【2度目の初防衛戦】村田諒太、バトラーを5回TKOについて【拳四朗はV7】
さあ、戯れ言《
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村田諒太が2度目のV1成功
そこにいたのはロブ・ブラントとの初戦に屈した村田ではなく、ブラントとの再戦を制した村田であった。スタイル的には似ていた王者と挑戦者。しかしハードパンチを交換する中、明白に攻防を押していたのは、よりガードが堅牢で、かつパワー(パンチ含む)とフィジカルで上回る村田であった。
KO率80%の看板に偽りなしの強打で村田の顔面に痣を作ったバトラーであったが、村田に打ち勝つまでには至らない。重い強打でバトラーを削っていく村田。
ブラントとの2戦目で披露した姿はフロッグではなかった。
右強打が立て続けにバトラーを襲い、最後は左フックをフォローして豪快に撃沈する。
己のベストを更新と共に、村田諒太のボクシングは完成(確立)したといえよう。
12月23日
会場:横浜アリーナ
WBA世界ミドル級タイトルマッチ
TKO5回2分45秒
勝利 王者
村田諒太(33=帝拳)
戦績:16勝(13KO)2敗
VS
敗北 同級8位(WBO1位)
スティーブン・バトラー(24=カナダ)
戦績:28勝(24KO)2敗1分
※)村田は初防衛に成功、世界戦4勝目
初王座と2度目の王座の違い
念願の世界王座を手にした村田は、確かに日本ボクシング史上、屈指の偉業を成し遂げたのは間違いない。だが、その過程から「作られた王者」という印象が、ボクオタの間には根強かった。五輪金(ゴールドメダリスト)という肩書に守られて、過保護なマッチメークにより気が付けば世界ランク上位にまで進出していた。けれど、まともな世界ランカーには勝っていないという現実。13戦目というミドル級としてはキャリア不足、でも年齢的に行かざるを得ない状況で、初めて戦った「世界レベルでまとも」な相手がエンダム――WBA世界ミドル級レギュラー王座決定戦の舞台だった。
その試合にて村田は初黒星と引き換えに「世界レベルで及第点」という証明を果たし、また、そのスタイルゆえに判定が物議をかもす。ダウンを奪った印象から、世間は村田の勝ちを支持する声が大半であり、手数で圧倒されていたので、ボクオタは村田の完敗という声が多かった。
あまりにも異様な村田のボクシング。
アマエリートのイメージには程遠い。
彼の戦い方はボクオタにはこう形容されていた。地蔵ボクシング、と。
ガードは固いが手数が出ない。
フィジカルは抜群に強い(故にオリンピックを制した)が、スピード&リズムと躍動感に欠ける。センスも感じないし、狙って打てる世界レベルのカウンターは持っていない。連打はできてもコンビネーション・ブローは乏しい。
エンダムとの再戦(棄権TKO勝ち)で世界ベルトを巻き、咬ませ犬相手にV1を飾った村田に対するマニアの目は、はっきり言って冷ややかであった。ミドル級の亀田、というよりも亀田よりも才能がなくて技術的に稚拙で酷い、と。
V2戦でブラントに完敗し、多くのファンは「やっぱり」とため息をつく。帝拳の本田会長にも「世界王者にして最低限の義務は果たした」「(技術的な)才能がない」とバッサリと斬られてしまった。ライト層の多くも残酷に手の平を返す。
このまま引退を選んでいれば、村田の「世界王者としての評価」は後世において決して高くはなかっただろう。
だが、村田は生まれ変わった――
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自分にはスキルフルでセンス抜群なボクシングなど無縁である。
ならば己のストロングポイントとは?
村田は2度目の敗戦を機に自身と向き合う。
ブラントの技術とスピードに翻弄され続け、人間サンドバッグ的に公開処刑された村田は、しかし屈辱の12ラウンド(判定負け)を経験として「腹をくくり」「開き直る」事ができた。村田とて準世界レベルでならば、華麗なアウトボックスや高度なテクニックを披露(発揮)できる。けれどアマチュアの世界トップと戦うステージになると、それ等を捨てた。通用しないと。またプロ仕様にアジャストするに至り、結果として「地蔵ボクシング」になってしまった。
だが、ブラントとのリマッチで村田は「自身が神より与えられたギフト」に気が付き、最大限に生かすスタイルを自覚する。
リマッチを制し、世界タイトルを奪還した村田は「作られた王者」ではなくなっていた。
覚醒かフロックか、真価を問われた
トップ・オブ・トップとのビッグマッチ(夢)を目論む村田には、33歳という年齢もあり、消化試合で時間を潰す余裕はない。初防衛戦は選択試合になったが、初王座の時とは違い咬ませ犬を選ぶわけにはいかなかった。
選んだのは、現時点で最も評価を得られる対戦相手となる。
WBAランキングこそ8位であるが、WBOで1位にランクされるバトラーだ。
WBOで指名挑戦権を行使するよりもバトラーは村田へのアタックを優先した。
強敵だ。
24歳という年齢と世界初挑戦、そして打たれ弱さが指摘されているものの、その実力は未来の世界王者とみて決して過大評価ではないだろう。勝てば村田の評価は上がる。その相手に村田は証明しなければならないのだ。ブラントを2回でKO(粉砕)した姿は、あの試合限定の確変やフロッグではないという事を。
一流王者だと証明したバトラーKO
序盤からグイグイと前に出る村田。
圧倒的なプレッシャーだ。ブラントとの再戦を彷彿させる姿だが、ブランド戦で感じられた特攻感はない。安定している。固いガードで丁寧にバトラーの右をブロック。だが、完全に寸断はできずに、強打を貰う場面も。けれど村田は安易には下がらない。
ジャブは完全に村田が上。
テクニカルに左を酷使する必要はないのだ。常にプレッシャーをかけ、先手を取って前に出る為に必要な施策である。かつての待ちのボクシング「地蔵スタイル」では、持ち前のパンチ力を十全には発揮できなかった。
けれど今の村田は違う。
前進を続ける村田の拳は、重く固い右のみならず、左ジャブも破壊力を損なわない。
右強打が無慈悲にバトラーを痛めつけていく。
強い――純粋にそう感じさせる雄姿。
KOラウンドは5回だった。
立て続けに「ゴツイ右拳」がバトラーの頭部をブッ叩いた。ダメージを深めていく挑戦者の姿は陥落寸前である。破壊的な右、右、右――
コンビネーションとは形容できない連打。村田自身「KOまでのプロセス(過程)とか、組み立てとか、そういったボクシングはできない」という旨のコメントを後のインタビューで語っている。村田には計算ずくのリズムカルなコンビネーションは要らない。精度さえあれば、単発の繰り返し、強引でいい。それを有効にできるパワーを持っている。右強打から左フックをフォローした瞬間、バトラーは腰砕けになって真下へと崩れ落ちた。
レフェリーは即座に試合をストップ。
咬ませ犬ではなくWBO1位に、圧巻的な勝ち方を見せつけた。
王者から溢れる笑顔。
快勝である。恐るべし、村田諒太。
初王座の時は穴王者であったのに、第二王朝の今、彼は一級品の世界王者だ。
念願のビッグマッチは実現するのか
サクッと言ってしまえば、“カネロ”ことサウル・アルバレスとの試合は無理だろう。
実力云々ではなくて、流石にカネロを引っ張り出すのは現実味に欠ける。村田が契約しているトップランクのCEO、ボブ・アラムは「カネロは日本での試合に興味を持っている」とリップサービスしたが、正直、真に受けるべきではない。
しかし、だ。
GGGことゲンナジー・ゴロフキンや他の一線級とのマッチメークは充分にあり得るポジションに今の村田は到達した。WBC正規のチャーロ兄(30戦全勝22KO)、WBOのアンドラーデ(28戦全勝17KO)との統一戦をこなした後、GGGと試合できればなぁ、と思った。
そしてGGGに勝つことができれば、カネロ戦も見えてくるだろう。
そんな夢(舞台)を想像させてくれる位置に村田はいるのだ。
まだ日本のファン、ボクオタ、そして村田諒太の夢は続いている――
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KOでV7、盤石の拳四朗
実力と知名度が釣り合っていない。
それはWBO最速世界3階級王者の田中恒成(畑中)にも言える事だが、田中はあえて中部ローカルに留まっている印象がある。けれど拳四朗は父親の寺地永が会長を務める京都のジムに所属しているとはいえ、積極的に関東に進出しているのだが。
無敗のV6王者なのにセミセミに甘んじる。
そんな拳四朗であるが、この夜も見事に挑戦者をキャンバスに沈めてみせた。
12月23日
会場:横浜アリーナ
WBC世界Lフライ級タイトルマッチ
TKO4回1分8秒
勝利 王者
寺地拳四朗(27=BMB)
戦績:17勝(10KO)無敗
VS
敗北 同級12位
ランディ・ペタルコリン(24=比)
戦績:31勝(23KO)4敗1分
※)拳四朗は7度目の防衛に成功
メディアは寺地って書くなよ(怒
リングネームを「拳四朗」から本名にしての初戦となった。
理由は簡単で、名前のみのリングネームはJBCの規定で認められない故に「拳・四朗」と登録していたのだが、海外で「シロー・ケン」と認識されてしまうケースが出ているからである。シロー・ケンではなくケンシロウだっちゅーねん!
ってな理由で本名にしたとの事。
せっかく今まで「拳四朗」と宣伝(アピール)してきたのだから、拳四朗と表記しよう。
なのに寺地、寺地と記載する新聞等のメディアは彼になにか恨みでもあるのだろうか? 「拳・四朗」と登録していた事を知っていれば、彼が寺地ではなく拳四朗と呼ばれたがっている事くらいは容易に分かる筈なのに。
日本史上で最高のアウトボクサー
現時点での実力は、そう評して問題や異論のないレベルだろう。
ライトフライ級の日本人世界王者としては歴代でナンバーワン(Lフライ時代の井上尚弥を含む)。オールタイムの日本人PFPにおいても、井上尚弥に次ぐ2位かもしれない。
元WBC世界Sフライ級王者で6度の防衛を果たした川島郭志を超えている。実績のみならず、川島がピークだった時の実力も。徳山昌守はどうだろうか? ピーク時の実力は「まだ」拳四朗以上かもしれないが、世界王者になる前に敗戦を喫しているし、川嶋勝重を相手にポカ(1回TKO負け)もやっているので、総合的には拳四朗より下の評価でいいだろう。
全戦績は17戦全勝10KO
世界戦は8戦全勝5KO
戴冠試合が2-0の判定。V1戦が元同級WBC王者のペドロ・ゲバラ(八重樫東に7回KO勝ち)を相手に、2-0の判定勝利と、全キャリアを通じ接戦だったのはこの2試合のみである。前王者、ガニガン・ロペスはV3戦で2回KOにて返り討ちにしている。
右ボディストレート一発だ。
世界戦に慣れてきたと思われる3戦目以降は6勝5KOというレコード。
KOが少ない軽量級、しかもファイター型ではないアウトボクサーのKO率としては、突出しているデータといえる。
もちろんKOが拳四朗の売りではない。
小刻みなステップワークに支えられた距離感の支配と、出入りを際立たせるジャブである。ガードが固いタイプではないが、打たれる場面でもベタ足ではないので、上手く芯を外してもらっている。
サウスポー相手だとオーソドックスよりも、やや被弾が増える印象であるが、ダメージそのものは大した事はないだろう。スピードが落ちなければ、長持ちするボクシングである。
試合を重ねる度に課題をクリアして成長している。
KOするプロセスも確立しているとの事。自然にKOへと導ける展開を手にしているのだ。27歳という伸び盛りの年齢も加味し、これからが楽しみだ。
V6戦での鮮やかなカウンター(そのままKO勝ち)も見事の一言に尽きる。
具志堅用高のV13の更新が最大の目標。
このペースだと3年後の30歳時には超えている計算だ。期待したい。
防衛記録と共にベルトコレクションも。
IBFとの統一戦は流れたが
この試合、本当ならばIBF同級王者、フェリックス・アルバラードとの王座統一戦として行われる予定だった。
しかしアルバラードの体調不良により試合はキャンセルとなる。代役挑戦者としてリングに上がったのが、元WBA同級暫定王者だったペタルコリンというわけである。急造挑戦者としては油断できない。アルバラードはオーソドックスだが、ペタルコリンはサウスポーであり、準備期間が短いのは実は王者も同じであった。
初回、2回と拳四朗は相手を探っている感じ。
相手を見切ったのか、3ラウンドからギアを上げていく。ボディが弱いという事前情報を活かして、残り1分過ぎにカウンターの右ボディを炸裂させた。フェイントを交え、鋭い踏み込みからのクロスカウンターだった。力を込めて強振しないが、ナチュラルにパンチあるんだよね、拳四朗。ワンパンチでペタルコリンに膝を着かせた。
ボディでもタイミングと軌道を変えながら、ストマックとレバーを打ち分ける。
このラウンド、2度のダウンをいずれもボディショットで追加した。
フィニッシュは4回。
綺麗にレバーブローを突き刺して、挑戦者を完全に撃沈する。
巧いってイメージなのにキッチリと倒す。
現状、調整失敗でもしない限り負ける姿が想像できない。
次戦は1位のヘッキー・ブドラーとの指名試合が濃厚であるが、ぶっちゃけ京口紘人(ワタナベ)に完敗したブドラー相手ならば、危なげなくクリアできるだろう。
2020年は3試合を予定との事だが、ブドラー⇒アルバラード⇒京口(陥落していなければ)というロードかな? IBFとWBAスーパーを吸収し、仮に全部KOで勝てば世界戦11勝8KO無敗。割と凄いレコードになっている。
ボクサーとしてはすでに充分成功しているが、知名度という意味での飛躍を祈ろう。
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激闘王、4度目の戴冠ならず
WBAミニマム、WBCフライ、IBFライトフライと3階級を制した人気ボクサーもついに引退の時を迎えた、と思われる。潮時だろう。というか、これ以上は現役を続けさせるべきではない。引退後の人生の方が長いのだし、家族がいるのだから。
試合(世界戦)を組めるのが現実的にムザラネしかいなかったとはいえ、ぶっちゃけ、やる前から勝ち目ゼロが明白の試合であった。無謀そのものの記念挑戦。
実際、完敗というか惨敗である。
八重樫東のニックネーム通りの激闘ではあったが、正直、僕は感動できなかった。
12月23日
会場:横浜アリーナ
IBF世界フライ級タイトルマッチ
TKO9回2分54秒
勝利 王者
モルティ・ムザラネ(37=南アフリカ)
戦績:39勝(26KO)2敗
VS
敗北 同級14位
八重樫東(36=大橋)
戦績:28勝(16KO)7敗
※)ムザラネは3度目の防衛に成功
チャンスと人気に恵まれたボクサー
セミファイナルとして行われたこの試合。
拳四朗の統一戦が中止にならなければ、本当ならばセミセミの筈だった。しかし結果としてセミファイナルに格上げとなるが、ボクシングファンとしては「?」と首を傾げざるを得ない。敗戦引退濃厚な八重樫よりも拳四朗をプッシュするべきだろう。
八重樫東は偉大なボクサーだ。
だが、その偉大という意味合いは辰吉丈一郎と同種であり、残してきたレコードや純粋な実力でいえば、正直いって拳四朗よりも下だと思う。
世界戦の通算は8勝(3KO)6敗
フライ級で3度、Lフライ級で2度の防衛。
大した相手には勝っていない。ファンの印象に残っているのは敗戦の方だろう。
特にロマゴンことローマン・ゴンサレス戦だ。
フライ級でのロマゴンはPFPのトップ評価であった。そんなボクサーに八重樫は逃げずに挑み、激闘を披露して9回に散った。世界タイトル初戴冠のポンサワン・ポープラムック戦も劇的なTKO勝ち。次戦(世間の注目度が高かった)の井岡一翔と争ったWBA&WBC世界ミニマム級王座統一戦も、判定で苦杯をなめたとはいえ、試合ぶりは評価された。Aサイドであった井岡を食ったとも形容できる結果だ。
八重樫は、気がつけば“激闘王”なるニックネームが浸透していたが、かつては“音速の拳”という二つ名をアピールしていた、アウトボクサーよりのパンチャーだった。
7戦目で世界初挑戦(WBC世界ミニマム級タイトルマッチ)するまでは6戦6勝5KOという無敗レコード。激闘など無縁のスピード豊かなソリッドパンチャー。
だが、イーグル京和(角海老宝石)に完敗(判定負け)し、顎の骨を砕かれた。
再起2戦目でも辻昌建 (帝拳)に6R判定負け。
9戦7勝(5KO)2敗。
ここから立て直して再び世界の舞台に戻るのは難しいだろうな、と思った。イーグルに挑戦した当時は、典型的なテレ東ボクサーだったし。
そこから日本ミニマム級タイトルを奪取し、3度防衛(全て判定)する。で、17戦目で再びの世界アタックとなった。16戦14勝(7KO)2敗。7つのKOの内、5つがキャリア6戦目までだから、倒せるボクサーではなくなっていた。元からしてマッチョ系な身体つきの割にパンチは軽かった。
ポンサワンを10回TKO、井岡に判定負け。戦績は18戦17勝(8KO)3敗。世界戦だと3戦1勝(1KO)2敗。統一戦という晴れ舞台はあったが、実像は並かそれ以下の日本人世界王者レベルという感じである。
しかし――
ここから八重樫の激闘王伝説が始まった。
再起戦をタイ人相手にKO勝ち。
20戦目で2階級制覇のチャンスが巡っていくる。しかも相手は五十嵐俊幸(帝拳)という、日本人世界王者の中でも指折りの穴王者であった。判定で勝ちWBCのベルトも手にした。3度の防衛を果たす。KO防衛は1度。
世界戦は7戦5勝(2KO)2敗
通算だと23戦20勝(10KO)3敗
この時点での戦績が最も見栄えが良いかも。
V4戦でロマゴンにKOされて、敗戦とはいえ八重樫の人気と知名度が上がる。
反面、ロマゴン戦で壊れ始めてもいた。
再起戦はロマゴン戦での戦いぶりを評価されて、前途したペドロ・ゲバラとのWBC世界Lフライ級王座決定戦。3階級制覇アタックであったが、7回にレバーブローで10カウントを聞かされた。初のKO負けとなったロマゴン戦に続いてのKO負け。
世界戦は9戦5勝(2KO)4敗(2KO)
数字だけ見れば、崖っぷちである。
再起した八重樫は格下相手に2連続KO勝ち。
27戦22勝(12KO)5敗
通算戦績こそ見栄えするが、世界戦での勝ったり負けたりをみる限り、次のチャンスで負けたら、流石に引退だろうなと思っていた。
しかし28戦目で、八重樫は3階級制覇という栄光を掴む。
ハビエル・メンドーサからIBF世界Lフライ級王座を判定で奪取する。初防衛戦を判定でクリア。V2戦は格下相手とはいえ、TKOに下した。
ボクオタの間では長年のダメージの蓄積が心配されていたが、しかし“激闘王”としての八重樫のボクサー人生はこの時がピークと言えただろう。TV出演もあった。
世界戦:12戦8勝(3KO)4敗
通算:30戦25勝(13KO)5敗
31戦目――悪夢の1回TKO負け。
ミラン・メリンド(後に田口良一との王座統一戦に判定負け、拳四朗に挑戦し7回TKO負け)に、為す術もない様で、あっさりと1ラウンドで倒されてしまう。3度目の防衛に失敗、世界王座を陥落。
その打たれ弱さは、如実にダメージの蓄積を物語っていた。
激闘と評されたファイトスタイルの代償である。
この時点で引退するべきだったし、大橋会長も引退勧告したが、しかし八重樫は再起した。4階級制覇を最終目的にセットして。
さして意味を見いだせない再起後の(格下相手の)3連続KO勝利。
4階級制覇のチャンスは上手く回ってこず、どうにか世界戦を組めたのは今回のムザラネのみであった。王座陥落から約2年半が過ぎていた。
ムザラネという強豪世界王者
敗戦は15戦目での南アフリカ国内王座&WBC地域王座戦においての10回KO負け。そして、全盛時のノニト・ドネアに挑んでの(IBF世界フライ級戦)、負傷TKO負けの2つだ。ドネア戦はやや優勢だったが、アンラッキーな敗戦であった。
その後、IBF世界フライ級タイトルを獲得し、4度防衛の後に返上している。
世界戦は5勝(4KO)1敗(負傷負け)
防衛戦は全てKO勝ちで、あのゾラニ・テテとジョンリル・カシメロも倒している。それからIBOというマイナーメジャーな世界タイトル戦を消化し、再びIBF世界フライ級王座に返り咲いた。別に負けてはおらず、単にマッチメークの都合上だろう。
で、初防衛戦を坂本真宏(六島)相手にKO勝ち。
V2戦は指名試合で日本の黒田雅之(川崎新田)に判定勝ち。
今回も日本人相手という事で、マッチメークに苦心している事を伺わせた。
八重樫に勝ち、世界戦は9勝(6KO)1敗
37歳という年齢から狙い目と錯覚するが、普通に難攻不落な一流王者である。
奇跡が起こらない限り八重樫は負ける――とボクオタは断言していた。
実力差が如実のミスマッチ
ぶっちゃけ、ダメージが蓄積していない全盛時に試合していても、結果および試合内容は大差なかったと思われる。なにしろテテ、カシメロをKOしている強豪だ。
序盤こそ出入りが有効な場面があった。
だが、最後まで一線級相手にボックスできるだけの技術は、八重樫にはなかったのだろう。というか、激闘を持て囃されてボックス(ポイントゲーム)を磨く道を放棄してしまった様に思える。
圧倒的なリーチ差もあり、打ち合いというか、打たれまくる展開に。
全てのファクターにおいて八重樫が下回っているのだから、どうしようもない。
ラッキーパンチが当たる奇跡すら期待できない様子であった。
8回には人間サンドバッグにされる。しかし陣営はストップを申し出ない。これがラストファイトだからと、ダウンするまで見守る覚悟か。個人的には賛同できない。
そして9回、やっとレフェリーが試合を止めた。
世界戦で4度目となるKO負け。
王者の強さと挑戦者のダメージのみが印象に残る。単なるミスマッチだった。
もう、充分だろう。ファンに感動を与えた功績は色褪せない。ムザラネを物差しに考えると、黒田雅之とどっこいどっこいな実力であるのだが、黒田は1度も世界王者にはなれず、八重樫は3階級制覇して人気と知名度も獲得できた。
ここで家族の為にもグローブを吊るすべきだ。