

それは退職時に会社の幹部達に云われて、僕も納得している。

会社が僕に振り込んでくれたお金は、僕の教育(育成)資金の一部で、僕がそこそこのポジションにまで昇進してから回収する予定の先行投資だったと。だから退職されて会社的には大赤字だと。使い捨て全盛で、即戦力重視の今時、この会社が現在でも幹部育成できる余力があるのかは、僕には分からないけれど。

だったら設計部門で働かせてくれれば良かったのに、と感情的に言い返してしまったが、雇用のミスマッチだったので仕方が無い現実である。僕の年に入社した者の中で、将来的に幹部として使えそうなのが僕のみで、そして設計部に配属される者は年に5名はいる。会社が僕を設計部に入れるメリットなどない。

 

そこから更に人生は紆余曲折して現在に至る。

 

経済面だけを考えると、その会社に勤め続けた方が恵まれていたのは確実だ。けれど視野の狭い、経験の浅い人生になっていたのも、外の世界や色々な業界を覗いて分かっている。 

それに「終身雇用が限界」を迎えている今の時代、若い頃から転職を経験して本当に良かったと思う。求人詐欺なんて、理屈では知っていても実際に被害に遭わないと、なかなか実感できないだろうし。

 

退職について悩み、退職を決断する。

その結果に後悔はない。

この記事を読んだ方も、きっと何かについて悩み、そして辞める決断を下す時が来るだろうが、後悔するくらいならば、更に悩んででも前に進んだ方が良いと思う。

ただし、スポーツ選手のカムバックはまた別の話で。 

 

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