【ミドル級帝王の落日】ゲンナジー・ゴロフキンのIBF王座再戴冠について【デレブに辛勝】
さあ、戯れ言《
無敵だった帝王も37歳という現実
今回の相手——デレブヤンチェンコ(以下、デレブ)は強敵だった。以前、ゴロフキンはこのデレブとの指名試合を回避(逃げたというよりもビッグマッチ優先の為)して、IBF王座を剥奪されている。その王座はデレブとダニエル・ジェイコブス(米)の決定戦で争われ、ジェイコブスがスプリットの判定で辛勝、そしてジェイコブスは統一戦でカネロにタイトルを奪われた。カネロもデレブとの指名試合を拒否し、IBF王座を剥奪、という経緯となっている。デレブは2度目の決定戦。GGGとしても楽観視できる筈がない。
だが、全盛時の実力ならば「ミドル級史上で最強・最高」とまで評され、かつてはPFPの1位に君臨した帝王、ゴロフキンである。たとえデレブという強敵であっても明白に粉砕して、帝王復活を印象付けるのでは、と期待されていた。
しかし、現実は――
10月5日(日本時間6日)
会場:米ニューヨーク、MSG
IBF世界ミドル級王座決定戦
判定3-0(115-112✕2、114-113)
勝利 同級3位(元3団体統一王者)
ゲンナジー・ゴロフキン(37=カザフスタン)
戦績:40勝(35KO)1敗1分
VS
敗北 同級1位
セルゲイ・デレブヤンチェンコ(33=ウクライナ)
戦績:13勝(10KO)2敗
※)GGGは王座奪還に成功
ミドル級の帝王、GGG
世界戦で18連続KOを誇る強打者。
最強の代名詞。カザフスタンの英雄。
37戦目でジェイコブスに判定を許すまで、世界戦オールKO勝ちであった。
最新の42戦目までを通算しても世界戦は――
24戦22勝(19KO)1敗1分
文句の付けようのない数字といえよう。
世界戦の前半部分は、勝っても評価できない雑魚のオンパレードだが。これはGGGに非はなく、単純に強い相手とのマッチメークに漕ぎ着けられなかった為である。
獲得した世界タイトルを列挙してみると。
WBAミドル級王座(防衛10=スーパー王座へ)
WBA世界ミドル級スーパー王座(防衛9)
WBCミドル級暫定王座(防衛4=正規王座へ)
WBCミドル級王座(防衛4)
IBFミドル級王座(防衛4=剥奪)
※WBA、WBC、IBFは統一王者でもあった
IBFミドル級王座(再戴冠:防衛0)
複数階級制覇がトレンドとなっている現在、獲得したベルト本数自体は案外、少ないなという印象だったりする。WBAタイトルは19回も防衛しているが。
40戦目でカネロことサウル・アルバレスとの再戦に敗北するまで、通算で39戦38勝(34KO)1分というレコードであった。
長い間、不人気で不遇だったゴロフキン
WBA王座11度目の防衛戦(30戦目)で、元世界王者ダニエル・ゲールと戦うまでは、売れない芸人の地方巡業みたいな寂しい防衛ロードを強いられていた。
桁違いに強くて不人気、そして無名。当時の人気ボクサー達はゴロフキンみたいなボクサーと戦ってもメリット皆無(デメリットばかり)なので、彼は安いファイトマネーでひっそりと小さい会場で世界戦(防衛戦)を10試合も消化していたのだ。どれくらい不遇だったのかというと、WBA4度目の防衛戦で淵上誠(八王子中屋)が挑戦でき、WBA7度目の防衛戦で石田順裕(グリーンツダ)が挑戦できたくらいである。ホテルの小さなホールが会場だった事も。日本人世界王者のローカルファイトと大差ない。元WBAスーパーウェルター級暫定王者で、アメリカにてカークランドを撃破し、WBO王者にも挑戦していた石田はともかく、世界での実績0の淵上が(敵地とはいえ)挑戦できたのだから、その不人気ぶりが伺えよう。マニアやボクオタしか知らなかったのだ、本当に。
共に3回でKO負けしている。
【引用元——上(AFP通信、石田戦)下(ボクシングニュース、淵上戦)】
淵上はゴロフキンの周囲をダンスしていただけで、一方的に殴られ続けた。試合になっておらず、あまりのレベル差に観ていて悲しくなった。石田は序盤から全く相手になっていなかったのに、「なんか打ち合ってもいけそう」と錯覚したらしく、真正面から豪快にワンパンチで吹っ飛ばされた。
間違いなく全盛時であった頃のGGGで、日本人がこんな怪物に勝つなんて、地球の公転が逆になっても無理だろうと思った。この当時のゴロフキンと今の村田が試合をしたら、早くて2R、遅くても5RくらいまでにKOされるであろう。というか、ミドル級史上で勝てるボクサーなど存在しなかったという次元だった。
拳の中に鈍器でも仕込んでいるのでは? という破壊力を誇っていたのだ。井上尚弥の強打も規格外だが、彼の強打はタイミングと角度、そして踏み込みによる効果も大きい。対してゴロフキンの拳は、なんかコレ色々とおかしくね? と見ていて頬が引き攣る感じの凄みがあったのだ。
全盛時のゴロフキンの凄み
とにかくパンチが硬質だ。そして威力がある。
ジャブの的中率が高く、しかもジャブだけで相手が弱っていく。
その上でビッグパンチを持っており、かつコンビネーションで連発が可能。
スピードは並よりマシといった印象だが、ステップが細かく位置取りが良い。プレッシャーの強さ、掛け方の巧さと相成って、相手は簡単に追い込まれていくのだ。
ブロックを中心としたガードが堅甲で、加えて顎が頑強ときている。
とにかく打たれ強い。
アウトボックスは基本的にせず、強打で相手を粉砕するのが基本スタイルだ。
石田戦を見れば分かるが、当時JBC未公認だったWBOミドル級タイトルマッチでディミトリー・ピログ(ロシア)を相手にフルラウンド戦った石田を、3ラウンドで失神KOに追い込んでいる。ピログもワンサイドで石田に勝っているが。注)ピログのラストファイトは石田戦。怪我でフェードアウト。20戦全勝(15KO)だった。
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試合の流れ
初回、動きが固いものの先制のダウンをゴロフキンが奪う。
だがデレブのダメージは浅かった。幸先の良いスタートを切ったゴロフキンは、続く3回にも有効打でパンチカットさせる。得意技だ。デレブは右目の上を切ってしまう。
早いラウンドでKO決着か――
そう思われた矢先、ボディブローを中心にデレブがペースアップ。ほぼ互角の流れだが、スピード負けしているゴロフキンの印象が悪い。
顎よりもボディを嫌がっているゴロフキンは、5ラウンド、明らかにボディを効かされて力なく後退していまう。腰を落とす場面も。
一進一退の攻防――ゴロフキンは上のガードは確かなのだが、しきりにボディを気にしており、攻められている時のイメージが強い。
ジャブは普段よりも空を切るが、それでも的確にデレブの顔面を弾いていた。
パワーショットの数は明白にデレブ。だが、ジャブの被弾数を挽回できる程の差は、GGGが決めたパワーショット数と比べても無かったといえよう。スタッツを確認しても、それは間違いなかった。
ファンが愕然となったのは、ゴロフキンのスタミナ切れとパンチングパワーでもデレブに後塵を拝した事であろう。かつては殺人級という破壊力を誇ったGGGのジャブだったが、デレブは平然と受けていた。決まった強打もKOできそうな気配がまるでなかった。デレブの顔面は凄い事(ボコボコ)になっていたけれど。
後半はデレブが支配していただろう。有効打に差はなかったけれど。
ダウンと前半の貯金もあり、判定での小差勝ちに異論はない。
両者の顔を見比べても、それは明白だ。
ポイントでは逃げ切った、ゲームをものにしたが、純粋な勝負論からすれば負けに等しいとも評される内容だった。評価は下がった。それも急降下である。当然ながらデレブはリマッチを希望している。
ゴロフキン、37歳での衰え
デレブが強かった事を差し引いても、この日のゴロフキンは酷かった。
観客は正直で、判定結果の発表にざわめき、おそらくは初であろうGGGへのブーイングも巻き起こる。当然、勝者に笑顔はなかった。
トレーナーを代えた影響もあっただろう。スタイルチェンジを模索している感じは、確かにあった。すぐに普段通りのボクシングに戻り、かつパンチ力が落ちていたが。
スタミナの劣化も顕著だった。
下半身の不安定さも。連打で上半身が流れるGGGを目にしようとは。
どうにか判定まで逃げ切ったが、下手をすればKOされていた可能性すら。
37歳——人間、いつかは衰える。
那須川天心とのエキシビションで、亀田興毅がそれを見せつけてくれた。まだ30代前半なのに、ストイックで節制に徹していた現役に別れを告げ、ハイボールを愛飲する生活になったら、見る影もなく弱くなってたもんなぁ。準備期間の短さもあったが。
ゴロフキンのスタイル——鉄の顎と強打に裏打ちされたKOマシンは、打たせない事を最優先するボクサーと比べると寿命(ピーク)が短いのは分かり切っていた。むしろピークアウトの兆しはあったとはいえ、カネロ2まで強さを保っていた事の方が驚きかも。敗戦でも、あの試合は素晴らしかった。
今日の出来だと、村田にも充分にチャンスがある。
前半勝負に賭けて、とにかく腹を狙っていけば良いのだから。今のGGGのパンチならば、村田であれば簡単に倒されないのでは? 逆に村田のパンチでGGGを倒せる可能性は充分だと思う。
最強の名を欲しいがままにしてきた帝王。
しかし今は、前(カネロ1で引き分けた時)に村田が言った通りに「すでに魔法(幻想)は解けている」状態だ。
ここからゴロフキンが復活してくれれば、と願うが現実的ではないだろう。
僕にとっての、この日は――
GGGが世界タイトルに復帰した日ではなく。
かつての帝王が落日した、終わりの始まり。
どんなスーパーボクサーにも引退は訪れる。
全盛時のゴロフキンの強さと栄光は、何年たっても過去にはならないのだから。